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「……それが、どうした」
冷え切った声で言い放ったのは、マレフィカ侯爵だった。
「お父様……?」
カサンドラの声が震える。
「エリアスが生きていたことを……ご存じだったのですか?」
「当然だ」
侯爵は、少しも悪びれることなく答えた。
「お前をマレフィカ家の駒にするには、国王への憎しみが必要だったからな」
「……っ」
カサンドラが絶句する。それを見ても、侯爵の薄笑いが消えることはなかった。
「お前を王妃にしたのは、このわしだ。お前の息子を王太子に据え、いずれこの国の王となる道まで用意してやった。それの何が不満なのだ?」
「……わたくしはっ!」
カサンドラの叫びが、大広間へ響き渡った。
「わたくしは、王妃になりたかったことなど、一度もありません!」
その瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。
「ただ、愛する人と平凡に生きたかっただけなのに!」
「陛下がエリアスを奪ったと信じ、陛下を憎み……復讐するためだけに生きてきたというのに……!」
涙を流す娘を見つめる侯爵の瞳には、欠片ほどの情も浮かんでいなかった。
「お前の望みなど、初めから関係ない。マレフィカ家の娘として生まれた以上、お前の人生は、家門の繁栄のためにある」
「そんな……」
そこへ、レオンが歩み出た。
「マレフィカ侯爵。侯爵邸から押収された帳簿と書簡、捕虜たちの証言。もう、言い逃れはできないよ」
「ハッ! すべては、マレフィカ家とこの国のためだ!」
「違うよ。あなたが守りたかったのは、国じゃない。自分自身の権力だ」
「貴様……!」
レオンは侯爵から視線を外し、カサンドラへ向き直った。
「あなたが父親に騙されていたことは分かった。愛する人を奪われ、憎しみまで利用された」
わずかに目を伏せる。
「……気の毒だとは思うよ。でも……父上を殺し、多くの人の命を奪ったことまで、なかったことにはできない」
「……っ」
カサンドラは反論せず、ただ俯いた。その時だった。
「僕も……処罰されるのですか?」
怯えた声を上げたのは、ユリウスだった。カサンドラが即座に顔を上げ、叫ぶ。
「ユリウスは何も知りません! すべて、すべてわたくしがしたことです!!」
「私の命で足りるのであれば――!」
エリアス神官も、前へ進み出ようとした。けれど、レオン殿下が片手を上げて制する。
「誰かが、代わりに死ぬ必要なんてないよ。あなたもユリウスも、何の罪も犯していない」
「しかし……」
「息子を救いたいなら、代わりに死ぬんじゃなくて」
レオン殿下は、エリアス神官をまっすぐに見つめた。
「生きて、父親になってあげて」
「……っ」
レオンは、ユリウスのもとへ歩み寄った。そして、同じ高さへ屈む。
「ユリウス。顔を上げて」
優しく呼びかける。ユリウスが、顔を上げた。
「事件への関与は認められない。君自身が罪に問われることはないから安心して」
「……はい」
「王太子ではなくなった君は、これからどうしたい?」
ユリウスは、まっすぐにレオンを見つめた。
「僕は……王太子にも、王にもなりたいと思ったことは、一度もありません。もともとその器がないことくらい、わかっていました……」
「神殿で、生きていきたいです。母上たちの罪で傷ついた人々のために、祈りたい」
そして、エリアス神官へ目を向ける。
「それから……この方のことも、これから少しずつ知っていきたいです」
エリアス神官が、込み上げる感情を堪えるように唇を噛み締めた。
レオンは、立ち上がった。再び大広間を見渡し、声を響かせる。
「議長。判決を」
王国評議会の議長が立ち上がり、判決書を開いた。
「王国評議会、および神殿の承認により、判決を言い渡す」
「元王妃カサンドラ。王妃位を剥奪。国王弑逆、王命偽造、王権を利用した侵略の罪により――死罪」
