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kaede🍁
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おその★
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#❤️💙
みら

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Still… 1
阿部は、夢を見ていた。
どんな夢だったのかは分からない。
ただ。
とても長い夢を見ていたような気がした。
目を開ける。
知らない天井だった。
「……ん」
ゆっくり身体を起こす。
見覚えのない部屋。
白い壁。
薄いカーテン。
床には、いくつもの段ボールが置かれている。
開いているものもあれば。
まだガムテープすら剥がされていないものもある。
引っ越してきたばかり。
そんな部屋だった。
阿部はしばらく辺りを見回した。
ここはどこだろう。
そう思った瞬間。
何も分からないことに気づいた。
「……え」
ここがどこなのか。
今日が何月何日なのか。
自分が何歳なのか。
何の仕事をしているのか。
家族がいるのか。
友達がいるのか。
何も。
分からない。
胸が急に速くなる。
阿部は布団の上で、自分の胸元を握った。
「俺……」
口から出た声に。
少しだけ違和感を覚える。
けれど。
一つだけ。
分かることがあった。
「阿部……亮平」
自分の名前。
それだけは。
なぜか覚えていた。
しばらくして。
阿部は部屋にあるものを調べ始めた。
何か。
自分のことが分かるものがあるかもしれない。
そう思った。
段ボールを一つ開ける。
服。
次は本。
食器。
文房具。
生活に必要なものは一通り揃っている。
けれど。
どれを見ても。
何も思い出さない。
「これ……俺のなんだよね」
本を一冊手に取る。
何度も読んだようにページは少し傷んでいる。
なのに。
タイトルを見ても。
内容を読んでも。
何も浮かばなかった。
別の箱には。
通帳や印鑑。
財布。
大切そうなものがまとめて入っていた。
通帳を開く。
「……え」
阿部は目を疑った。
もう一度見る。
桁を数える。
「……何これ」
一人で暮らすだけなら。
贅沢をしなければ。
一生働かなくても困らないんじゃないかと思うくらいの金額。
どうして自分がそんなお金を持っているのか。
当然。
分からない。
「俺……何してた人なんだろ」
呟いても。
答えてくれる人はいなかった。
さらに段ボールを探していると。
一冊のノートを見つけた。
日記。
表紙の字を見た瞬間。
自分の字だと分かった。
阿部は床に座る。
急いでページを開いた。
これなら。
何か分かるかもしれない。
けれど。
「……破れてる」
途中のページが何枚もない。
綺麗に切り取ったのではなく。
自分で乱暴に破いたような跡。
残っている文章にも。
前後が分からないものが多かった。
何かあったことだけは分かる。
でも。
肝心なことは。
何も書かれていない。
最後までめくる。
そこに。
短い文章だけが残されていた。
『しばらく一人で生きたい。』
阿部はその文字をじっと見た。
「……俺が書いたんだよね」
誰に向けた言葉なのか。
何から離れたかったのか。
どうして一人になりたかったのか。
何も分からない。
ただ。
この部屋にいるのは。
自分だけだった。
どれくらい経っただろう。
ピンポーン。
突然。
部屋に音が響いた。
「っ」
阿部は肩を揺らした。
インターホン。
誰か来た。
けれど。
知り合いなのかどうかすら分からない。
少し迷って。
玄関へ向かう。
そのままドアを開けた。
「はい」
目の前にいたのは。
背の高い男だった。
男は阿部を見ると。
一瞬。
驚いたような顔をした。
「あ、すみません。急に」
大きめの保存容器を持っている。
