テラーノベル
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数年後。
阿部が始めた小さなコーヒー店は、いつの間にか死後の世界で有名な場所になっていた。
朝。
阿部が店を開ける。
「めめ、おはよう。」
「おはよう、あべちゃん。」
「今日もよろしくね。」
「はい、店長。」
「ふふっ。」
二人でコーヒーを淹れるところから、一日が始まった。
___________
日中。
店にやって来るのは、まだ死を受け入れられず彷徨っている人たちだった。
「……天国には行きたくない。」
「うん。」
阿部は無理に説得しない。
「じゃあ今日は、コーヒーだけ飲んでいく?」
「……いいの?」
「もちろん。」
温かいカップを差し出す。
その隣に目黒も座った。
「話したくなったら、俺たち聞きますよ。」
最初は黙っていた人が。
少しずつ話し始める。
残してきた家族のこと。
叶えられなかった夢。
もっと生きたかったこと。
阿部と目黒は、ただ聞いた。
そして何度も店へ来るうちに。
「……そろそろ、行ってみようかな。」
そう言ってくれる日が来る。
阿部は笑って手を差し出した。
「うん。一緒に行こう。」
やがて。
他の死神たちも、この店を使うようになった。
「阿部さん、今日一人連れてきてもいいですか?」
「もちろん。」
説得が難しい魂がいると。
無理にその場で天国へ連れていこうとせず。
「一回、コーヒー飲みに行きませんか?」
そう誘う。
気付けば店は。
死神と魂がゆっくり話せる場所になっていた。
夕方になると。
今度は客層が変わる。
「疲れたー……。」
仕事を終えた死神たちが次々と入ってくる。
「お疲れ様。」
阿部が笑う。
「いつもの?」
「お願いします……。」
カウンターに突っ伏す死神。
今日救えなかった魂のことを話す死神。
無事に天国へ送れたと嬉しそうに報告する新人。
阿部はコーヒーを淹れ。
目黒は話を聞く。
時には。
「今日はもう仕事の話禁止。」
阿部が強制的に休ませることもあった。
「死神だって休まないと駄目だから。」
かつて死神業界をホワイトにした人らしい言葉に。
目黒は毎回笑った。
そして。
少しずつ。
不思議なことが起こり始めた。
「あべちゃん、手紙来てる。」
「誰から?」
目黒から受け取って読む。
そこには。
以前この店へ通っていた魂の名前があった。
長い間現世を彷徨い。
阿部と何度も話をして。
最後には天国へ行くのではなく、死神になる道を選んだ人だった。
『自分も、行き場のない人が休める場所を作りたいです』
その人は。
別の場所に小さな店を開いた。
コーヒー店ではなかった。
温かい料理を出す食堂だった。
別の死神は。
小さな図書館を作った。
誰かは。
花屋を始めた。
誰かは。
静かに音楽を聴ける場所を作った。
全部。
阿部の店を見て。
「自分にも何かできるかもしれない」
そう思った人たちだった。
___________
ある日の閉店後。
阿部と目黒は並んでカウンターに座っていた。
「……変わったね。」
阿部が呟く。
「何が?」
「ここ。」
死神になったばかりの頃。
阿部にとって。
この世界はもっと寂しい場所だった。
泣いている魂。
説得できず彷徨う人。
疲れ切った死神。
毎日。
死と向き合うばかりだった。
だから少しでも変えたかった。
働き方を変えて。
新人を育てて。
コーヒー店を作って。
気付けば。
食堂ができた。
図書館ができた。
花屋ができた。
笑っている死神も増えた。
「死神の仕事って、辛いことばっかりだと思ってた。」
「うん。」
「でも今は違うね。」
目黒が頷いた。
「誰かを天国に送れた日は嬉しいし。」
「うん。」
「疲れたらここ帰ってくればいいし。」
「……。」
「俺は毎日あべちゃんといられるし。」
「最後だけめめの話じゃん。」
阿部が笑う。
目黒も笑った。
___________
死は。
何年経っても悲しい。
死を受け入れられない人もいる。
救えない日もある。
泣きながら帰ってくる死神だっている。
それでも。
そんな時には。
温かいコーヒーを飲める場所がある。
「また明日頑張ろう」
そう思える場所が。
少しずつ増えていた。
「あべちゃん。」
「何?」
「帰ろ。」
「うん。」
二人は店の灯りを消す。
「お疲れ様、めめ。」
「お疲れ様、あべちゃん。」
手を繋いで。
二人の家へ帰っていく。
かつて阿部が変えたのは。
死神たちの働き方だった。
そして今。
阿部と目黒が一杯ずつ淹れたコーヒーから広がったものは。
死後の世界で生きていく人たちの、小さな幸せだった。
コメント
1件
ああ、このお話、すごく沁みました……。阿部さんが開いたコーヒー店が、ただの喫茶店じゃなくて、彷徨う魂が「そろそろ行ってみようかな」と思える場所になっていくのが、読んでいてじんわり温かかったです。特に、阿部さんが無理に説得しないで、ただコーヒーを差し出して隣に座る、その距離感が本当に素敵だなと思いました。そして、そのお店を見て他の死神たちが自分にも何かできるかもしれないと思う展開が、もう……優しさが連鎖していく感じがたまらないですね。最後の「手を繋いで帰る」ところ、二人の日常がすごく愛おしかったです。ほっこりしました🤍
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#⛄️
kaede🍁
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