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「ふぅ、やっと落ち着いてきたわ……」
その人物は、家の屋根の上で水を飲みながら、アリエッタ達が入っていった店を見張っていた。空中を移動する4人を地上で追跡した為、店で足を止めている間に見張りながら休憩していたのだ。
パフィと同じくらいの年ごろの黒髪の……以前にも留守中のミューゼの家やピアーニャの下を訪れた事がある女性である。
「あの店で何してるのかしら。ここからじゃ遠くてよく見えないけど」
呼吸を整えた女性がしばらく待っていると、店からアリエッタ達が楽しそうに出てきた。
「よーし……大通りじゃ目立つから、どこか人目の無い場所へ行くまで待機……と」
独りでブツブツと呟きながら、屋根に隠れつつ離れて追跡し続ける。その目つきは真剣そのもの。
しかし、望むタイミングを逃さないように見張り続けるが、一向にその時は訪れない。子供を連れて人気のない場所へ行こうとしない保護者が3人もいる為、当たり前とも言える。
「ぐぬぬ……こうなったら最後の手段!」
そう叫んで飛び出す。しかしその時、背後からの手刀が女性の首筋を捉えた。
意識を失い倒れゆくその体を、手刀の主が持ち上げ、その場から静かに走り去っていった。
「ふむ……」
「どうしたのよ?」
アリエッタに手を繋がれながら歩くピアーニャは、落ち着いた様に息を吐いた。
「なんでもない。アリエッタのテンションがあがっているが、ほかにみてみたいトコロとかあるか?」
先程入っていた店では、アリエッタの髪を使った筆が3本作られていた。元々持っていたのと同じスタンダードな筆と、細筆と平筆である。
アリエッタは『絶対にこれ欲しい』という目で筆を見つめ、自分の毛だという事が分かると、思わず店のおじさんに抱き着いていた。そのテンションのままピアーニャを抱き上げて、くるくる回りそうなところをパフィによって止められる程だった。
その後恥ずかしくなってミューゼの後ろに隠れて、今度はミューゼが暴走しそうになったのを、パフィが止めるという事態にもなっていた。
「アリエッタの好きなモノとかはよく分からないのよ。無理して見つけるよりは私やミューゼの好きな事しながら、興味を引くモノがあればって感じなのよ」
「まぁダトウだな」
「あ、でも服はダメなのよ」
アリエッタが連続着せ替え人形でトラウマを抱えたのは記憶に新しい。3人はそういった事に気を付けながら、エインデルブルグを散歩していく。
道中ではアリエッタが、ふわふわと浮いている噴水を不思議そうに眺めたり、多種族が集まる広場で珍しそうに色々な人を見ていたら、ふわふわの丸い生き物にお菓子をもらったり、前世でも見た事の無い道具を売っている店で、商品をじ~っと眺めて動かなくなるなどして、楽しんでいった。
「これくらいの子は、何にでも興味をもつのね」
「初めてラスィーテに行ったミューゼも、似たような感じだったのよ。まぁアリエッタはその何倍も見て回ってるのよ」
「やっぱり森の中には無いモノばかりだからかなー」
「そうだろうな。テをはなすと、はしりだしてもおかしくないぞ」
離れてもアリエッタは目立つが、道行く人に話しかけられたりすれば、どうなるのか想像もつかない。言葉が分からない子供が1人でいたら、大騒ぎになる可能性すらあり得る。そうならないようにと、自分の精神を削りながら、硬く手を繋ぎ続けるピアーニャであった。
(……はやくヨルになってくれぇ……すこしオナカいたくなってきた)
可愛い服を着せられて延々と子供扱いというストレスが、ピアーニャをじわじわと追い詰めていく。しかし保護観察対象者には懐かれている為に逃げる事が出来ず、実力的にも立場的にも代理人を用意出来ない。
シーカー最強の総長ピアーニャにとって、いまだかつてない試練となっていた。
しかも、悩みはそれだけではない。
路地裏から鋭い目つきでアリエッタを睨む人物がいた。不適な笑みを浮かべ、4人の追跡を始める。
「くふふ……逃がさないわよ」
それは屋根の上で気絶し攫われていた、黒髪の女性だった。ピアーニャは既にその存在に気付いている。
本気で面倒くさそうにため息をつくが、特に何かをするわけでもなく、パフィと話しながら休憩出来る場所へと向かい始めた。
到着したのは公園。芝生の上でのんびりと過ごす人々に混ざり、広い場所で休む事にした。障害物となる木などが遠くにある為、黒髪の女性はかなり遠くで見張る羽目になっている。
「だからっ、もっと狭い場所に行ってよ! 広くて人が多いんじゃ、近寄れもしないじゃないの!」
屋根の上に戻った女性は、イライラしながら勝手な恨み節を述べている。
気配が遠くに行った事で安心したピアーニャは、楽な姿勢でゆっくりと目を閉じた。
「総長お疲れ様。普段働きすぎなんじゃないですか?」
「……コドモあつかいされなければ、こんなにつかれないんだが」
「あははー、もしかしてあたし達のせい?」
誰のせいかと言うならばアリエッタのせいなのだが、小さな子供にそんな責任を問う事は出来ない。そもそも悪い事をしている訳でもなく、時々子供らしからぬ善意の行動もある。
だからこそ、ピアーニャは諦めて我慢するしかなかった。
「きにするな。まぁのみものでも、かってきてくれ」
「了解なのよ」
パフィが飲み物を買って戻ってくると、諦めきった顔のピアーニャが、アリエッタに膝枕されていた。それを見た瞬間ちょっと笑ってしまったが、パフィもミューゼも周囲の人々も、その可愛らしい光景に癒されるのだった。
「んん……」(あれ?)
