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「良かった……それじゃあ、クレハ様は王宮でお元気にお過ごしなのね?」
「はい。最初は慣れない場所で萎縮しておられたようですが、今はそれも無くなり落ち着いていらっしゃいます。レオン殿下は勿論のこと、国王王妃両陛下もクレハ様にとても親身に接して下さってますから……」
モニカさんを筆頭に、使用人一同の安堵の声が休憩室に響き渡る。最初は状況が分からず狼狽えてしまったけれど、理由を聞いたら全て納得だった。昨日の父の様子を見ていれば察せそうなものだったのに……
皆が私に聞きたかった事とはクレハ様についてだった。マリエルさんが私をここへ連れて来たのはカレンを紹介するのもあったけれど、1番の目的はクレハ様の近況報告をさせるためだったそうだ。旦那様とジェラール陛下は文で頻繁にやり取りをなさっているけれど、詳しい情報が使用人達まで伝わるはずがない。
「レオン殿下との婚約が突然決まり、ただでさえ困惑しておいでだったのに……。体調も芳しくないと聞いた時は、もういてもたってもいられない心地だったのよ」
「モニカさん……」
彼女の心情が私にはとてもよく分かった。自分も同じだったから。いくら大丈夫だと聞かされていても、胸のざわつきを取り除くことは出来なかったのだ。加えてフィオナ様の件もあり、今後のことを思うと更に不安は募るばかりだった。
「でも、あなたがそう言うのなら安心ね。リズ……これからもクレハ様をお側でお助けしてね。私達はクレハ様が笑顔でお帰りになる日を心待ちにしていると、お伝えしてちょうだい」
「はい、必ず。クレハ様も屋敷のみんなに心配をかけていないかと、ずっと気にかけておいでです。帰宅が延期になってしまったのは残念でしたが、色々な問題が解決したらきっとお戻りになられるはずです」
「そうよね。いくら婚約をなさったとはいえど、クレハ様はジェムラート家のお嬢様ですもの。殿下が独り占めなさるのは、まだ早いですよね」
マリエルさんの言葉にみんな力強く頷いている。レオン殿下がこの光景を見たらどんな顔をなさるだろうか。
殿下は使用人の中にクレハ様に害を為す輩が潜んでいるのではと危惧しておいでた。私も殿下が示された可能性を否定出来ず、今回の調査に参加させて貰った。クレハ様を守るために常に最悪の事態を想定し、警戒を怠らない殿下は正しい。でも、そんな不穏なことばかりではないのだ。使用人達だって一枚岩ではない。同じ家にお仕えしながらも、皆様々な感情を抱いている。モニカさん達のようにクレハ様を思い遣り、心を砕いている人だっているのだ。クレハ様はこんなにも愛されている。
「リズは凄いのね。見習いだと言っていたのに……公女様のお側で働いているの?」
「えっ?」
「将来有望なのよ、この子」
「ちょっと、マリエルさん!!」
マリエルさんは笑顔で茶化してくるけど、カレンが疑問に感じるのは当然だった。クレハ様は王太子殿下の婚約者でもある。そのような方にモニカさんみたいなベテランの侍女を差し置いて、見習いの子供が付き添っているのは不自然だもの。
「カレン、リズはね……クレハ様の親しい友人でもあるの。侍女としてはまだまだ未熟だけれど、今のクレハ様をお側で支えるのに彼女以上の適任はいないと思うわ」
モニカさんの言葉にちょっと涙が出そうになってしまいました。期待に応えられるよう、これからも目一杯精進しよう。
「リズが公女様と友達……そうなんだ」
カレンは納得したのかそうでないのか、判断のつかない微妙な顔をしていた。そりゃなかなか信じられないとは思うけどさ。
「よし! それじゃあ大切なお話は終わったし、次いきましょうか」
「次?」
マリエルさんの声が合図だったかのように、休憩室の扉が再び開かれた。そこから新たに数名の女性使用人達が中に入ってくる。今度は何なんだとモニカさんの方を見ると、彼女は眉を下げて困ったように笑っている。後から来た人達を合わせると全部で20人くらいだろうか。休憩室はそれなりに広いので、この程度の人数なら余裕で入れる。しかし、その20人の大人達に取り囲まれているような状態になっている自分は、そこそこの圧迫感を与えられていた。
「あの、これは……」
次の話って言ってたよね……まだ私に何か聞きたいことがあるのだろうか。でも、後から加わった使用人達とはあまり会話をしたことがないのだけど……
「リズ、本来こういう事を子供のあなたに尋ねるべきではないのは分かっているのよ……」
「えっと……私でお答えできることであれば……」
マリエルさんは前置きをすると、周囲の女性使用人達へ視線を送る。互いの目と目で見つめ合い、アイコンタクトを取っているようだった。モニカさんだけはその輪には入らず、ため息を吐いていた。
「それじゃあ、聞かせて貰うわね。あなた、お屋敷に戻ってくる時ひとりじゃなかったわよね。レオン殿下の先生と護衛の方、そして王宮の侍女……確かミシェルさんだったっけ。その3人と一緒だったでしょう。聞きたいのは先生と護衛の方についてなんだけど……」
「ルーイ先生とセドリックさんですね」
「そう、そのルーイせんっ……」
「リズ!! ルーイ先生って恋人とかいらっしゃるのかしら。いないならどんな方がタイプとか聞いたことない?」
「セドリックさんのお歳は? 趣味は? 好きな食べ物とか……何でもいいからあなたの知ってることを教えて!!」
「セドリックさんの趣味は料理でしょ。オルカ通りでお店やってるくらいなんだから。私一度だけ行ったことあるわよ」
「ちょっと、お店って何!? 私知らない!! オルカ通り? もっと詳しく!!」
マリエルさんを押し退けて前に出てきた女性陣達から激しい質問攻めに合ってしまう。内容はルーイ先生とセドリックさんに関することばかりだった。次の話題ってこれですか?
そういえば旦那様が言ってたっけ……あのふたりは昨日の時点で、既に屋敷内で注目の的になっているのだ。
作戦のひとつとして、先生がわざと目立って囮のような役割をするとは聞いていた。私とミシェルさんが調査をしやすいようにだ。
先生はそのために、ご自身の類稀なる美しい容姿をフルに活用し、お屋敷にいる女性達を魅了しているみたい。セドリックさんの方は狙っているわけではなく、無意識なのだろうけど……。しかし、これは思った以上に凄いことになっているのでは?
期待を込めた眼差しで私の返答を待っている女性達の頬は赤く染まっている。正におふたりに夢中といった様子だ。いくら任務遂行のためとはいえ、ルーイ先生……ちょっと張り切り過ぎたのではないですかね。私は寄せられた彼らへの質問に、どう答えたら良いんだろうと頭を悩ませることになった。