「俺、隣に住んでる目黒っていいます」
「……隣」
「はい」
目黒は少し笑った。
「カレー作りすぎちゃって」
保存容器を持ち上げる。
「引っ越してきたばっかりですよね。よかったら食べません?」
「……いいんですか?」
「もちろん」
阿部は戸惑いながら受け取った。
まだ温かい。
「ありがとうございます」
「いえ」
そこで。
目黒が少し困ったように阿部を見る。
「あの」
「はい?」
「名前、聞いてもいいですか?」
「あ」
そうだった。
自己紹介。
阿部は慌てて頭を下げる。
「阿部です。阿部亮平」
「阿部さん」
目黒も笑った。
「俺は目黒蓮です」
「目黒さん」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ほんの数分。
ただそれだけの会話。
それなのに。
目が覚めてからずっと一人だった阿部には。
誰かと話せたことが少し嬉しかった。
目黒が隣のドアへ戻ろうとする。
「あ」
阿部が呼び止める。
「これ、容器……」
「いつでもいいですよ」
目黒は振り返った。
「また作りすぎたら持ってきます」
「……また?」
「俺、結構作りすぎるんで」
目黒が笑う。
阿部も。
少しだけ笑った。
「じゃあ、その時はお願いします」
「はい」
目黒は一歩離れて。
それから。
ふと思い出したように振り返った。
「あべさん」
「はい?」
「女の子なんだから」
「……え?」
「インターホン鳴っても、いきなりドア開けちゃダメですよ」
目黒は阿部の部屋のドアホンを指した。
「ちゃんと誰か確認してから出ないと危ないです」
「あ……」
言われて初めて。
自分が何も考えずにドアを開けたことに気づく。
「俺だったからよかったけど」
「……目黒さんも、今日初めて会った人ですよね」
思わず言うと。
目黒は少し黙った。
「確かに」
それから。
また笑った。
「じゃあ、次から俺でもちゃんと確認してください」
「ふふっ……はい」
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
目黒は隣の部屋へ入っていった。
阿部もドアを閉める。
鍵をかけて。
手元のカレーを見る。
まだ温かかった。
静かだった部屋に。
少しだけ。
誰かの気配が残ったような気がした。
阿部は保存容器を抱えたまま。
隣の壁を見る。
「目黒……蓮」
自分以外で。
この世界に来てから初めて覚えた名前だった。
部屋に戻ると。
阿部は目黒にもらったカレーをテーブルに置いた。
まだ夕飯を食べていなかった。
というより。
今日は何を食べたのか。
そもそも朝から何か口にしたのか。
思い出せない。
目が覚めて。
段ボールを開けて。
自分のことを探して。
それだけだ。
「……食べよ」
炊飯器を開ける。
中は空だった。
冷蔵庫にも。
ほとんど何も入っていない。
引っ越してきたばかりなら当然なのかもしれない。
戸棚を探すと。
レトルトのご飯がいくつか出てきた。
それを温めて。
目黒にもらったカレーをかける。
「いただきます」
一口。
「……おいしい」
思わず声が出た。
少し辛い。
でも。
あとから甘さがくる。
大きめのじゃがいもと。
柔らかい肉。
一人で食べるには十分すぎる量をもらっていた。
阿部は黙々と食べる。
静かな部屋。
聞こえるのは。
スプーンがお皿に触れる音と。
冷蔵庫の小さな音だけ。
さっきまで。
ほんの少しだけ目黒と話していた。
たったそれだけなのに。
今は。
部屋が余計に静かに感じた。
翌朝。
阿部は空になった保存容器を洗った。
綺麗に拭いて。
袋に入れる。
隣へ返しに行こうとして。
玄関の前で止まった。
「……今、行っていいのかな」
朝の九時。
早いのか。
遅いのか。
目黒がどんな生活をしているのかも知らない。
少し考えてから。
そっと外へ出た。
隣のドアの前に立つ。
インターホンを押す。
返事はない。
もう一度。
押さない方がいい気がして。
