テラーノベル
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それから一週間、理人は毎日病院へと足を運んだ。幸い、瀬名は命に別状はなく手術も無事に成功し、今ではICUから一般病棟へと移っていた。頭部に軽い外傷はあるものの意識ははっきりしており、回復は順調だという。
瀬名の両親は、息子がICUを出たタイミングで「ゆっくり休めるように」と個室を用意し、一旦自宅へと戻っていった。
「あ、理人さん……今日も来てくれたんですね」
「……体調はどうだ?」
「まあ、痛いのは痛いですけど、生きてますよ。僕の身体、思ってたより頑丈だったみたいです」
「馬鹿。んなわけあるか。お前はもっと自分の身体を大事にしろ。今回は運が良かっただけなんだぞ」
瀬名の相変わらずの軽口に、呆れたような溜め息をつく。瀬名はその様子に苦笑しながら、ふと真剣な温度を瞳に宿して口を開いた。
「すみません……。でも、これが理人さんじゃなくて良かった」
「…………」
その言葉に、あの事故の記憶が鮮明に蘇る。真っ直ぐに自分を目がけて突っ込んできた黒い車。ブレーキ音すらしなかったあの光景――。もし瀬名が飛び出してこなければ、自分は今頃この世にいなかったかもしれない。 片桐課長の件と同じ「ひき逃げ」。これをただの偶然で片付けるには、あまりに不自然で、悪意に満ちすぎていた。
「……そう言えば。お前はあの日、まだ出張中のはずだっただろう。なんであんな所にいたんだ」
ずっと胸につかえていた疑問を口にすると、瀬名は少し照れくさそうに視線を泳がせた。
「実は――理人さんをびっくりさせたくて。出張が延びたって言ったの、あれ嘘だったんです」
「あ?」
「あの日、早く帰って驚かせようと思ったのに、部屋の電気が点いてなくて。残業かなと思って、理人さんがいつも通る道を辿って歩いていたんです。ようやく見つけた! って思ったら、あの車が……。理人さんが死んでしまうと思ったら、いても立ってもいられなくて。気がついたら、身体が勝手に動いてました」
悪戯っぽく、けれど慈しむように笑う瀬名に、理人は言葉を失った。
「……っ、馬鹿野郎」
理人は耐えきれず、目の前の身体を壊れ物を扱うように抱き締める。 瀬名を失うかもしれないと思った瞬間、心臓が握りつぶされるほど怖かった。己の非力さをこれほど呪ったことはない。だが今、こうして温かい体温が腕の中にある。
「無茶しやがって……。俺だって、怖かったんだぞ、馬鹿……っ」
「理人さん……。泣かないでください。貴方を泣かせるつもりなんて、なかったのに」
「うるせぇ! 泣いてねぇよ……目にゴミが入ったんだ。畜生」
「あはは……。じゃあ、そういうことにしておきますね」
瀬名はクスりと笑いながら、自由な方の手で理人の頭を優しく撫でる。その慈愛に満ちた手つきが余計に情けなく、理人は顔を見られないよう、瀬名の肩にぐいと額を押し付けた。
「あ……そうだ。理人さん、僕のジャケットを取ってくれませんか? 多分、ロッカーの中にあるはずなので」
「……? これか?」
促されるまま、理人はハンガーに掛かった彼の上着を手に取る。瀬名はそれを受け取ると、手慣れた様子でポケットを漁った。コホンと一つ咳払いをすると、理人を真っ直ぐに見つめる。
「そのまま、目を閉じてください」
「なんだよ、急に……」
「いいから。お願いします」
渋々言われた通りに目を瞑ると、自分の手に、大きな温もりが重なった。 あの日、アスファルトの上で死人のように冷たかった手とは比べものにならないほど、生気に満ちた熱。ドクンドクンと脈打つ瀬名の手の感触に、理人の心臓が跳ね上がった。