テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
りんご三兄弟
雨上がりの夕暮れ、街の空気は少しだけ軽くなっていた。
高校三年の美咲は、進路も将来も決められないまま、ただイヤホンを耳に押し込んでいた。流れていたのは、Mrs. GREEN APPLE の曲。何度も聴いたはずなのに、その日はなぜか胸に刺さった。
「大丈夫、って言われてる気がする…」
誰もいない公園のベンチで、美咲は小さくつぶやいた。
そのとき、どこからか音が聞こえた。イヤホンの音じゃない。生の音だ。ギターの柔らかい響き、軽やかなリズム、透き通るような声。
顔を上げると、公園の小さなステージに、見覚えのある三人が立っていた。
「え……?」
そこにいたのは、紛れもなく Mrs. GREEN APPLE だった。
夢かと思った。でも、風の匂いも、空の色も、音の震えも、全部がリアルだった。
ボーカルの大森が、まっすぐこちらを見て歌っているような気がした。
“迷ってもいい、止まってもいい”
歌詞はいつもと同じはずなのに、その日は違って聞こえた。まるで、美咲一人に向けられているみたいだった。
気づけば、美咲は涙を流していた。
「私、どうしたらいいかわからない…」
声にならない声が、胸の奥でこぼれる。
演奏が終わると、大森は優しく笑った。
「わからなくていいんだよ」
その一言が、世界の音をすべて静かにした。
「わからないまま進んでいくのも、ちゃんと“前に進んでる”から」
気づいたとき、公園にはもう誰もいなかった。ステージも、音も、跡形もなく消えていた。
でも、イヤホンから流れる Mrs. GREEN APPLE の曲は、さっきよりもずっと鮮やかに響いていた。
美咲はゆっくり立ち上がる。
「……もう少し、やってみようかな」
空は少しだけ明るくなっていた。
答えはまだない。でも、音楽が背中を押してくれる。
それだけで、十分だった。
美咲はゆっくりと歩き出した。
さっきまで座っていたベンチを振り返る。そこにはもう何もない。ただ、濡れた木の表面が夕焼けを反射しているだけだった。
コメント
1件