阿部はそのまま自分の部屋へ戻った。
「仕事かな」
目黒が何をしている人なのか。
昨日は聞かなかった。
自分のことすら分からないのに。
他人のことを聞く余裕なんてなかった。
保存容器を玄関に置く。
また会った時に返せばいい。
そう思った。
それから。
阿部は一人で生活した。
スーパーへ行った。
必要なものを買った。
洗濯機の使い方は分かった。
料理も簡単なものなら作れた。
スマートフォンも普通に使える。
テレビも。
電子レンジも。
銀行のATMも。
身体は全部覚えている。
知らないのは。
自分のことだけだった。
「変なの」
スーパーから帰る途中。
阿部は呟いた。
計算もできる。
漢字も読める。
道に迷えば地図も見られる。
知らないことがあれば検索することもできる。
なのに。
自分が昨日まで何をしていたのか。
それだけが。
綺麗になくなっている。
病院へ行った方がいい。
何度もそう思った。
けれど。
日記に残されていた言葉が引っかかった。
『しばらく一人で生きたい。』
記憶を失う前の自分は。
一人になろうとしていた。
引っ越して。
連絡先までほとんど消して。
過去が書かれている日記も破った。
まるで。
誰にも見つかりたくなかったみたいに。
だから。
阿部は動けなかった。
もし。
自分から誰かを探してしまったら。
記憶を失う前の自分が望んでいたことを。
壊してしまうような気がした。
三日目。
隣から物音がした。
阿部は玄関に置いた保存容器を見る。
返そう。
そう思って外へ出ると。
ちょうど目黒も出てきたところだった。
「あ」
目黒が阿部に気づく。
「おはようございます」
「おはようございます」
阿部は袋を差し出した。
「これ。ありがとうございました」
「ああ、別によかったのに」
「すごくおいしかったです」
「本当ですか?」
目黒が嬉しそうに笑った。
「はい。全部食べました」
「よかった」
保存容器を受け取る。
そこで目黒が。
阿部の持っている買い物袋を見る。
「買い物?」
「はい」
「ちゃんと食べてます?」
「……たぶん」
「たぶん?」
少し笑われた。
阿部も笑う。
「まだ生活に慣れてなくて」
「引っ越したばっかりだもんね」
「はい」
嘘ではない。
でも。
全部本当でもない。
阿部はまだ。
目黒に記憶がないことを話していなかった。
話す必要があるのかも分からなかった。
「じゃあ」
目黒が保存容器を持ち上げる。
「次は何作りすぎようかな」
「作りすぎる前提なんですね」
「一人分って難しいんですよ」
「俺も一人ですよ」
「じゃあ、ちょうどいいですね」
さらっと言われて。
阿部は少しだけ笑った。
「そうですね」
目黒は仕事へ行くらしく。
「行ってきます」
と手を上げた。
阿部も。
「行ってらっしゃい」
と返した。
目黒が階段を降りていく。
その背中が見えなくなってから。
阿部は気づいた。
誰かに。
「行ってらっしゃい」
と言った。
記憶を失ってから。
初めてだった。
一週間ほど経った。
生活には慣れてきた。
けれど。
時間が余った。
あまりにも。
余った。
仕事はない。
少なくとも。
今の阿部には分からない。
通帳のお金を考えれば。
急いで働く必要もなかった。
朝起きる。
朝ご飯を食べる。
掃除をする。
段ボールを片付ける。
本を読む。
テレビを見る。
買い物へ行く。
夜になる。
それだけ。
目黒とは何度か廊下で会った。
本当にまた料理を持ってきた日もあった。
今度は煮物。
その次は炊き込みご飯。
少しずつ話すことも増えた。
でも。
目黒にも仕事がある。
ずっと隣にいるわけではない。
昼間。
部屋には阿部一人。
テレビを消す。
静かになる。
「……寂しい」
ぽつりと。
声に出した。
自分で言って少し驚いた。
日記には。
一人で生きたいと書いてあった。
なのに。
今の自分は。
たった一週間も一人でいられない。
「俺、本当に一人になりたかったのかな」
