テラーノベル
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この作品はフィクションです。
実在する人物とは一切関係ございません。
この作品を公の場での閲覧、ご自身の端末以外での閲覧はご遠慮くださいますようお願い申し上げます。
俺は自宅で一人、ソファにもたれてラグに座り、今日買ったばかりの小さな箱を開けた。
ストン、と出てきたのは百貨店の化粧品売り場で店舗を構える高級ブランドのネイル。
似ているけど少し違う2色の瓶を手に取り、ぼんやりと見つめる。
今日は午後からグループで動画の撮影が4本分あった。
溜まっている家事をしようと早めに起きて洗濯を回している時だった。
『今ひま?!』と勇斗から切羽詰まったメッセージが来たので何事かと電話をする。
「仁人?俺今仕事中なんだけどさ、マジ申し訳ないんだけど買い物頼んでも良い?!」
「は?物は何よ?」
「マニキュア!今日の動画撮影の直後に一瞬会うのに渡す誕生日プレゼント買うの忘れちゃってて。」
「は、まぁ、良いけど…。」
「マジ?!ありがと!じゃあメッセージでほしいやつの画像送るから頼む!悪いけど立て替えといて、後で返すわ!」
そう言って勇斗からの電話は一方的に終わって、すぐに某高級ブランドのマニキュアの画像が送られてきた。
真っ赤な、芯の強い女性に似合いそうな、濁りのない赤。
それを一瞥して終わる気配のない洗濯機を横目に身支度を整え始めた。
『贈り物ですか?』
百貨店の化粧品売り場でそう声をかけてきたのは、しっかりとメイクを施した隙のない笑顔のBAだった。
俺は素直に、友人のプレゼント購入代行だと伝えて商品の画像を見せる。
慣れない場所に居心地の悪さを感じて早々に会計を済ませて包装してもらっているそのとき、なぜか。本当になぜか、青と緑の中間のようなマニキュアから目が離せなくなった。
以前俺が染めていたような、ブルーグリーン。
『彼女さんへいかがですか?この色だと同系色のこちらの色と不規則に塗ると大人の女性らしくもあり、遊び心もあって素敵ですよ。』
プレゼント包装を終えて声をかけてきたBAにそう言われて言われるがまま2本とも購入した。
おとなのじょせいらしさ
何とも自分とかけ離れたワードだろうか。
それでも買ってしまったのは一種の反抗か。
ブランド物のショッパーを持って事務所に向かいながら、先程のBAの言葉を思い出し自嘲する。
部屋に入ると30分前にも関わらず勇斗以外のメンバーが揃っていた。
3人は午前中の現場が近かったらしく一緒に昼食を食べてから来たらしい。
「あれ?よっしーの持ってるそれ、限定ショッパーじゃない?そこでコスメ買うの珍しいじゃん。」
「しかも15,000円以上買わなもらえへんやつや!」
柔太朗と舜太は相変わらず目ざとい。
「勇斗からの頼まれたんだよ。時間ないから代わりにプレゼントのマニキュア買ってきてくれって。このショッパーいるんだったらやるよ。」
そう言ってネイルの箱を取りだし鞄へ突っ込み、プレゼントは渡すように貰ったショッパーに入れてから一定金額購入者しか貰えない袋を舜太に渡した。
太智は『そんなちっさいもんがそんな高いんか…』とすごい顔をしていた。
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そうこうしていると勇斗がゆったりと入ってくる。
「はよー。あ!仁人、朝ごめんな!」
「はよ。はいこれ、画像見せたから合ってると思う。」
「助かったぁ…まじでありがと!」
安心したような表情で俺に軽くハグをしてくる。
そんなに大事な人にあげるプレゼントだったのか。
この後誰に会うの?
どんな関係の人なの?
俺が買ったプレゼントをどんな顔でその人に渡すの?
その反応を見てお前はどんな顔するの?
