テラーノベル
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応接室のドアを開けると、そこには屋敷の主のようにソファに腰掛けたベラドンナの姿があった。
口元には勝利を確信したような笑み。ドカリと座り込み、足を組んでいる。
「お義母様。本日はお招きしてもいないのに、わざわざご足労いただきありがとうございます」
私は扉を閉めながら告げた。
「せっかく義娘の開業の噂を聞きつけて、お祝いに来たのに……」
ベラドンナは扇を仰ぎながら、わざとらしくため息をつく。
「こんな事故で騒ぎになるなんて、残念でしたわねえ」
私は無表情のまま、向かいのソファに腰を下ろした。
「事故、でしょうか?」
「ええ。貴族令嬢が突然倒れるなんて、よくあることですものねえ」
「では、お義母様」
私は机の上にコトリと映像魔石を置いた。
「こちらを、ご覧になって?」
彼女の視線が、一瞬だけ揺れる。
「……一体何かしらねえ?」
私は答えず、魔石に触れた。淡い光の中、映し出される映像は、給仕がカップの中に懐から取り出したものを入れる瞬間。
沈黙の後、ベラドンナは扇をパチリと閉じて微笑んだ。
「それで?これが何だと言うのかしら?」
「王宮所属の使用人が、公爵令嬢のカップに毒を盛った瞬間ですわ」
「証拠としては弱いわねえ」
彼女は肩をすくめた。
「それ、親切に砂糖を入れてあげただけなのかもしれないでしょう?」
(笑わせないで)
「ですが――この使用人、過去にウィステリア領で働いていた経歴があるそうですね?」
「……それが?」
「さらに興味深いことに」
私は、わずかに口元を上げた。
「彼には多額の借金があり、足首には不思議な刻印があるんですもの」
「……偶然ではなくて?」
「ええ、お継母の犬であることも偶然ですわね」
私は魔石を指先でなぞり、顔を上げた。
ベラドンナは、扇を握る手に力を込める。苛立ちを隠すように、息を吐いた。
「……で? これを、どうするつもり? 出せばいいじゃないの。王室を敵に回す覚悟があるならねえ」
私は首を傾けた。
「どうもいたしませんわ。公にすれば、王室の人間が公爵令嬢に毒を盛ったというスキャンダルになりますもの」
「それだけでも大問題ですが――」
「その毒は、ウィステリア特有のもの。王室がエルベルト公爵家を害するためにアイリスで“毒を使った”となれば……」
「ウィステリアも、アイリスも」
「手引きをしたお義母様も――無事では済みませんわね?」
私は、静かに告げた。
「だから――やらないのです。この証拠がいつでも“使える”という事実だけで、十分ですわ」
ベラドンナの眉が吊り上がった。
「……ふん、生意気な。脅しのつもり?」
「いいえ。提案ですわ」
私はゆっくり椅子から立ち上がった。
「今回の件は――最初から何も起きなかったことにするつもりですわ」
「使用人は急病で死亡。毒は令嬢の体調不良。すべて、綺麗に処理いたしますわ」
「ふん……好きになさい」
ベラドンナは吐き捨てるように言い、立ち上がる。扉へ向かう、その背中に私は投げかけた。
「次に“急病”で亡くなるのがお義母様でないことを、心からお祈りいたしますわ」
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