答えはどこにもなかった。
次の日。
阿部は朝から外へ出た。
目的はない。
ただ。
部屋にいたくなかった。
知らない町を歩く。
家から少し離れると。
小さな商店街があった。
八百屋。
パン屋。
花屋。
古い本屋。
知らないものばかりなのに。
人がいるだけで少し安心した。
そのまま歩いていると。
一軒の店が目に入った。
大きな店ではない。
木の扉。
窓際にいくつかテーブルが見える。
外に出された黒板には。
白い文字で。
『本日のランチ』
その下に。
『オムライス』
それだけ書かれていた。
「……一個だけ?」
阿部は思わず足を止める。
他にメニューは書かれていない。
少し迷って。
扉を開けた。
カラン。
小さなベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
奥から。
落ち着いた声がした。
カウンターの向こうに。
エプロンをつけた男がいる。
「お一人様ですか?」
「あ、はい」
「好きな席どうぞ」
案内されて。
阿部は窓際の席へ座った。
テーブルの上を見る。
メニューがない。
水を持ってきた男に。
阿部は聞いた。
「あの」
「はい」
「ランチって……オムライスだけですか?」
男は。
当たり前のように頷いた。
「今日はね」
「今日は?」
「仕入れたもので毎日決めてるから」
「じゃあ、明日は違う?」
少しだけ笑う。
「俺の気分にもよるけど」
変わった店だな。
そう思った。
でも。
嫌ではなかった。
「じゃあ、オムライスお願いします」
「はい」
男が厨房へ戻る。
阿部は店内を見回した。
客は数人。
静かだけれど。
自分の部屋の静けさとは違う。
食器の音。
誰かの話し声。
珈琲の香り。
厨房から聞こえる。
フライパンの音。
それを聞いているだけで。
なんとなく。
胸の奥が落ち着いた。
しばらくすると。
「お待たせ」
目の前にオムライスが置かれた。
黄色い卵。
その上に。
赤いソース。
「いただきます」
スプーンを入れる。
一口食べる。
「……おいしい」
また。
声に出ていた。
厨房にいた男が聞こえたのか。
嬉しそうに笑った。
その時。
店の奥から。
眠そうな声がする。
「涼太ー」
「何?」
「俺の飯は?」
「起きてきたなら自分で食べて」
「冷たくない?」
ふらふらと出てきた女は。
阿部を見る。
そして。
なぜかじっと見た。
女はそのまま阿部の隣に座った。
厨房の男が呆れたように言う。
「翔太、そこ客席」
「今空いてんじゃん」
「仕事は?」
「今日は休み」
「毎日休みみたいなものじゃん」
「失礼だな」
阿部は。
二人のやり取りを聞きながら。
思わず笑った。
「ふふっ」
その声に。
翔太と呼ばれた女が振り返る。
「あ」
「……はい?」
「笑った」
「え?」
「いや。なんかさっきまで暗い顔してたから」
「翔太」
厨房から低い声が飛ぶ。
「失礼なこと言わない」
「だって本当じゃん」
阿部は少し困って。
でも。
また笑った。
「大丈夫です」
「ほら」
「ほらじゃない」
二人の会話がおかしくて。
また笑う。
気づけば。
目が覚めてから一番長く。
人と一緒にいる場所だった。
そして。
オムライスを食べ終わる頃には。
もう少しだけ。
ここにいたいと思っていた。
コメント
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第1話読んだよ〜!!🙌✨ 記憶喪失から始まるミステリアスな展開、一気に引き込まれた…!自分が誰かも思い出せないのに名前だけは覚えてる阿部ちゃん、「一人で生きたい」って過去の自分が書いた日記の言葉がまた切ないね泣 隣人の目黒さん、カレー持って来てくれて優しすぎるし「女の子なんだから」って注意してくれるの、すでに距離近くない?!もう既に尊い…😭💕 オムライス屋さんの夫婦(?)も気になるし、続きが待ちきれないよ!!みらさん、素敵な作品ありがとうございます🌸