言いようのない感情が喉に詰まる。
一瞬の触れ合いで少しだけ体温が上がる。
でも心はスッと冷える。
代金を受け取って少し離れたソファーに深く沈み込み、キャップを更に目深に被って時間までPCを広げて作業することにした。
何かしていないと余計なことを考えて雁字搦めになりそうだ。
少し喉に詰まっているものがこの一瞬でも増えて眉間に皺が寄る。
鏡の角度で柔太朗にだけ見られていたことに気付く余裕もなかった。
賑やかに、楽しくも有意義な撮影がなんとか終了したのは、予定時刻を1時間以上過ぎた頃だった。
この後の外部仕事はなかったので盛り上がって時間を忘れてしまうのはよくあることだった。
良い疲労感で帰り支度をしていた時、「おつかれーっ!」とバタバタと勇斗が車の鍵を握り締めて出ていった。
その後、俺も事務所を出たら柔太朗が付いて来た。
「よっしー、ご飯食べて帰ろうよ。」
少し駅から離れた完全個室のバルで注文を済ませた時に徐に言われた。
「てっきりはやちゃんはよっしーとくっつくんだと思ってた。」
「あ?急に何言ってんだよ…」
「だってはやちゃんのこと好きでしょ?」
「そりゃメンバーとして、」
「仁人としては?」
見透かしているような、そしてとても慈愛に満ちた瞳で見られる。
現場でもここでも綺麗な目をしているな、と俺は場違いな事を思った。
ぽろり、とついてでたのは口にすることは無いと思っていた言葉だった。
「あいつの横に立つ自信がない。」
「・・・どうして?」
「勇斗は女性が恋愛対象のはずだ。確かに熱が乗った視線を感じることはあるし、それを嬉しいと思う自分もいる。でも、俺は女じゃないからあいつを繋ぎ止める術がないんだよ。俺なんかが、こっちに、引っ張りこんでいい人じゃない。」
柔太朗は思う。
この人は一体自分自身を何度殺してこの場に居続けてくれているのだろうか。
メンバーの夢を叶えるため、アイドルを続けるため、ファンのため、支えてくれる全ての人のため、ステージに立ち続けるため。
「よっしー、自分を甘やかせる時間ある?無心になれる時間ある?・・・好きな人のことをゆっくり想う時間ある?」
「・・・ゆっくり、想う?」
「どんな顔や声で笑うか、どんなことで笑うか、どんな顔や声で怒るのか、どんなことで怒るのか、どんな心の人なのか、困難を乗り越えて行ける強さを持っているのか、とか?」
「そんなん考えたら会いたくなるじゃん…。」
「会いたくなったら、そう言えばいいんじゃないの?」
「・・・会いたくなったら、言えるかな。」
「言えるかじゃなくて言うの。」
それから運ばれてきた料理を全て食べて、柄になく二人とも1杯だけお酒も飲んだ。
その間に勇斗から『母ちゃんめっちゃ喜んでた!』とマニキュアを持った勇斗のお母さんの画像が送られてきて、長い長い溜息をついた。
柔太朗はひゃっひゃと笑って頭を撫でてくれた。
店の前で別れるまではそう長くない時間だったけど、少しだけど喉の詰まりが取れた気がした。
マニキュアをあけ、ハケからとろりと落ちるストーム・ブルー。
好きな人の笑った顔、怒った顔、真剣な顔、泣きそうな顔、悲しい顔、焦った顔、困った顔、無防備に寝てる顔、自信に満ちた顔。
1つひとつ勇斗の顔を思い浮かべながら、足の爪は綺麗に塗り終えられた。
このマニキュア特有の匂いを嗅ぐ度に、爪を見る度に、勇斗を思い出すしとても、そう。とても。
「会いたい。」
塗り終えたばかりの爪を汚さないように、不格好に歩きスマホを手に取る。
2コールで出たあなたの声に被せて。
「会いたい、勇斗に会いたい。」
今から来てくれるあなたはどんな顔を見せてくれるのだろうか。
今度はブルー・ヘヴンを塗ろう。
願わくば、その時に隣にいてくれますように。
コメント
2件
良かった… 読み進めるうちに、まさかね…とドキドキしながら拝読しました 結果、マニキュアも乾かない内に🩷さんに電話する💛さんという可愛いくて健気なお姿を見れてとても暖かい気持ちになれました この後、幸せな時間を過ごしてほしい そして🤍さんの助言も良かったです