カサンドラは目を閉じた。
「マレフィカ元侯爵。宰相職および爵位を剥奪。領地ならびに全財産を没収する。エリアス神官への脅迫、先代大神官殺害への関与、国王弑逆への共謀、禁忌武器の製造、アイリス領侵攻の罪により――死罪」
「この判決は無効だ!」
マレフィカ侯爵が叫び、暴れ出す。
「第二王子による不当な裁判だ! 今すぐわしを解放しろ!」
近衛騎士たちが、侯爵を床へ押さえつけた。続いて、ほかの被告たちにも判決が言い渡されていく。
王妃付きの医師と書記官は禁固刑。アイリス領への侵攻に兵や武器、資金を提供した貴族たちには、関与の程度に応じて爵位剥奪、財産没収、禁錮刑が科された。没収された財産は、アイリス領の復興へ充てられることになった。
エリアス神官の身分も、正式に回復した。アルディノ大公家へ戻る権利も与えられたが、本人はユリウスとともに辺境の神殿へ残ることを望んだ。
「元王妃カサンドラおよびマレフィカ元侯爵に対する刑は、明朝執行する」
議長の宣告により、長く続いた裁判は、ようやく終わった。
***
翌朝。カサンドラは、王城内の刑場へ引き立てられていた。刑の執行に立ち会っているのは、王国評議会と神殿の者たち。高位貴族。そして、侵攻によって被害を受けた領地の代表者だった。
朝靄が立ち込める中。隣へ引き立てられたマレフィカ侯爵は、なおも声を張り上げている。
「この判決は無効だ!」
「第二王子による、卑劣な王位簒奪だぞ!」
「わしを失えば、この国は必ず後悔することになる!」
その声に応える者は、誰もいなかった。かつて侯爵へ媚びを売り、頭を下げていた貴族たちは誰一人として、彼と目を合わせようとはしない。
「おい、カサンドラ!」
侯爵が、娘を睨みつける。
「お前も何か言え!」
「最後まで、マレフィカ家の娘として胸を張れ!」
カサンドラは、首を横へ振った。
「……お父様の命令に従い、わたくしは生きてまいりました」
「何を今さら――」
カサンドラは、父から視線を外す。
「最期くらい――わたくしは、わたくしとして死にます」
「この愚か者が……!」
侯爵の罵声にも、カサンドラはもう振り返らなかった。刑場の端に、見慣れた人影を見つけた。質素な白い神官衣に身を包んだ、ユリウス。その隣には、エリアスが立っていた。
カサンドラは、二人の姿を目に焼きつけながら、ゆっくりと唇を動かした。――生きなさい。声にはならない、最後の願い。
ユリウスの頬を、一筋の涙が伝う。カサンドラは、ほんの僅かに微笑んだ。
「刑を執行する」
執行官の声が響く。重々しい鐘の音が、朝の空へ鳴り渡った。
***
その日の午後。私たちは、王都大神殿の病室を訪れていた。窓から差し込む、柔らかな陽光。長く続いた裁判は、ようやく終わった。けれど。私にとって、本当の戦いはまだ終わっていない。
「フローラ……」
ベッドの脇へ腰掛け、眠り続ける彼女の細い手を握る。隣に立つアレクが、そっと私の肩へ手を添えた。
「あとは……あなたが目を覚ますだけなのよ」
その時だった。
――ピクッ。
「……え?」
手の中で、フローラの指先が――確かに動いた。
#執着
ひより
76
鷹槻れん

53,685
#ギャップ
ひより
2,239
#ロマンスファンタジー
百はな🍑
828
コメント
1件
ああ……第97話、読み終わりました。カサンドラの「最期くらい、わたくしはわたくしとして死にます」という台詞が、本当に胸に刺さりました。父親に人生を支配され、復讐にすり替えられた憎しみを抱えながらも、最期に自分自身を取り戻すその姿――彼女に救いはなかったけれど、ユリウスとエリアスに「生きなさい」と願った最後の表情が、とても切なかったです。 それと、レオン殿下がエリアス神官に「代わりに死ぬんじゃなくて、生きて父親になってあげて」と言ったシーン……あの優しさが、この物語の重さをそっと支えている気がしました。そして最後のフローラの指の動き! これは続きが待ち遠しいです。