玄関を抜け、エントランスにいる使用人に、応接室が空いているかジェシーは確認を取った。
幸いにも、この時間は使われていないという。しかし、一時間後にはカルロの客が来るため、客間を勧められた。
「ジェシー様、カルロ様に迷惑をかけたくはありません」
「大丈夫よ。そんな意地悪なことはしないから」
優しいだけなのか、それとも将来を見据えて、カルロとの軋轢を生まないようにしているのかしら。まぁ、それは考え過ぎよね。
いくらなんでも、私ほど鈍いタイプには……見えなくはないか。
使用人に空いている客間を聞き、二人はアイビーの間へ向かった。
アイビーの間は、その名前の通り、部屋の中にいくつかアイビーが置かれていた。ツル性の観葉植物であるため、使用人たちが定期的に剪定をしなければならない。
そんな手間がかかる部屋だが、お陰でアイビーに支配されることはなかった。
「ありがとうございます。私がこの部屋が好きなのを覚えていて下さったんですね」
ヘザーはこの部屋、というよりアイビーの葉が好きなのだ。アクセサリーのデザインに入れて欲しいと、よく頼まれたのを覚えている。
そして、アイビーの間に入った途端、ミゼルたちの前で見せていた口調をやめ、ヘザーは普通に喋り始めた。
或る時を境に、ヘザーは私以外の人の前では、ほんわかした口調で話し出したのだ。
「しばらくしたら、お茶を持ってくるだろうから、それまでは好きに見て良いわよ」
「では、お言葉に甘えて、と言いたいところですが、気になった情報を手に入れたので、まずそちらを聞いていただけますか?」
「分かったわ。お茶の方は、呼び鈴で持ってくるようにさせましょう」
ありがとうございます、というヘザーの返事を背中で聞きながら、ジェシーは廊下で控えているメイドに伝える。そして、扉を閉めた途端、誰も入らないように、魔法陣を展開させる。
「この方がいいでしょう」
「はい。実は、情報と言うのはセレナ様のことなんです」
「え? どうしてヘザーが?」
セレナのことはサイラスに頼んである。いや、次期王妃のセレナが二、三日帰っていなければ、新聞だって騒ぎ始めることだろう。
そうすれば、ヘザーの父であるバーギン侯爵だけでなくとも、調べるに違いない。よく考えれば分かることだった。
「今日こちらへ来ることを話したら、サイラス様がジェシー様に伝えて欲しいと、言伝を預かっているだけですわ」
「もう! 見え透いた嘘はいいわ。でも、サイラスからというのは本当なの?」
私に手を引くよう言ったのに、サイラスがヘザーを巻き込むとは思えない。
「嘘ではありません。セレナ様の安否は私も気にしていましたから」
「貴女もコリンヌと同じで悪い子ね」
「まぁ、コリンヌ嬢ほどではありません。ただ、サイラス様のお気持ちには答えられないだけですわ」
驚きのあまり、ジェシーは腰を抜かしたように椅子に座った。
「え? 気づいて?」
「いました。ジェシー様は最近気づかれたらしいですね、ロニ様のお気持ちに」
そう言って、とびっきりいい笑顔を向けられた。
「同士だと思っていたのに……」
「申し訳ありません。あっ、でも、サイラス様には内緒にしてもらえますか?」
「言ったとしても、私の言葉なんて耳に入れようとしないから安心して」
今度は苦笑いをする。
「それでセレナは?」
「一週間前、王子の誕生日パーティーで、見知らぬ男性と共にいる姿が、目撃されていたことが分かったんです」
「見知らぬ? どこかの令息ではないの?」
「メザーロック公爵家とマーシェル公爵家、そしてバーギン侯爵家の情報網にヒットしませんでした」
つまり、ロニにも情報が行き渡っているのね。
「それでウチの情報網に引っかかるかどうか、聞きに来たのは分かるけど、ロニは何をしているの?」
私に連絡も寄こさないで。
「もう喧嘩したんですか?」
惚けているのか、本当に知らないのか分からないが、怒りの矛先をそのままヘザーに向けた。
「申し訳ありません。ロニ様のことをサイラス様に聞き忘れていたのは、私の落ち度です」
「いいえ。別にロニの行動を把握も、束縛もするつもりはないから、気にしないでちょうだい」
「はい。その男の特徴は、金髪でセレナ様よりも少し身長が高く、同い年かと思うほど若かったと言うんです」
すぐに話題を戻すのは、ヘザーなりの気遣いなのか、飛び火が来ないようにするための処世術なのか。ジェシーは敢えてそれに乗ることにした。
「そんな人物、山ほどいるわ」
「ですが、あの日のアリバイは皆取れています。ほとんどの者が、パーティーに出席していましたので」
「令息とは限らないんじゃないかしら」
セレナと同じくらいなら、十代後半。そのくらいの金髪男なら、令息じゃなくてもいる。しかし、ヘザーは首を縦には振らなかった。
「勿論、それも視野に入れました。男の身なりも、貴族とは言い難い物のようだと聞いたので」
「だったら」
「その男の顔が、国王に似ていたとしたら、ジェシー様も同じように思えますか?」
ヘザーの言葉に驚きはしたが、何か忘れて、いや見落としているような気がした。
何かしら。国王に似た男。王子は顔から中身まで王妃似だ。国王に弟や妹がいないことから、考えられるのは二つ。
傍系かご落胤のどちらかだ。
ご落胤? 第二王子?
