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お風呂を借りて、アネモネはベッドに潜り込んでソレールを待つ。
今は、ソレールが湯を浴びている。一番風呂まで与えてくれるソレールの器の大きさは計り知れない。
「……眠い……ソレールさん、早く来ないかなぁ……ふわぁぁぁ」
呟いたと同時に、豪快な欠伸が出てしまった。
今日はとにかく色んなことがあった一日だ。正直、かなり疲れた。
お腹も満たされた今、とにかく眠いが、アネモネは気合で起きてソレールを待つ。
それからアネモネが6回大あくびをしたころ、やっと寝巻姿のソレールが姿を現した。
「あ……起きていたんだね」
「はい。もちろん」
「そっか……私としたら、先に寝ててもらえたら嬉しかったんだけどね」
「私と一緒に寝なくてすむからですか?」
「……明日も晴れるといいね」
的外れなことを言うソレールを見て、アネモネは起きてて正解だったと満足する。
「ソレールさん、ほら!早く!諦めてこっちに来てください」
往生際悪く、立ったままウロウロするソレールに向かって、アネモネは毛布をめくって、ソレールに横になるよう急かす。
「はぁー、参ったなぁ。うーん……こういうのはやっぱり」
「決定事項を覆すのは駄目です!」
「わかった、わかった」
アネモネにギロリと睨まれたソレールは、観念したように息を吐いて、ベッドに入った。
ただし、今にも落ちてしまいそうなほど端っこで、アネモネから背を向けて。
「……あのね、ソレールさん」
「なんでしょうか、アネモネさん」
姿勢を変えないまま急に口調を変えたソレールに、アネモネはなぜだか可笑しくなる。
堪えようと思っても、くすくすと笑いが止まらない。毛布を鼻まで引っ張って、笑いが治まるのを待ってから口を開く。
「先に取り決めをしましょう。寝てる間に、蹴っ飛ばしても恨みっこなしだと」
これは、かなり大事な約束だ。
アネモネは、誰かと一緒にベッドで寝たことはない。
強いて言うなら、酒に酔った師匠が間違えてベッドに入ってきたことがあることはあるが、それはカウントしないでいいだろう。
「わかった」
ソレールの硬い声が、アネモネの意識を現実に戻した。
「良かった。じゃあ、寝ましょう。おやすみなさい、ソレール」
「おやすみ、アネモネ」
ソレールのくぐもった声が部屋の壁に吸い込まれるのと同時に、ランプの明かりも静かに落ちた。
──それからしばらくして、アネモネは、無意識にソレールの背に頬を寄せていた。
一方ソレールは、ぴくりとも動かない。素晴らしい程、寝相がいい。これならベッドの端ギリギリで寝ていても、落ちることはないだろう。
「ソレール……さん、寝てますか?」
狸寝入りされていたら、さすがに恥ずかしい。
確認のために小声で問いかけても、深く眠っているようで微動だにしない。
無理もない。成り行きで、こんな小娘を家に置くことになり、挙句の果てに、その小娘を探し回る羽目になったのだから。
善人というのは、どうしたって無駄に働かざるを得ない運命にある。
そんな彼の逞しい背中に額を押し当てて、アネモネはそっと囁いた。
「……約束破って、ごめんなさい。あと、探しに来てくれてありがとうございました……ソレール」
無論、返事はない。あったら逆に困る。
「……あったかいなぁ」
アネモネが、ゆっくりと息を吐きながら呟くと、一瞬だけ、ソレールの身体が僅かに動いたような気がした。
でも、眠っていても、人は動く。アネモネは深く考えることなく、そのまま瞼を閉じた。
まるで生まれたての子猫のように、ぴったりと親猫──ソレールに寄り添って。