「あ、起きたのよ」
ピアーニャを膝枕しながら、自分でも気づかないうちに眠っていたアリエッタ。パフィの膝の上でゆっくりと目を覚ました。
(いつの間に眠ったんだろ。風が気持ち良かったからなー)
「おはよう、アリエッタ」
「おはよ……」
「めをさましたか。つかのまのカイホウだったな……」
一時的とはいえ、アリエッタに子ども扱いされなかったピアーニャは、少し元気になっていた。
日が傾き始め、4人は王都の散歩を再開する。
その一方で遠くの屋根の上では、1人で荒れる人物がいた。
「もぉぉぉ!! やっと動いた! はやく起きなさいよ! こっちはお昼抜いちゃってるのよ!」
勝手な逆恨みである。
1人で見張っている為、目を離した隙に逃げられないようにと、屋根の上でジッとしていた女性は、不機嫌を露にしながら追跡を再開した。
屋根から屋根へと飛び移り、ピアーニャに細心の注意を払いながら移動する。
「絶対に逃がさないんだから」
そんな気合の入った追跡だが、当の4人には関係ない。のんびりと街並みを歩き、気になった小物の店に入り、美味しそうな匂いにつられて買い食いをするなど、散歩を楽しんでいた。
そしてその光景を見て、理不尽にも怒りのボルテージを上げる黒髪の女性。
「おぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇぇ……おなかすいたぁ。こうなったら、一気に決着をつけてやる」
勝手な行動で理不尽な怒りを燃やし、空腹でまともな思考を放棄しているせいで、先に買い食いするという考えには至っていない様子。
4人が買った食べ物を仲良く食べている間に、屋根の上を飛び移って先回り。ピアーニャ達に視線を送らないように身を潜め、近づいてくるのを待った。
そしてその時は、やってきた。
「アリエッタ美味しかった?」
「おいしー!」
「夕食時も近いし、食べ歩きは終わりにするのよ。結局手がかりになるようなモノは無かったのよ」
「しかたあるまい。そもそもヒトとあったことあるのか、というギモンもあるからな」
「それにしては考えの伝え方とか分かってるみたいだし、不思議な子なのよ」
「筆の使い方も知ってたみたいだしね」
アリエッタについて語りながら、歩を進める一行。
細い路地の前を通過しようとしたその時、黒髪の女性がアリエッタに向かって飛び出した!
(いまっ!)
飛び出した瞬間、足元から黒い腕が伸び、足首を掴む。そして下へと引きずり込んだ!
「ピアはをぶっ──」
そのまま黒髪の女性は、地面の中へと勢いよく沈んだ。そこには黒い腕も、女性がいた痕跡も、残っていなかった。
「えっ? 今の声何?」
「うー?」(なんか聞こえた……)
アリエッタとミューゼはキョロキョロと見まわすが、何もない。不思議そうにする2人に、ピアーニャが答える。
「なんでもない。さぁいくぞ」
(あ~、これは何か知ってるのよ。後で聞くのよ)
なんとなく察したパフィは、アリエッタとミューゼを宥め、ピアーニャに目配せをする。ピアーニャはこくりと小さく頷いて、アリエッタの手を引っ張る。
散歩を再開した4人は、この後何事も無く本部まで戻り、夕食も堪能するのだった。
暗い部屋の中、1人叫び続ける者がいた。
「あ~~~~~~もう!! 結局何も出来なかったじゃない!! おのれピアーニャ! 覚えてなさいよ!!」
気絶し攫われ、地面に引きずり込まれた女性は、懲りずに理不尽な怒りをピアーニャに向けていた。
その姿を傍で見守る女性が、ため息をつきながら呟く。
「ピアーニャ総長は関係ないんですけどね……」
これは明日も忙しいなと考えながら、困った顔で黒髪の女性を見つめ続けるのだった。