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ホログラムのモニターは、各オペレータの前に展開しており、ヨウが見ただけでは理解できない数値やグラスが増減を繰り返している。オペレータもこちらが気になるのだろう、時折、横目でこちらを見るが、その気配を察したアリエールの一睨みにより、再び自分の作業に戻っていく。もっとも、こちらを見ていないだけで、オペレータの注意と耳はこちらに向いているのだろうが。
しばらく大きな呼吸を繰り返したアリエールは、胸の前で腕を組むと、こちらを無言で睨み付けた。
「それで、魔神機はどうだったの?」
これまで黙っていたシノが聞いてくる。彼女はシグナルブックを持っており、モニターをタッチすると、ホログラムが浮かび上がった。それは、魔神機だった。魔神機と少し離れた所には、ヨウ達がいる。
「これは、先ほどの映像よ。魔神機には、特に変化は見られない。セフィラーも正常値だし、魔神機のシグナルも出ていない」
しかし、ホログラムのヨウは、突然立ち上がると、腰からプラズマガンを取り出し、コビーへと向けた。ヨウが発砲する瞬間、隣にいたレアルが風のような素早さで動き、ヨウの右手をナイフの背で叩いた。端から見ていても分かる、ヨウの右手は、その一撃でアッサリと折れた。横のメルメルがもう見たくないとばかりに、ホログラムから目をそらした。
「ヨウ君、あの時、何があったの? 明らかに尋常じゃなかったわね」
シノはいつものように優しく問いかけてくるが、隣のアリエールは厳しい眼差しのまま、探るようにこちらを見つめてくる。
ヨウは止まったホログラムを見つめる。何も思い出せない。ヨウの記憶は、馬乗りになったレアルに叩かれている所からだった。何故、ヨウはコビーを狙ったのか。それは、あの時聞こえてきた声に起因するのか。
「声が聞こえた……」
「声だと?」
アリエールが低い声で聞き返してくる。
「はい……。頭の中に、声が聞こえた。怒りを解放しろとか、破壊しろとか……、そんな様な言葉が、頭の中に渦巻いていたと思う……。正確には思い出せないんだ」
「声か……」
アリエールはコビーとレアルに意見を求めるが、コビーは首を横に振った。
「俺様は何も聞こえなかった。魔神機のセフィラーとヨウのセフィラーが同調したのか?」
「どうかしらね……。魔神機のセフィラーには何の変化も見られない。もっとも、遠隔監視のデータだからなんとも言えないけどね。メルメルはどう思った?」
「恐ろしかったです……。今にも動くんじゃないかと思うくらい」
「セフィラーは感じられたか?」
「セフィラーかどうか分かりませんが、『圧』の様なものは感じました」
「そうか」
アリエールは何かを考え込むように口を噤んだ。そんな彼女の後を継ぐように、シノが口を開いた。
「ご苦労様、メルメル。あなたはもう下がっても良いわ」
「しかし……」
「大丈夫よ。特に罰則はないわ。それは、約束する。もう時間も時間だし、なにか聞きたいことがあったら、また個別に聞くわ」
優しいが、拒否できない響きを持つシノの言葉だった。メルメルはこちらを見るが、ヨウは頷くと、彼女は悔しそうに目を伏せた。
「分かりました。先に、戻ります」
メルメルは深く頭を下げると、口を真一文字に結び退室した。彼女としたら、今後のローゼンティーナでの立場が心配なのだろう。言葉通り、アリエールもシノも、彼女に罰則を科すことは無いと思うが、メルメルにしてみれば、額面通り受け止めることは難しいだろう。
メルメルの退室時、手を振ったレアルは、メルメルが扉の向こうに消えると、大きく伸びをした。
「じゃあ、俺様達も行くか」
「そうだね、レアル。もう遅いし」
メルメルに便乗してその場を後にしようとしたが、やはアリエールから待ったが掛かった。
「おい、お前達は帰って良いとは言ってないぞ! ヨウ! レアル! お前達、自覚はあるのか? 全く、師が師なら、弟子も弟子だ!」
「アリエール、今回、レアルは良くやったと思うよ」
「そういうことじゃない! その軽薄さだ! ヨウを魔神機に近づけると、何が起こるか分からない! それは、コビーも知ってるだろう!」
「何が起こるか分からない。だからこそ、確かめてみる必要があると思うけどね」
「何があってからじゃ、遅いんだぞ! もし、魔神機が復活してみろ! 私達だけでどうにかできる問題ではないぞ! それこそ、世界存亡の危機だ!」
感情のまま、握った拳をアリエールは振り上げた。
「だから、俺様達が来たんだろう?」
「巫山戯るな!」
ガンッ! と、激しい音が管制室に響き渡る。
