店を出ると、夜風がひときわ身に沁みた。
場末とあって、辺りに派手なネオンは見て取れず。 夜を徹して行われる中心部の乱痴気さわぎが嘘のように、しんと静まり返っている。
ただ、そちらへ向かう輩(ともがら)だろうか、夜道を歩む人足(ひとあし)が割合に多く目に留まり、一般的な田舎町の夜とは、少しばかり趣(おもむき)の異なる印象を受けた。
「ほんじゃ、先帰ってるぜ?」
「ん、悪い。 その子たちお願いね?」
「お!」
駅舎に接する手狭な街路は、ある区画から急に幅広くなっており、沿道には町並みにそぐわない巨大な商業施設が聳(そび)えている。
この辺りにも、再開発の煽りはあるようだ。
何処(いずこ)から舞い込んだものか、そんな街路を疎(まば)らな人足に混じって、落ち葉がカサカサと転がってゆくのが見えた。
その模様に、何となく胸中に寒風の吹き込む心地がした葛葉は、リースの手を引くようにして、足早く駅を目指した。
「どこまで乗ろっか?」
「そうな……。 中間くらい? あんまり足伸ばしても」
「あ、そかそか。 終電」
「そうそう」
駅舎自体は小ぢんまりとした建物で、出口も一ヶ所しかなく、地方都市の用途に沿った規模感だった。
傾斜のキツい階段をのぼり、年季の入った券売機で切符を購入する。
構内は電灯が皓々(こうこう)としていたが、どことなく憂色を感じるのは、ひとえに田舎駅の性(さが)か。
スチール製の側壁に点々と滲(にじ)んだ錆びに。 階段の蹴込(けこみ)に染みついた雨垂れの跡に、毎朝この駅を利用する勤め人たちの苦労が、ぼんやりと透けて見えるようだった。
「天そば……。 や、きつねか……?」
「どしたのクズ?」
これが駅そばの食券なら良かったのにと、何とも俗っぽいことを考えつつ、当の切符を投入し、改札を潜る。
さらに階段を上がると、ようやくホームに到着した。
電光掲示板は間もなく列車が到着する旨を知らせていたが、待ち設ける者は自分たちの他に数名ばかり。
いずれも、型くずれの顕著な背広を身につけた、会社員と目される顔ぶれだった。
こうして高台にのぼると、黒々とした家並みの向こうに、中心部の明るみを望むことができる。
夜天の裾を白々と染めるその模様は、まるでこの町の灯りが、一所(ひとところ)に集結しているのではないかとさえ思えるほどだった。
今さら貧富の差を持ち出すのもナンセンスだが、あのように煌(きら)びやかな世界がある一方で、当の田舎駅のように、慎(つつ)ましい利用者が集う場所柄もある。
「夜の駅って、なんだか不思議な感じがするよね」
「ん?」
吹きさらしの単式ホームにて、ほのかに潮の匂いが混じる寒風に頭髪を弄(もてあそ)ばせながら、リースが瞳を細めて言った。
その視線は、当のプラットホームを離れてすぐ、暗がりに消える線路の行く末を、しみじみと遠望しているようだった。
「私は夜ってか、夕暮れ時の駅が好きだよ? 何となくダルい感じと、何となく切ない感じが同居してるん眺めるの」
「あぁ、あるよね。 そういう感じ」
多くの人々が利用する施設となれば、それだけ多くの想念や思念が溜まりやすくなるのは道理だ。
たとえば衆生の実生活であったり、都度ごとの心持ちであったり、そういったものを、茫漠(ぼうばく)たる残り香のように感じ取れる場所。
それが駅という設備の、ひとつの在りかたでは無かろうか。
「今日の学校ダルかったなぁとか」
「帰ったら何して遊ぼうとか?」
「明日は休みだから、おいしいもの食べに行こうとか。 羨ましいな……」
駅を利用するそれぞれの数だけ、それぞれの人生がある。
朝は重らかに階段をのぼった足取りが、帰りには一変してこれを軽やかに駆け下り、弾むように家路を急ぐ。
きっと、愛する家族が待っているのだろう。
ひょっとすると、生まれたばかりの赤ん坊がいるのかも知れない。
その一方で、行き帰りともに気重な調子は変わらず、まるで世の難儀を一身に背負ったかのように装う苦労人も、中には居るかも知れない。
あるいは、人混みの流れにただただ身を任せ、のんべんだらりと群集の一翼に甘んじる者。
「………………」
そういった人心の極妙に、ほのぼのと思いを馳せずに居(お)れないのは、夜中のプラットホームという特殊な環境下のせいか。
折しも、几帳面な声色で電車の到来を告げるアナウンスと共に、ささくれた夜風が渡る線路上にポツンと明かりが現れた。
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