テラーノベル
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四月、桜はもう八分どおり散って、かわりに新緑が目に眩しい季節だった。
大学の敷地の奥、少し古びた学生宿舎の五階。このフロアは東棟と西棟に分かれていて、東棟には五つのワンルームの部屋が並んでいる。そのうちの三部屋には、去年の春からすでに住人がいた。
「――で、今日からここ、新入生が二人来るんっしょ?」
廊下の奥、洗濯物を抱えたまま欠伸をしていたのは勇斗だった。長い手足を持て余すように壁にもたれ、共用の掲示板に貼られた入寮者名簿を覗き込んでいる。
「そうそう。舜太くんと、柔太朗くん」
答えたのは太智だ。先に掲示板の名簿ををチェックしに来たようだった。
「なんかさー、こんな汚い部屋によう来るよな。二人とも、なかなかの物好きじゃんね?」
「汚い言うな。住んでて虚しくなるだろうが」
そう言いながら奥の部屋から顔を出したのは仁人だった。片手に文庫本を挟んだまま、素っ気ない顔で廊下に出てくる。
「まぁ、家賃が格安だから。――で、その二人、いつ来るんだよ」
「さあ。今日中には来るんちゃう?」
太智がそう答えたのとほぼ同時に、階段の方から荷物を抱えた足音が二つ、近づいてきた。
「うわ、重……これ、なんでこんな重いんやろ」
段ボールを両手いっぱいに抱え、階段を上がりきったところで危うくバランスを崩しかけていたのは、舜太だった。ひとつ結びにするには短い黒髪が汗ばんだ額に張りつき、それでも顔には人懐っこい笑みを浮かべている。
「大丈夫か!」
真っ先に駆け寄って荷物を支えたのは勇斗だった。何ともないようにひょいと段ボールを持ち上げ、
「一年の子じゃん? 部屋どこ?」
「あ、ありがとうございます! 一緒に来たやつも、俺の近くに部屋があるみたいで――」
舜太が振り返った先、階段をゆっくりと上がってくる人影があった。
柔太朗は、荷物を最小限にまとめた鞄をひとつだけ肩にかけていた。人見知りなのだろうか、過度に距離を詰めたりはせず、階段を上りきったところで一度足を止め、廊下の奥まで見渡してから小さく息をついた。
西日が窓から差し込み、埃っぽい廊下の空気を淡く金色に染めている。その光の中に立った柔太朗の姿は、どこか現実離れして見えた。色素の薄い肌、涼しげな目元、儚さすら感じさせる佇まい。
舜太は、その瞬間、言葉を失った。
(――綺麗な顔の、王子様みたいやな)
自分でもなぜそんな言葉が浮かんだのか分からなかった。ただ、目の前の人を見た瞬間、心臓のあたりがすとんと落ちるような感覚があって、同時に、うまく説明のつかない懐かしさが胸の奥をかすめた。まるでずっと昔、同じ光の中で同じ顔を見上げたことがあるような。
「……あの、大丈夫ですか?」
「あ、いや!」
柔太朗に声をかけられて、舜太は我に返った。慌てて手を振りながら、
「ごめん、なんでもない! えっと、俺、舜太! 国際政治経済学部! よろしくな!」
「あ、はい……柔太朗です。芸術学部です」
柔太朗の声は落ち着いていて、少し戸惑いも滲んでいた。先ほどの舜太の様子に、何か言いたげな顔をしたものの、結局「まぁ、いいや」というように小さく笑うだけに留めた。
その一瞬のやり取りを、廊下の少し離れたところから見ていた太智が、にやりと口の端を上げる。
「――舜太くん、なんかさー、見とれてたんちゃう?」
「な、なんもないって!」
「うそでしょ(笑)」
思わず柔太朗まで笑ってしまい、舜太は耳まで赤くしながら段ボールの中身を開けて整理するふりをした。
その日の夕方、偶然同じフロアだというのだから親睦を深めようと、五人は誰からともなく勇斗の部屋に集まっていた。太智が買ってきたコンビニのお菓子と飲み物が、狭い部屋の真ん中に並んでいる。
まるで初めて出会ったとは思えない雰囲気で、すっかり打ち解けた空気の中、勇斗がふと思い出したように口を開いた。
「――そうだ、二人とも敬語とかいらないし、先輩後輩とか気にしないで、タメ口で仲良くしような」
「もちろん!Of course!」
「ちょっとは敬えよ!」
間髪入れずに答えた舜太に、勇斗は笑って返した。柔太朗はというと、少し戸惑いながらも小さく頷くに留めている。まだ心のどこかで、上級生への遠慮が拭いきれずにいるようだった。
「――で、舜太くんは何で三重弁なん?帰国子女っていってなかった?」
太智が尋ねると、舜太は得意げに、
「小学校からアメリカにおってん。でも親父の実家が三重やから、家の中はずっと三重弁やってん」
「あーーね! なるほどな」
勇斗が納得したように頷く横で、仁人はスナック菓子の袋を開けながら、
「帰国子女だから、てっきり気取った標準語を喋るのかと思ったら、思いっきり訛ってるんだな」
「帰国子女も訛りますわ!I’m a native speaker of the Mie dialect!」
「うわー、英語しゃべってきた」
その軽快なやり取りに、柔太朗が小さく吹き出した。
「――初めて会ったのに、仲良さそうっすね」
「良くない、良くない」
即座に否定する仁人を見て、太智と勇斗が顔を見合わせて笑う。柔太朗も、その空気にようやく肩の力を抜いたように、静かに笑みを浮かべていた。
窓の外はもうすっかり暗くなっていて、五階の窓から見える大学のキャンパスには、まばらな明かりが灯り始めている。まだ互いのことをほとんど知らない五人だったが、この狭い部屋に集まった時間には、これから始まる一年への、漠然とした期待のようなものが確かに漂っていた。
舜太は、隣で楽しそうに笑う柔太朗の横顔が一瞬視界に入った。
(――なんでやろ。まだ今日会うたばっかりやのに)
うまく言葉にできない感情を持て余しながらも、舜太は「まあええか」と、その気持ちをひとまず胸の内にしまい込んだ。
大学生活は、まだ始まったばかり。
水虹ひにゃ@リムらないでほしい
コメント
2件
五人のキャンパスライフをゆっくり拝見させて頂きたいと思います☺️