次の日、綾菜たち3人は帰って行った。
昨夜、特になにか揉めたようなこともなかったようだ。
「ね、合言葉って、なんだったの?」
帰った綾菜に電話して聞いてみた。
『これ言うと、お母さん、心配するかと思って』
「聞かない方がいい?」
『ううん、言っておこうかな?』
「じゃ、聞いておこうかな」
『あのね、合言葉ってね、あれ、健二の女の車のナンバー』
「え?続いてたの?」
『違うと思う、別の女。友達が偶然見かけたって写真を送ってくれたんだ。もしかしてそうじゃない?って』
「健二君に確かめたの?」
少しの間があった。
『その意味もあって、合言葉をそのナンバーにしたんだけど。まだ知らんぷりしてるんだよね』
「で、どうするの?」
『まぁいいかと思ってる。そっちは隠してるつもりでもこっちは全部知ってるんだよって無言の圧力をかけてるから』
「別れさせないの?」
『あの合言葉で別れるなら、それでいいし。今は翔太もまだ小さいからこっちから離婚は言い出さないけど、準備はしとくつもり』
「あらら…」
『お母さんを見てて、旦那に頼りきって生きてくのはなんか違うなと思って。とにかく、しばらく健二のことはそっとしとく。騒ぎ立てるよりそっちのほうが、怖いでしょ?』
さすが我が娘。
私がホテルでフラッシュメモリーを見つけたことは言わないでおこう。
綾菜なりにちゃんと考えてるなら、意味はないし。
それからしばらくして、健二の残業(サービス残業)は、なくなったと連絡があった。
ひとまず、落ち着いたなと思う頃、貴君の結婚式があった。
特に感慨もなく。
「それでは、新郎新婦の登場です。皆様拍手でお迎えください」
朗らかな司会者の言葉で、みんなが披露宴会場の入り口に注目する。
午前中に式を終えた新郎新婦が、まばゆいスポットライトの中、うやうやしく登場した。
職場の人はみな、披露宴からの参加だったので、まだお嫁さんを見ていない。
真っ白なドレスの花嫁、腕を組むシルバーのタキシードの貴君。
こうして見ると、なかなかいいではないか!なんてまったくの他人事にしか思えない。
予想では、もっとこう嫉妬したり悲しかったりするんだと思ってたのに。
「おめでとう!」
「とうとう独身貴族も終わりか!」
「やったな!このっ、こんな可愛いお嫁さんもらっちゃって」
祝福の言葉を浴びながら、客席の間をゆっくりゆっくり歩いていく。
頭の中では昔流行した歌謡曲が流れていた。
ウェディングベル🎶
自分が結婚すると思ってたのに、違う誰かと結婚してその式に呼ばれて一番後ろの席に座らされて…
でも、まぁ、私は結婚するとは思ってなかったし、嫉妬もあまりない。
きっと、綾菜のことを重ね合わせてるのかもしれない。
貴君が結婚してしまったら、私とのことは完璧に不倫になってしまう。
綾菜と近い年のお嫁さんを見て、それはしてはいけないと思った。
気の合う友達でいようと決めた。
「おめでとう!後でめちゃくちゃ飲ますからな、おぼえとけ」
田口さんからのお祝いの言葉。
「勘弁してくださいよ、田口さん」
笑いながらテーブルに可愛らしいキャンディを置いていく。
「これからも、よろしくお願いしますね、未希さん」
わざわざ私に向かって言う貴君のセリフに、少しばかり苛立ちをおぼえた。
「こちらこそ、まだまだ師匠には指導していただかないといけないので。こちらこそよろしくお願いしますね」
とわざと、お嫁さんに声をかけた、貴君にではなく。
「はい、未希さん」
ん?ん?未希?
あーーーっ!
その声には聞き覚えがあった。
お嫁さんが小さく、人差し指を立てたので黙っていたけど。
ホテルのバイトの先輩、ニシちゃんだった。
お見合い相手として写真も見ていたのに、全然気づかなかった。
ホテルでの清掃は、薄暗い中だったから、きちんと顔を見てなかったかも?
今更ながら、席次表を見た。
西野裕美、間違いない。
これはますます、貴君とは、ただの友達にならないといけないと思った。
世間て、自分が思うより狭いんだなぁ…。
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