突然、シモンからのヒントと回帰前の記憶が重なった。
王子との婚約破棄後、セレナは別の誰かと婚約したのだ。確か、メザーロック家が見つけたと言っていた、国王のご落胤、第二王子だ。
名前までは思い出せないが、シモンの私ならカルロだと言った言葉。そして『鈴蘭を咥えた馬が星を二つ運んでいる』
鈴蘭は分からないが、馬はゴンドベザー王室の紋章に描かれている動物。星もまた然り。それが二つというのなら、間違いない。
「第二王子?」
「気が早くはないですか? まだ王子ではありません。ご落胤の可能性があるということです」
「そうね」
でも、本当にセレナと一緒にいたのが第二王子なら、五年前から二人は知り合いだったことになる。だから、王子、ランベールに見向きもしなかったというの?
「ちょうどシモンが、その男のヒントをくれたわ。『鈴蘭を咥えた馬が星を二つ運んでいる』という。馬と星が王家の紋章を意味しているなら、鈴蘭も同様」
「生母の実家の紋章ということですね。調べてみます」
「いいえ、それはこっちで調べるわ。貴女には、別のことを頼みたいの。ちょうどお願いがあると言っていたじゃない。それで手を打ちたいんだけど、いいかしら」
「聞き入れてもらえるのなら、何でもします!」
そう言いながらヘザーは立ち上がり、ジェシーとの間にあるテーブルに手をつく。音がしなかったが、それだけの勢いがあった。
そのため、自分の要求よりも、ヘザーの願いの方が気になった。
「貴女の願いは?」
「!」
すると、急にヘザーは顔を赤らめて、椅子に腰を下ろした。そればかりか、先ほどの勢いは何処へいったのか、俯いて両手を膝の上で組んだ。
「接点を作っていただきたいんです。カルロ様との」
「カルロ? 接点? え?」
「サイラス様のお気持ちには答えられない、と言ったじゃないですか」
「そうだけど。まだ十五歳よ」
ヘザーは私の三つ年上だから、二十三歳だ。
「貴族にとって、八歳差なんてよくあります」
「で、でも、いつから、その、好きなの?」
「……五年前から、です」
時間にして一分。体感では五分くらいあっただろうか。沈黙が流れた。
「ヘザー」
「仰りたいことは分かっています」
そうじゃないのよ。思い出したの。回帰前にカルロから婚約したことを。その相手が、貴女だったことを。あの時は、私の身長を超えていたから、何一つ疑問を抱かなかったの。
「まぁ、分かったから。その願いはどうにかしましょう」
「ありがとうございます。それで、ジェシー様の方は」
「引き続き、目撃者を集めて、セレナが何処に行ったか調べて欲しいの。あと、ミゼルとコリンヌのサポートをしてあげてちょうだい」
それくらいなら、あまり危険なことはないでしょう。
「てっきり、残る側近のフロディー様を、攻めろと仰るのかと思いました」
「そこまで非道ではないわ」
ヘザーだけじゃなく、フロディーにとっても悲惨でしかない。好きでもない男に迫れとか、傘下の家門の令息に、好きな女が迫っている現場を目撃したサイラスが、何をやらかすか……。
「分かりました。ジェシー様の期待に添えるように頑張ります」
「サイラスには注意しなさい。利用し過ぎて痛い目に逢うだけよ。コリンヌと立場は違うのだから」
「肝に銘じておきます」
真面目に返事をするヘザーを見て、ジェシーは席を立ち、扉の方へ向かった。本来は鈴を鳴らすつもりだったのだが、気になることがあり、使用人にあることをお願いした。
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