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目指すダンジョン『小鬼の洞穴』の入口は、エイバスから歩いて半日程度の山の麓にある。
馬を借りれば1~2時間ほどで到着できるのだが、今回は急ぐ旅路ではないということもあって徒歩を選んだ。
ちなみに、いきなり馬を乗りこなす自信がなかった俺が、それっぽい理由を付けて徒歩での移動を推した……というのはテオには内緒だ。
詳しく語るには『この“リバース”という世界の“理”』を詳しく説明する必要があるだろう。
この世界には、大きく分けて“3種類の存在”が暮らすと言われている。
まずは『生き物』と呼ばれる「生身の肉体を持つ存在」だ。
人間・四足動物・鳥・魚・昆虫といった地球上と同じような生き物以外にも、エルフ・ドワーフ・獣人・魚人など、多種多様な生き物達が暮らしている。
もし『生き物』が死んでしまった場合、その生身の肉体はそのまま残る。
もうひとつは「魔力で作られた肉体を持つ存在」、つまり『魔物』。
魔物は、鉱石・武器・魔導具などの何らかのアイテムを核とし、その核が魔力を纏い、肉体を作り出すことで生まれる。
そして魔物を倒すと、その肉体を構成していた魔力が辺りへと散らばり、核となっていたアイテムだけがその場に残る。これが『ドロップ品』というわけだ。
最後のひとつは『精霊』。通常はその姿を見ることなど不可能であり、先にあげた生き物や魔物に比べて謎多き存在となっている。
人間達が精霊の存在を実感できるのは、もっぱら魔術を使用した時だろう。【火魔術】は「火の精霊の力を借りて魔力を操るスキル」、【風魔術】は「風の精霊の力を借りて魔力を操るスキル」とされている。
また各魔術を極めた者の中には、精霊と会話できる者もいるのだとか。
なお生き物には、特定属性の精霊に愛され、生まれつきその属性の魔術を使用できる種族も存在している。
彼らの中には精霊と意思を通わせることができる者が多い傾向にあるようだ。
世界各地には元々『魔力』が散らばっている。
各種スキルやステータスといった不思議な力が存在するのは、魔力の作用が働くからだ。
魔力の多さや属性は場所によって異なり、基本的にそれらが変わることはほぼない。魔力が多いエリアでは魔物が生まれやすくなり、生まれてくる魔物の種類は魔力の属性によってある程度決まっている。
また魔物は『自らの肉体を構成する魔力と近い魔力』を好むため、よっぽどの大事が起きない限り、自身が生まれたエリアに留まるという特性を持つ。
そのため「人間をはじめとする生き物たちが、魔物が少ないエリア――魔力が少ないエリア――に国や街といった拠点を作り定住すること」で、魔物と生き物との衝突を避け共存することができていたのである。
闇属性を含む魔力により生み出された魔物は攻撃的になる傾向がある。
そして魔物の凶暴性は、その身に混じる闇の力が濃ければ濃いほど増していく。
この現象の元凶――それこそが【闇魔術】の唯一の使い手『魔王』。
【闇魔術】は、他の属性に比べ少々特殊だ。
闇の精霊の力を使って攻撃などが行えるだけでなく、世界中の魔力へ闇属性を組み込むこともできる術である。
おそらく魔王は3年前から少しずつ復活し、半年前――魔王の声が全世界に響き渡ったあの時――に完全復活を遂げたのだろうと、この世界に住まう者達は今になって思う。
魔王城に近い西のほうを中心に、徐々に……そして確実に闇の力は広がりつつある。
闇属性に支配された魔物を倒すことで、闇の魔力を空気中へと戻し魔物の侵攻を食い止めることはできる。
だが普通に魔物を倒しても闇自体が消え去るわけではなく、あくまで一時しのぎでしかない。
一定時間が経過すれば、その闇は再び、魔物へと姿を変えてしまうのだから。
