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「……ふぅ。結局、展望デッキまで行っちゃったね」
紗良が少し疲れを見せつつも、満足げに笑いながら瞬の隣を歩く。瞬は「君がどうしても行きたいって言うからだよ」といつもの調子で返しつつ、彼女が躓かないよう、さりげなく車道側を歩いていた。
少し前を行くのは、陸と泉。そして、その一歩後ろを優が歩いている。
泉は、優から手渡されたスマホ(スタンドに忘れていたのを彼が拾っておいてくれたのだ)を大事に握りしめ、隣を歩く陸の横顔を盗み見た。夕日に照らされた陸のシルエットは、どこまでも絵画のように完成されていて、遠い。
「陸くん」
泉が勇気を出して、小さく声をかけた。
「ん? なんだ、泉」
陸は足を止めず、余裕のある笑みを浮かべて泉に視線を向ける。その屈託のない瞳に見つめられると、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
「……陸くんが目指してる『景色』、いつか私にも見せてくれる?」
それは、泉にとって精一杯の告白に近い言葉だった。くるみ先輩が見ている世界、陸が追いかけている高み。その端っこにでもいいから、自分も居させてほしいという願い。
陸は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの、周囲を安心させるような不敵な笑みを深めた。
「当たり前だろ。お前は俺たちのマネージャーなんだからな」
陸はそう言って、泉の頭をポンと軽く叩いた。
「俺が一番いい記録出すところ、特等席で見せてやるよ。だから、しっかりサポート頼むぜ?」
「……! うん……っ」
泉の顔がパッと明るくなる。
陸にとって、それは「仲間」としての約束。でも、今の泉にはその言葉だけで十分だった。彼が自分を必要としてくれているという事実が、足元を温かく照らしてくれる。
だが。
そのやり取りをすぐ後ろで見ていた優は、一人、苦い表情で視線を海へと逸らした。
(……特等席、かよ)
陸の放った「余裕」のある言葉。それは泉を救ったけれど、同時に彼女を「マネージャー」という枠の中に優しく閉じ込めたようにも見えた。陸が無自覚に振りまく、残酷なまでの眩しさ。
優は、ポケットの中で無意識に拳を握りしめていた。
陸への苛立ちなのか、それとも、たった一言で一喜一憂する泉を、どこか危うく感じている自分への苛立ちなのか。
「……おい。暗くなってきたぞ。さっさと駅まで歩け」
優のぶっきらぼうな声が、夕凪の空気に冷たく響く。
「もう、優くんはいつもそれなんだから。少しは余韻を楽しませてよ」
紗良が茶化すように笑うが、優は「……フン」と鼻を鳴らして、一人で足早に歩き出した。
陸は「待てよ優! 短距離走じゃないんだぞ!」と笑いながら彼を追いかける。
五人の影が、長く、長く伸びていく。
陸の背中を追う泉。
その泉の危うさを、苛立ちという名の不器用な視線で捉え続ける優。
そして、そんな彼らを見守るように、静かに歩幅を合わせる瞬と紗良。
潮風が、泉の短い髪を優しく撫でて通り過ぎていった。
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