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シュンと過ごす毎日はとても充実していて楽しいものだったけれど、バンドに関する活動はなかなか大変だった。

ピアノの経験があるとはいえ、キーボードとそれでは勝手が違う。不器用な俺は慣れるのにかなりの時間を要した。

同じ初心者スタートだったはずのシュンは驚異的な成長をみせていた。簡単なコピーならすらすらとしてしまう。それにベースのミズノもドラムのみっちーも経験者というのもあるけれどそもそものスキルが高い。

俺だけが下手くそだった。練習で合わせても、ミスするのはいっつも俺。ごめん、が口癖になっていった。俺だけが置いていかれるような気がした。焦っていた。

教育学部の必修科目は1年生のうちからレポートやグループワークがかなり多いことも有名で、その作業量の多さにもかなり苦しめられた。

かといって、上京組である俺は普段の授業に加えてバイトもせねばならず、慣れない東京暮らしはいくら気が合う唯一無二の友人の存在があっても俺の心を確実に蝕んでいった。俺の様子がおかしいのに気づいたのもやはりシュンだった。


「涼ちゃん、最近ちゃんと寝てる?」


「へっ?」


心配そうにこちらをみている彼。あぁ、と俺は頷く。


「今日締切のレポートが結構重くてさ、昨日は夜遅くまでやっちゃった」


半分本当で半分嘘。確かにレポートのことはあったが、そもそも最近の俺はまともに眠れなくなっていた。夜になると漠然とした不安感が胸に重くのしかかり、目を瞑っているとそれがとても恐ろしく、なにをもってしても太刀打ちできないような絶望感に襲われ、眠気がなかなかおりてこない。眠れたのか眠れていないのか分からないうちに朝日が昇り、大学へ行かねばならない時間になってしまう。


「いやそれにしても最近ほんと暑いよね〜早く夏休みになってほしいなぁ」


なんとか話題を変えようと試みる。愛知県出身のシュンはこれくらいの暑さなら慣れっこらしく、そう?と首を傾げてみせる。


「まぁでも最近は異常気象傾向だしな。涼ちゃん山育ちなんだから熱中症にならないように気をつけろよ」


揶揄うように彼が笑う。最初に出会った頃に比べれば、彼は随分といろんな表情をするようになった。


「いや言うほど僕山育ちじゃないし!長野の中でもあれですよ、あの、そこそこ平らな方ですよ。まぁでもたしかに気をつけなきゃな〜」


講義室の窓から見える空は青く、その日差しは鋭い。7月の初めでこれなら、これからどんどん厳しくなるのだろう。


「でも長野かー、行ってみたいな」


「あれ?行ったことないの?」


うん、とシュンは頷く。


「家族旅行とかする家じゃなかったしな。夏とかやっぱ涼しい?」


いやぁ、と俺は唸る。


「標高高いとこいけば涼しいけど、平地は言う程じゃないよ。普通に暑い、こっちの暑さともなんか違うなぁとは思うけど」


「まぁ盆地だもんなぁ、暑いか。それでも放射熱とかが少ない分東京よりマシなんだろうけど」


そういうことなのか。なんだかよく分からないが、へぇ、と頷いてみせる。


「なんなら今度遊びにおいでよ、案内するし」


「マジで?いいな、それ。夏休み行こうかな」


彼が来たらどこを案内しよう。それを考えるとなんだか最近晴れない憂鬱な気持ちも幾分かマシになる。


講義が終わる。シュンが、学食行こうぜ、と立ち上がった。しかし、あまり食欲のない俺は、食べなければその分食費も浮くしな、と思い


「今日あんま食欲ないからいいかな〜」


と立ち上がる。その時だった。視界が揺れた。なんとなく朝から続いていた頭痛が、急に割れそうなほどの痛みになって襲ってくる。それに伴ってか吐き気までしてくる。


「うっ」


自分が倒れている、と自覚したのはシュンが俺を呼ぶ声がやけに遠くに聞こえたときだった。





「熱中症の話してて熱中症になるなんて」


シュンが呆れたように俺を見る。


「大事にならなくて良かったよ」


救急車で運ばれてしまったのだから十分大事というか、まわりに迷惑をかけてしまっているのだが、シュンに「熱中症はヘタしたら死ぬんだぞ」と凄まれて口を噤む。俺は右腕に繋がれた点滴に目を遣る。これが終わるまで帰れないらしい。


「さっきさぁ、話逸らしたけど、涼ちゃん最近寝てないだろ。昨日だけじゃなくて……そういうの分かるんだよ、ずっと一緒にいるんだし。なんか悩みあるなら聞くし、言えよ。寝不足と栄養失調による貧血も併発してるってさっき医者が言ってたぞ」


俺は困ってしまう。そうは言っても、何が悩みと言っていいのか、逆に多すぎて何を解決したら今の状態が改善されるのか、まったく想像がつかないのだ。


「レポート大変なら手伝うよ」


それはシュンも一緒じゃん、と苦笑する。


「うちの学部は前期の必修は評価がテストだけだし、まだ高校の復習レベルだし。毎回レポートもないし」


俺は真剣に話す彼の表情をまじまじとみる。本当に心配してくれていて、自分になにかできないかと考えてくれているのだ。俺は迷惑かけてばかりなのに。


「それともほかに何か心配事とかある?俺じゃ力になれない?」


真っ直ぐに俺を見る彼の目をぼんやりと見つめながら


「……キーボード、楽しくないかもしれない」


ふと呟いてしまってから、彼がひどく傷ついた顔をしたのをみて、すぐに後悔する。言っちゃいけないことを言った。よりにもよって彼に。


「ごめん、でも僕下手くそだから。皆に迷惑かけちゃうし。夏休み明けのお披露目ライブでやる曲も、こないだ決めたけど皆僕のレベルに合わせようとしてくれてたでしょ、それも申し訳なくて」


「そんなことないよ……夏休みはみっちーが実家の手伝いで長く帰るから合わせもあんまできないしって話だったろ」


みっちーの実家は兵庫で酪農をしている。牛の世話しに帰らされるんや、とぼやいていた。


「でもみっちーうまいから、それだけが理由だったら最初に候補出てた曲にしてたろ」


彼の瞳が動揺に揺れる。


「そんなこと考えてたのかよ」


それから暫く彼は黙り込んでいた。俺は怖くて彼の方を見ることが出来ず、点滴が終わるまでずっと病室の窓から外を眺めていた。窓からは大きな川がみえる。あれ、なんて川だろう。いつもならこういう時すぐに聞いちゃえるのに。今はただただ、沈黙が苦しい。

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コメント

9

ユーザー

りょうちゃん😭😭 涼ちゃんらしすぎる😭🥺かわいい😭 あと!!関係なくてごめんなさい!この話って何話まであるんですか!!

ユーザー

うはぁ、涼ちゃんんんん🥺 シュンさんは心配してくれとるんやぞぉぉ💦てか、私も長野案内して🫶

ユーザー

しゅんくんと涼ちゃんにそんなことがあったなんて、、、 熱中症の話しながら熱中症になる涼ちゃんは流石だと思った𐤔𐤔𐤔

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