※この話はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには、一切関係ありません。
ー登場人物ー
・山口佳代(7歳。蓮人の妹。)
・山口蓮人(12歳。佳代の兄。)
・魔城幻夜(佳代と蓮人の父親。)
・山口華奈(佳代と蓮人の母親。)
第一話 一忘却の夜一
夜の静寂を破るように、窓の外から吹き込んだ風がカーテンを揺らした。
家はしんと静まり返っている。けれど、それは安らぎの静けさではなく、どこか凍りついたような張りつめた沈黙だった。
佳代一一当時小学一年生。小さな体に、ふわりとした黒髪。お兄ちゃんの蓮人にくっついて歩くのが常だった。
蓮人は小学六年生。佳代を守るようにして生きてきた、しっかり者の兄だった。
その夜、二人は奇妙な物音に目を覚ました。父・幻夜の怒鳴り声。そして、母のかすれた叫び。
「…..あなた、本当は何者なの….?」その声が最後だった。
佳代と蓮人は、音も立てずに部屋を出た。好奇心よりも、胸騒ぎが足を動かしていた。
階段を降りて、リビングの扉の隙間からそっと中を覗いたーーそして、見てしまった。
部屋の中央に立つ、父・幻夜(げんや)。
その姿はいつもと違っていた。目は真紅に染まり、手には黒い気がまとわりついている。
足元には母の倒れた姿、すでに動かない、床には赤黒い影が広がっていた。
「….見たな」
幻夜は、低く呟いた。まるで氷のように冷たい声だった。
その目が、ゆっくりと佳代と蓮人を見つめる。言い訳も、嘘も、通用しない目だった。
「これは….見てはならぬ記憶だ」
次の瞬間、黒い霧がリビングを包んだ。息ができない。叫びたいのに声が出ない。
佳代は蓮人の手を握ったーーその感触が、どこか遠くに溶けていくように、消えていった。
朝。佳代は見知らぬ施設のベッドで目を覚ました。母の姿はなく、兄の姿もない。
名前も覚えていない。さらに、何か大切なことが抜け落ちているような、そんな感覚だけが残っていた。
蓮人もまた、遠く離れた土地の施設で、目覚めた。
彼の中にも、説明のつかない空白があった。何かを、誰かを、忘れているようなーーその日から、二人は離れ離れになった。
そして記憶の奥底に眠った”あの夜”だけが、すべての始まりだった。
コメント
2件
続きが気になる! 早く次の話だしてー!🙏