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「白鳥~!1階に学食があるらしいから行ってみようぜ!」
ダラダラと長いだけの入学式が終わり昼休みになった途端、自分の席からかけてきた茶原は、青木と白鳥に立ちはだかるようにこちらに尻を向けた。
「学食~!?わあ、憧れだったんだよなー!」
茶原の奥に見える白鳥が嬉しそうに立ち上がる。
「あ、でも俺、バイト代入ってないから金欠だぁ!」
「そんなのいいって!俺が――」
言いかけた茶原が動きを止める。
そしてポケットから財布を取り出すと、ゆっくり中身を開いた。
「――俺が奢ってやるって!」
そしてホッとしたように顔を上げると、白鳥の肩を叩いた。
(……間違いない)
青木は茶原のブラウンの癖毛を睨んだ。
(こいつも死刑囚の一人だ……!)
財布はスマートフォンと同様に鞄に入っていた。
しかしそれはスマートフォンが充電されているかわからなかったのと同様に、中身までちゃんと入っているかは定かではなかった。
(だから確認したんだ。自分は金を持っているのかどうか)
確信を胸に、青木は立ち上がった。
「白鳥、学食行くの?」
茶原の肩越しに話しかける。
「うん!1階にあるんだって!」
白鳥が微笑む。
「俺も一緒に行っていいかな。見てみたいし」
そう言うと、白鳥はニコニコと笑った。
「もちろん!3人で行こう!」
自分以外に6人の刺客がいるのだ。さっそく白鳥に寄ってくる人間がいてもおかしくない。幼馴染で面識があるならなおさらだ。
問題は――。
明らかな敵意をむき出しにしてこちらを見下ろしてくる茶原を睨み上げる。
(なんでこいつは、俺が死刑囚だって初めから知ってたかってことだ)
青木は茶原に向かって口の端を上げて見せた。
◇◇◇◇
「お前は何にしたの~?」
茶原の問いに、
「唐揚げ定食!」
白鳥が元気よく答える。
それぞれ配膳の列に並び、ほぼ一緒に座った3人は、それぞれの盆の上で湯気を上げているものを見回した。
「お前、ガキのまんまかよ!」
茶原が笑い、
「唐揚げしか勝たん!」
白鳥は真顔で答えた後、青木の盆の上を見た。
「これ、何?レバニラ定食?」
「あたり」
青木は割箸を割りながら言った。
「レバーとか食えるの?大人―。おれ、レバーの匂いが無理っ!」
目を丸くする白鳥に、
「好みの問題でしょ」
青木は笑いながら肩を竦めた。
白鳥という人間は本当に人懐こいらしい。
小学校が同じだったという茶原と青木に同様の反応をしてくれる。
やりやすい。
しかしその反面掴みどころがない。
人懐こい彼がターゲットである限り、「仲良くなる」という一点においては有利に立てない可能性が高い。
(まあその意味では……)
青木はまだレバニラの臭いを書いている白鳥から、サバの味噌煮をパクついている茶原を睨んだ。
(こいつも有利じゃねえけどな)
こちらの視線に気づいたのか、茶原がこちらを睨んでくる。
もはや確信に近い。
茶原は、死刑囚の一人。
イコール、青木が蹴落とさなければいけない|恋敵《ライバル》だ。
「あっ!」
そのとき、白鳥が素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。
「割箸忘れた!」
「はは。盆の横にあっただろ」
途端に茶原が柔和な笑顔に戻る。
「マジで!?とってくる!」
白鳥は言うが早いか、食堂に続く最後列の脇にあるお盆置き場へと走っていった。
「…………」
青木は茶原を見た。
なんといって切り出そう。
ある程度の確信はあるものの、万一ということもある。
先程の謎の声は『一般生徒にバレたら、その時点で君たちの命は消える』と言っていた。つまりは一般生徒たちに自分たちの正体や、この実験が知れてしまうのは即ゲームオーバー。
慎重にいかなければ――。
「あのさあ」
青木が言葉を選んでいると、先に茶原が白鳥に向けた声とは1オクターブほど低い声を出した。
「堅苦しい前置きはナシにしようや。青木浩一くん?」
「……なんで俺のフルネームを?」
青木は声を顰めながら言った。
「俺たちがお前の名前を知らないとでも思ってるのかよ。地獄に堕ちても忘れられない名前だぜ」
茶原は背もたれに腕を掛けると、クククと鼻で笑った。
「もしかして青木くんは、拘置所では新聞も読まずやラジオも聴かなかった系?」
「――拘置所。やっぱりお前も……」
「質問に答えろよ。お前は新聞もラジオも避けてたのかって!」
バンと茶原がテーブルを叩き、乗っていた3つの盆が軽く跳ねた。
確かに留置所では、希望すれば、数日前の新聞は読めたし、ラジオも流してくれた。
しかしどうせ死ぬ運命にある自分が、今さら世界情勢のことを知ったり、流行の歌を覚えたところで意味はないと思い、小説ばかり読んでいた。
「……だったら何だよ?」
「はあああああああ」
茶原は、まだ白鳥が戻ってくるのには時間がかかるのを確認してから、青木と距離を詰めた。
「俺たちが死刑になったのは、全部お前のせいだから」
「は?」
青木は眉間に皺を寄せた。
「俺はお前らの犯罪に関係ねえだろ」
「そうだね。犯罪には関係ない。でも死刑には関係ある。大いにある」
茶原は青木を睨みながら言った。
「お前のせいで世論が動いたんだよ。一刻も早く死刑判決が出る年齢を16歳に引き下げろって」
「俺のせい……?」
青木は口を開けた。
「そりゃそうだろ。だってお前は――」
茶原は青木の顎を指でくいと上げた。
「責任能力がありながら、12人もの中学生を殺した、戦後最悪の殺人鬼なんだから」
「…………」
青木は少し身を引いて、茶原の指を振り払った。
「なんだよ。事実だろ」
茶原は片目を細めながら笑った。
「俺たちは少年院に入る予定だったんだ。それなのにお前があんな世論を揺るがすような大事件を起こすから、お前に巻き込まれて死刑になっちゃったじゃねえか」
最後の方は他の生徒に聞こえないようにか囁くように言った茶原の声が、余計に不気味に感じた。
「お前さ、人を死刑に巻き込んでおきながら、自分が白鳥とうまくやって生き残ろうとか、どんだけ神経太いんだよ」
茶原はこちらに駆けてくる白鳥を振り返りながら声を潜めた。
「いいか覚えとけよ。俺たちはみんな、お前のこと恨んでるから」
「…………」
「6人全員、お前の敵だから」
茶原はそう言うと、ふっと笑った。
「ま、メンバーの中で一番俺が有利ってことには変わりねえけどな」
「――――」
「間違いなく俺が、白鳥のこと一番わかってるから」
そういった茶原は満面の笑みを作ると、そのまま後ろを振り返った。
「割箸あったかよ?」
駆けつけた白鳥が息を切らしながら、戦利品を持って微笑む。
青木はレバーを一口頬張った。
なんの味も匂いもしなかった。