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「え……? 神様の住む世界を、跨ぐ……?」
典晶は唾を飲み込む。文也は開いた口が塞がらないようで、大きく口を開けて「あががが…」と、意味不明なことを言っている。
「まあ、この俺様が入れば、万事オーケーだがな! ガハハハ!」
素戔嗚の笑い声が空気だけではなく、周囲の空間を振るわせるようだ。事実、素戔嗚が笑った瞬間、典晶達の周囲に立ち籠めていた霧が霧散した。
「昨日は脅すようなことを言ったけど、神共は基本的に人間には無関心だ。心配は無いよ」
那由多が優しい声で言う。
「例え、お前達を襲ってくる神や悪魔がいたとしても、この俺が全て返り討ちにしてやるぜ!」
素戔嗚の声は、離れていても骨に響くような大音量だ。
「仮に不測の事態が起こっても、オリュンポスとエデンなら交渉で何とでもなる。俺達に絡んでくるヤツは、極めて暇な神だから、少し付き合ってやればすぐに飽きて他に行く」
素戔嗚の言葉の間を縫うように、涼しい那由多の声が典晶の耳に届く。
「まあ、この俺様がいるんだ! 大船に乗ったつもりでいろ! 子狐の一匹や二匹、強引に引き連れて戻ってきてやらー!」
腕を組んで大声で笑う素戔嗚。典晶と文也は、素戔嗚と彼を完全無視する那由多を見比べた。
「俺達がおかしな事をしなければ、基本的に向こうも不干渉だから。じゃ、行こうか、典晶君、文也君」
クルリと背を向けた那由多は、一人息を吐く素戔嗚を置いてスタスタと歩いて行く。典晶は心配そうに素戔嗚を振り返ったが、結局、先に行ってしまう那由多についていく。
「良いんですか? 素戔嗚、なんか来たがっていたみたいですけど」
「ああ、無視無視。アイツ、一緒にいると五月蠅いんだもん。なんか、暑苦しいしさ」
「はぁ……」
典晶はチラリと振り返る。濃い霧に隠れて、巨大なシルエットだけが浮かんでいる。と、典晶が見ていると、霧を掻き分けるようにして素戔嗚が猛ダッシュで近寄ってきた。その足音は地を振るわせる。
「待てぃ! 待てィィィ!」
ジャンプ一番。素戔嗚は典晶達の頭上を軽々と飛び越すと、那由多の前に降り立った。
「那由多! 俺を無視するってのか? イイ度胸じゃねーか!」
「うっせーな。近所迷惑だぜ」
「うっせーなとは何だ! 男、素戔嗚! 萌子の為だけに捧げたこの命を、同じ幼女趣味の典晶のために使おうというのだ! 邪魔はさせんぞ!」
両拳を握り締め、天に突き上げる素戔嗚。それを見て、典晶は地面に倒れそうになった。すっかり、素戔嗚の中では典晶は同じ幼女趣味の同士になっているようだ。
「邪魔をしてるのはお前だっつーの! 俺達は、できるだけ穏便に事を運びたいの。お前がいると、余計なトラブルが起きるだろうが」
「何だと! まるで、俺がトラブルメーカーの様に言うじゃねーか! 俺は、どんな美少女ゲームでも、絶対にフラグは見逃さねー! どんなルートだろうが、俺はフラグを全て回収する!」
「回収? へし折って突き進むの間違いじゃないのか? 現実世界で置き換えると、それをトラブルって言うんだ」
「トラブルだと! 俺の何処にそんな要素があると言うんだ!」
「うるっっっっせーぞ! 素戔嗚ォォォ! 殺すぞ、糞ニート!」
近所の屋敷から怒声が聞こえ、続いて金だらいが空の彼方から落ちてた。ゴンッと、激しい音を立て、金だらいは中央を大きく凹ませた。グラリと素戔嗚の巨体が揺れ、ドスンッと俯せに倒れてしまった。
「………」
「………」
「ほらな」
那由多は言いながら、倒れた素戔嗚をガシガシと踏みつけていく。
「素戔嗚、大丈夫か?」
文也は止めておけと目で合図していたが、典晶は倒れた素戔嗚を揺さぶった。少し離れた所で、那由多が呆れたように腕を組んで溜息を漏らしていた。
「………俺は、邪魔なのか?」
その巨躯に似つかわしくない小さな声で、素戔嗚は言う。
「いや……それは」
典晶は那由多を見る。那由多は「ああ、邪魔邪魔」と、聞こえるように言うが、典晶は那由多ほど素戔嗚を嫌ってはいなかった。
「いや、心強いよ」
「だよな! そうだよな!」
ガバリと素戔嗚は起き上がる。典晶の三倍はありそうな巨大な顔が、ニコリと嬉しそうに破顔する。
「ガハハハ! そうだろう、そうだろう、やっぱり、俺様がついて行ってやるぜ! そこの神を神とも思わない不信心な人間がいると、何をしでかすか分からないからな!」
「……戦争しにいくんじゃないんだからな。頼むから、大人しくしていてくれよ」
那由多はもう一度溜息を吐き出すと、「行こう」と言って歩き出した。