「レアル! 御剱を持っているだけで、鈴守も居ないお前に、何ができると言うのだ? その軽率な行動のせいで、一体何人の人が犠牲になると思っている? お前達は、犠牲者家族達に、どの面を下げて謝罪の言葉を述べるというのだ!」
アリエールの言葉に、流石のレアルも軽口を返さなかった。
「アリエール、皆の前よ」
シノがアリエールの耳元で囁く。ハッと我に返ったアリエールは、真面目に業務しているように見えても、こちらの話を興味津々に聞いているオペレーター達を見渡した。
「立場上、大変だね」
まるで他人事のようにコビーは言うが、アリエールは溜息を漏らしただけだった。
「まあな……、怒鳴って済まない。もし、私もコビーと同じ立場なら、きっと同じ事をしただろう」
疲れた様に眉間を押さえる。
「私は、ただ、ヨウには危険な事をして欲しくないんだ。ヨウ、分かってくれ。君を表舞台に出すわけにはいかないんだ」
「…………」
悲愴な表情を浮かべるアリエールを前に、ヨウは心苦しくなった。アリエールの気持ちは痛いほど分かる。だけど、ヨウだって世界の役に立ちたいと思っているのだ。
「だけど、アリエール、俺だって……」
「ヨウ、ここは」
コビーが肩に手を乗せてくる。アリエールのみならず、コビーにまで言われてしまっては、ヨウは従うしかない。レアルも、肩をすくめて溜息をついた。ヨウの反抗も此処までのようだ。
「……分かりました」
ぶっきらぼうに言い放ったヨウ。しかし、アリエールはその言葉だけでも聞けて嬉しいとばかりに、口元を緩めた。普段は気丈な彼女も、こういうときパッと見せる表情は少女のようだった。
「コビー君。ここに来るのに、正式な手続きじゃなかったわよね」
話が一段落した所で、シノがコビーに尋ねる。
「ああ、元々魔神機の調査が目的だったからね。ローゼンティーナの誰が敵か分からない関係上、僕たちの存在は伏せておきたかった」
声を潜めてコビーは言う。再びアリエールは難しい顔になった。
「昼頃、丁度光輪祭の最中なんだけど、ローゼンティーナの間近でセフィラーの放出を確認したわ。もしかしたら、ソフィアライズしてここまで来たのかしら?」
シノはレアルにも視線を向ける。
「いいや、俺様達は陸路で入った。直前で、コビーの力を使って、システムの目をやり過ごしただけだ。コビーの『愚鈍なる紅水晶』の力を使えば、ここのシステムの殆どは誤魔化せるからな。ソフィアライズや転神を解いたときに発生するセフィラーだけは、誤魔化しようがない」
「そうだね。だから、私達はあえて陸路で入ったんだ。私の他に、ここのセンサーを誤魔化せるのは、御剱繰者くらいだ。二人に心当たりは?」
「明鏡から来客の予定は聞いていない……」
「表面上はね」
含みのある言葉だった。
「明鏡か……」
レアルがこちらを見る。
「ヨウ、心当たりはあるか?」
「俺とレアルが此処にいるからな。除け者にされたと思って勇んで来そうな奴はいるな」
まさかとは思うが、一人だけ心当たりがある。心当たりと言うよりも、ヨウとレアルが此処にいるというのに、『アイツ』が黙って明鏡にいるとは思えない。
「俺様は心当たりがあるぞ。態度とプライドだけは人一倍。しっかりしているようで、最後の最後で、抜けている馬鹿女が一人明鏡にいるじゃないか」
「止めてくれ、レアル。お前達二人に、由羽まで加わったとなれば、本当に魔神機が起動してしまうかも知れない」
「でも、アリエール。明鏡に確認しておいた方が良いわね。放出されたセフィラーの量は、ソフィアライズした物とは比較にならないほどのセフィラーだったから。御剱でも、あれだけのセフィラーを使用するのは、かなり高位の御剱よ」
「そうだな」
御剱もソフィアも、その力を使う際、大気中から大量のセフィラーを使用する。セフィラーを凝縮、転嫁して鎧や武器などを形成するのだ。転神などを解く際は、その逆で、鎧などで使用していたセフィラーを、再び元の粒子へと戻す。そこで、大量のセフィラーの放出が起きるのだ。
「とにかく、明鏡への連絡はこちらからしておく。ヨウ、君は魔神機のことは忘れ、当面は学生生活を満喫しろ。光輪祭の二回戦も直に始まるからな」
「…………分かりましたよ」
アリエールの言うとおり、二週間後、光輪祭の二回戦が開催される。競技の内容は伏せられているが、ヨウ達に有利に働くことはないだろう。
「ヨウ君達のチームには期待しているから、頑張るのよ」
シノはそう言うが、やはりアリティアがあの調子では、望みは薄い。
「ヨウ、俺様達も応援しているからな」
レアルの声に、ヨウは小さく頷いた。
光が窓から差し込んできた。ヨウは目を細める。丁度、東の空が白み初めて来た。長い夜が明けたのだ。