世界が闇で覆い尽くされた時。
すなわちそれは……世界の終わり。
だがこの世界には、希望が残されている。
伝承によれば闇属性の魔力を浄化するたったひとつの方法であり、その唯一の使い手が『勇者』なのだと。
だからこそ人々は皆、勇者が再来するその瞬間を強く強く待ち望んでいるのだ。
さて、話を戻そう。
魔王城から離れていても、局所的に濃い闇属性の魔力に支配されたエリアが存在する。
その理由は明らかにはされていないが、元々その地の魔力が“闇属性と親和性の高いもの”であり、自然と闇を引き寄せてしまったのではないかと推測されている。
「……で、その局所的に濃い闇属性の魔力に支配されているエリアこそが『ダンジョン』と呼ばれる場所で、周りと比べて凶暴な魔物が多いんだよっ。タクト、だいたい分かった?」
「ああ」
この道の周辺は魔物もそう多くないうえ、歩きつつ喋る時間はたっぷりある。
ということで俺は、雑談がてらテオに色々と質問していた。
各地の伝承・人々の噂などを調べつくしたテオによる詳細な説明と、ゲーム上における設定自体には、やはり大して違いはない。
あとは現実と架空の違い――神様が「“気を利かせて”無くしておいた」という食事や睡眠の必要性、攻撃時にボタン操作でなく自分で動かなければならないこと等――がどう働いてくるかが不安だけど……こればかりはこの世界の人に聞くわけにもいかないし、自分で試しながら探っていかないといけない部分だな。
ひととおり説明も終わったところで、首をかしげながらテオが言った。
「……でも、いくら調べても分かんないことがいくつかあるんだよねー」
「分かんないことって?」
「まずは『500年前に倒されたはずの魔王が、何で復活したか』ってこと!」
これに関しては、ゲーム上でも未だ解明されていない。
検証好きなプレイヤー達の間では、未解決問題のひとつとしてよく知られている。
「あとは……伝承の中の500年前の勇者は、魔王を倒す前に各地のダンジョンをいくつか回って、その地に蔓延る闇魔力を消し去ったらしいって言い伝えられてるんだ。でも『実際どうやって闇を浄化したか』っていう記述がどれも曖昧でさ~」
テオが「えっ」と意外そうな顔をする。
「どういうこと??」
「闇の魔力を消し去るには『光の魔力を直接ぶつけて相殺する』、それだけでいいんだ。具体的な方法も何通りか知ってる。まだ実際には試してないけど……たぶん、大丈夫なはずだ!」
闇魔力の浄化方法は複数ある。
今の自分の実力であれば“あの方法”なら何とかなるはずだろう――などと考えながら、俺はゲーム内での色々を思い出していく。
そんな俺の横顔を見て、テオがくすくす笑い出した。
「……なんで笑ってんだ?」
「だって【光魔術】は俺達にとって、ほんっとに特別なもんで、謎だらけって言われてるんだぞ? なのにタクトはサラッと何でもないことみたいに答えてさ……なんか勇者っぽいなぁと思って」
「いや、勇者っぽいていうか……本物の勇者なんだけど――――」
「知ってる!」
食い気味に答えるテオ。
「でもさぁ……普段のタクト見てると、ついうっかり忘れちゃうんだよね~」
まずは昨日の『フルプレート断念事件』。さらには召喚初日の『光魔術に失敗したどころか、地味な術式しか発動できなかった事件』『空腹で行き倒れかけ事件』に、2日目の『オークジェネラル巻き込まれ事件』なんてのもあった。
では逆に“勇者らしさ”はというと……心当たりが、一切無い!
「あ、勇者っぽくないって自覚はあるんだ」
「しょうがないだろ! まだこの世界に来たばっかなんだし」
「はいは~い。これからもよろしく、勇者さまっ☆」
冗談っぽくウインクするテオ。
「…………」
のらりくらりとマイペースな彼に、俺は思わず溜息をついてしまった。