コンコン。
しばらくすると、アイビーの間の扉から、ノックする音が聞こえた。本来なら、部屋の主であるジェシーが、入室の許可を返事するのだが、ここは敢えて自ら扉の方へと向かって行った。
「ね、姉様!?」
まさか、ジェシーが開けてくれるとは、思っていなかったのだろう。驚いた声が前から聞こえ、後ろからはガタッと、椅子から立ち上がる音がした。
「持って来てくれてありがとう、カルロ。時間があるのなら、一緒にお茶を飲んでいきなさい」
提案ではなく命令形なのは、本当に無理ならちゃんと断るのを知っているからだ。ソマイア家の血筋なのか、カルロもまた物事をはっきり言うタイプだった。
「え! いいんですか? 確か、ヘザー嬢が来ているって聞きましたけど」
「……ヘザーはカルロがいても良いと言っているのよ」
すると、カルロは体を傾けて、ヘザーを覗き見る。
「そんな様子には見えませんけど。嘘を言ったんじゃないですか?」
「嘘なんてついていないわ。ねぇ、貴女だって、カルロがいても構わないでしょう」
今度はきちんとヘザーの了承を得れば、カルロも納得するだろう。ジェシーは振り向きながら、ヘザーに声をかける。
そこでようやく、何故カルロが疑問を抱いたのか、その理由が分かった。
「も、勿論です。むしろ、いていただける方が嬉しいです」
ヘザーは、まるで新人メイドのように、左手を上にした手を、前で組み、表情もどこか緊張している様子だった。そのせいで、声まで固くなっていたのだ。
ミゼルたちの前で、ほんわかと話していた人物とは思えない有様だった。
「何か言わされている感がするけど、もしかして姉様に弱みでも握られたんじゃ――……」
そう言いながら心配そうに、カルロがヘザーに近づいていく。
「私がヘザーにそんなことするはずがないでしょう」
「姉様は黙ってて。僕はヘザー嬢に聞いているんだから」
多分、逆効果じゃないのかしら、と思ったがジェシーは大人しく傍観を決め込んだ。その間にカルロは、さらにヘザーとの距離を詰める。
「困ったことがあるなら言っていいんだよ。僕が出来る範囲内になるけど、力になるから」
「ジェシー様が仰る通り、そのようなことは……ありません」
「姉様がいて話せないのなら」
出て行ってもらうよ、とでも言うように、カルロはジェシーの方を見た。
う~ん。カルロの怒りも収まらないし、ここはヘザーのためにも従っておこうかしら。そうすれば、後でどんな経緯があったか、聞かせて貰えるかもしれない。
「はいはい、出ていきますよ」
ジェシーは扉に近づき、振り向き様に言い放った。そして流れるように扉を開けて、部屋の外へ出る。が、すぐには閉めなかった。
「ジェ、ジェシー様!?」
何を驚いているの? これは貴女が望んでいたことでしょうに。ちょっと強引になっちゃったのは悪かったけど。
だから、助言を残していくことにした。ジェシーはカルロに向かって手招きをして、呼び寄せる。
「カルロ。あまりヘザーをいじめるんじゃないわよ」
「僕は姉様とは違います」
「気づいていないとは思うけど、さっきの顔はお父様そっくりよ」
ジェシーの言葉に一瞬、カルロが嫌な表情を取った。
二人の父であるソマイア公爵は、宰相であるメザーロック公爵の相談役も務めているせいか、はたまた血筋なのか、怒った時の表情はとても怖い。
例え表情が見えなくても、醸し出す雰囲気で、怒っていることを周囲に知らせる。そして最後に、はっきりした物言いがプラスされた姿は言うに及ばす。
だから、ジェシーもカルロも、怒る時はなるべく穏やかな表情を取るように、心掛けていたのだ。父のように、周りを威圧しないために。
「気をつけないと嫌われてしまうわよ」
「言われなくても分かっています」
「……お詫びにカルロからお茶を出してあげたら?」
「姉様にしては気が利きますね」
思わずカルロの反応に、ジェシーはおやっと思った。
もしかして、カルロも? ならば姉として、さらに友人として、ここは出ていくのが正解なのでは?
ジェシーはヘザーにそっと視線を送った後、静かに扉を閉めた。
二人の成功を祈って。
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