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たじろいで、しどろもどろの宮本に、女は微笑みを絶やさず、優しく声をかける。
「あのぅ、どこかでお逢いしたことありませんかぁ?」
じりじりと距離を詰めて近寄る女を見て、橋本は苛立ちまかせに宮本の左手を引っ張って、なんとか距離をあけた。
「すっすみません、人の顔を覚えるのが苦手でして……」
「私は得意なんですよ。乗ってる車と、その人の顔を紐づけして覚えるんです。それと一緒に車を見た場所も! 前からインプに乗ってました?」
「いえ、この車は隣にいる知人のでして。前はセブンに乗ってました」
どこか恥ずかしそうに宮本が教えた途端に、女は大きく瞳を見開く。目の前の様子を、橋本はメガネザルみたいだとこっそり思った。
「セブン……。セブンと言って有名どころは、三笠山の白銀の流星じゃ」
車種と一緒に、見た場所と顔を覚える女の記憶力の良さに、橋本はヤバいと瞬間的に悟る。しかも女の走りについてこれるテクニックを考慮すれば、この答えが導き出されて当然だった。
橋本は慌てて、ふたりの会話に乱入する。
「人違いです! 雅輝、帰るぞ。地元の人の邪魔しちゃいけないだろ」
宮本の腕を掴もうとしたら、それよりも先に女が宮本を自分に引っ張り寄せ、胸の谷間に腕を挟み込んで、逃げられないようにした。
「ひいぃっ! むむむ胸がっ!?」
胸の谷間に腕を挟まれたせいで、1ミリたりとも動かすことができない宮本を、橋本は黙ったまま見つめるしかなかった。恋人を掴み損ねた手をぎゅっと握りしめ、拳を作って苛立ちをやり過ごす。
「あんな走りを見せられて、黙って帰すわけないでしょ。雅輝だから、まーくんって呼んじゃお」
「まままっ、まーくん!?」
「まーくんか……とぼけた雅輝に似合いのネーミングだな」
白い目で自分を見る橋本を、宮本は首を激しく横に振って否定しまくった。
「ねぇまーくん、インプのナビシートに乗ってみたいな。まーくんの走りを、すぐ傍で見てみたい」
「それは駄目っス! 信用してる人しか乗せないことにしてるので」
速攻断った宮本に、橋本はニヤけそうになる。信用に値する自分が優位にたっていることについて、女に自慢したくなった。
「そこにいるおじさんは、まーくんが信用する人なんだ」
「陽さんは、おじさんじゃないですって!」
「いやいや。若い彼女から見たら、充分におじさんだろ。しょうがないさ」
女に負けない笑みを、橋本は顔面に表した。普段お客様にしている営業用のスマイルではなく、嬉しさに揺れるような会心の微笑みだった。