「1回皆で合わせてみよ!」
スタジオに響いた元貴の声に、キーボードに落としていた視線をあげる。元貴と若井の立っている距離はあからさまに離れていて、昨日のあの出来事から仲が戻っていないのは明らかだ。それに、やはりこの曲はどの楽器も難しい。勿論元貴のボーカルも。各々の練習でも上手くいかず、皆ピリピリしていた。僕も例外ではなく、怒りとまでは行かないが、何度も失敗をしてしまう自分に段々と嫌になっているのを感じていた。
「ギターのとこ、結構大事だから。」
「……分かってるって。」
若井に向かって放たれた元貴の釘を打つような台詞。小さく睨んでそう返した若井の眉間には皺が寄っていた。全員が心穏やかではないこの状況を何とか変えようと、頭に浮かんだ言葉を紡いでみる。
「僕のキーボードの所も結構大事だよね!ちゃんとのど飴舐めてきたよ!」
「歌うの俺ね??」
マイクを通して笑いながらこちらに歩み寄ってきた元貴に笑顔を返す。もう食べちゃった、なんてへらりと笑ってそう告げれば、徐に元貴の手が僕のズボンのポケットに突っ込まれた。
「え〜?ないの〜?」
「、ちょ、元貴!」
ポケットの中、と言うよりかは、僕の身体に触れるような手つきに思わず制止しようと手を伸ばす。その瞬間、僕と元貴の間に、飴を乗せた手のひらが差し出された。
「はい、飴。」
「……どーも。」
声の主に目を向ければ、いつの間に近づいていたのか、不機嫌そうな表情を浮かべた若井が立っていた。ピタリと動きを止めた元貴が、手のひらに置かれていた飴を雑に取り、素っ気ない返事を返して自分の定位置へと戻っていく。一瞬向けられた若井の瞳が何故だか冷たく感じた。反射的に謝罪の言葉を紡ごうとしたが、さっさと離れていってしまった背中に口を閉じる。どんな行動をとっても結果的には上手くいってはくれない。今は目の前の事に集中しよう、と白鍵に触れる指先に力を込めた。
苦しいけど歌唄うわ
「…ぁ、ごめん。」
小さく呟いた僕の声と共に、空間に響いていた音が止まる。本当に些細なミスだったし、きっと皆気付いていなかった。けれど、それを黙っておくわけにもいかない。一斉に向けられた視線が僕の身体に突き刺さる。心臓が煩く鳴くのが分かった。
唄えど胸の穴が埋まらなくて
「俺もちょっとミスっちゃったー、5箇所くらい。」
「誤魔化しきれないってそれ。」
若井から発せられた庇うような言葉に、自然と下げられていた視線を上げる。反射的に若井に言葉を返していた元貴が驚いたような表情を浮かべ、2人で目線を合わせて笑い合っていた。
寄り添うために神様は
「じゃあ、皆ミスっちゃったってことで!2回目行きましょ!」
「急に仕切りだすじゃん?」
すっかり元の調子を取り戻した2人の会話を瞳に映す。楽しそうな様子にいつもなら笑顔を向けられるのに、何だか上手く作れない。
2人で1つを決めた
「…ごめん、ちょっと休憩させて!」
「あー、おっけー!丁度いいし皆休憩にしよー。」
2回目の合わせが始まりそうな雰囲気に、思わず遮るような言葉を紡ぐ。きっと今の僕じゃまた失敗してしまう。快く了承してくれた元貴の言葉を背に、スタジオを後にする。今は少しだけ、外の空気を吸いたくなった。
でも なんでなの
コメント
7件
るくさんが言ってる通り文章ほんとに綺麗すぎます😭💘しきさんの書く文大大大大好きです🫶🏻💗
最高すぎていいね1000にしちゃった☆テシンダ
あのわたしmrsでトップ3で好きな曲この曲なんです!!!! もうほんと文章綺麗でめちゃくちゃ好みです……!!💛ちゃんのみんなを笑顔にしてあげるような力がこの曲の主人公とぴったり合うなって…ほんとすごいです! すみません長々と💦続き待ってます!!