藤澤さんとの件があってから3日後。
昼休み。二限が終わったばかりの時間帯、学食は講義終わりの学生で溢れ、券売機の前には列をなしている。なんとか「本日のランチAセット」を買い求め、空いた席を見つけて腰を落ち着けると、同じく「Aセット」を手にした若井が向かいに座った。この大学の学食はラーメンやうどん、カレーといった固定メニューのほかに日替わり定食がA~Cセットまである。「Aセット」は肉、「Bセット」は魚、「Cセット」は丼ものと決まっており、小鉢も2つつくため人気メニューらしい。今日のAセットはデミグラスハンバーグ。おそらく売り切れるのも早いだろう。
講義が始まって3週間。まだまだ慣れないが、なんとなく大学の雰囲気を掴みつつある。
「Cセットと迷ったんだよな~、でも元貴が前で券売機のA押すの見て、やっぱハンバーグだよな~って」
「俺大体Aだけどね。ていうか今んとこAだけだわ、考えるのめんどいし。Cなんだった?」
「ビビンバ丼。だからめっちゃ迷った」
俺と若井は、二限と三限に同じ授業をとっている木曜日は必ず二人で学食に来るが、それ以外の曜日は三限や四限に授業がかぶっていることが多いため、昼休みからわざわざ落ち合うということは少ない。最初の1週間は昼休みや空きコマにどちらからともなく連絡を取り合い落ち合っていたが、3週間もたてばそういったバランスも生まれつつある。
若井は同じ授業の時、いつも俺とともに行動するが、彼はもともと親しみやすく、人と仲良くなるのも苦ではない性格のため、他の授業や同じ学部でできた友人もすでに何人かいるようだ。一緒にいるときにすれ違う全く知らない人が、若井に親しそうに話しかけるのをみると、少し不思議な気持ちになる。
いつも通りの他愛ない話題ついでに軽音サークルに加入したことを話すと、若井は驚いたように目を見開いた後、嬉しさと戸惑いが入り混じったような表情でこちらをみた。
「えっ、でも急になんで?」
「軽音入ったら、バンドは組まなくても練習室は自由に使っていいんだろ?楽器鳴らすならそれが一番かなって」
「また、音楽やるの?」
「……バンドは組まない。曲が作れないのに変わりはないから。でも楽器に触れたいって気分になってて」
なんとなく、藤澤さんのことには言及せずにいた。あの時間のことを、まだ誰かに話してしまいたくなかった。若井は、そっか、と少しだけ残念そうに頷く。
「俺も、元貴が入らなくても軽音サークルには所属しようと思ってたんだ。そうじゃないと楽器を触る機会すら逃しそうだと思ったし、腕が鈍ったら元貴がいざ音楽やりたいってなった時に役に立てないしな、なんて」
そういって、若井は恥ずかしそうにはにかんでみせる。
「だから、元貴が少しでも楽器に触れたいってまた思ってくれるようになったのがすげぇ嬉しい。……もしもこの先、元貴が誰かと音楽をまたやりたいって思える日が来たら、俺にも声をかけてほしいな」
彼の言葉に、俺は深く頷いてみせた。
「あのさ、ありがとう」
思わず口をついて出た言葉に、若井が目を丸くする。
「若井が変わらず側にいて、音楽に関わるきっかけを作ってくれたから、今回の決断につながったんだ。だから、ありがとう」
それだけ、といって照れくささもあり俺はすぐに目を逸らした。あの件があってから、周囲とうまくなじめなくなり、だんだんと人が離れていく中で変わらずに側にいてくれたのは彼だけだった。俺が曲を書けなくなっても、頑なに音楽をやらないといっても、たくさんひどい態度をとっても、それでも彼は何かにつけて話しかけてくれ、また音楽をやろうと言ってくれた。うまく言葉にはできなくても、本当はそんな彼の存在がありがたかったのだ。
若井は口いっぱいにごはんをほおばりながら、へへっ、と少年のように笑った。
藤澤さんにも軽音サークルに加入したことを連絡すると、とても喜んでくれた。新入生の活動は基本的にGW後に始まるが、加入届けをすでに出しているなら練習室も好きに使っていいのだという。
『良ければ案内するよ!』
という藤澤さんの言葉に素直に甘えることにして、早速その日の午後にお願いして部室や練習室の使い方などを教えてもらうことになった。三限が終わると、若井が
「俺も加入届け出しに行こうかな、今日木曜だからちょうど説明会の日だし」
というので、藤澤さんからの連絡のことを話し、ついでに一緒に教えてもらおうということになった。
「……という感じで練習室の使い方についてはそんなものかな~。基本的に予約は早い者勝ちだけど、学祭前は出演バンドが優先になるから気をつけてね。最初のうちはサークル所有の楽器も貸し出せるけど、2人は自分の持ってるもんね?」
はい、と頷くと、若井が
「藤澤さんはキーボードっておっしゃってましたよね。それも自前なんですか?」
そうだよ~、と頷く。
「今日サー室に持ってきてるけど見る?」
「え、みたいです」
と、つい若井より先にくいつく俺。ちょっとだけ恥ずかしさがこみ上げる。
「じゃあちょうどこのあとサー室案内しようと思ってたし、このまま行っちゃおう」
サー室とは部活の部室同様、サークルごとに与えられた部屋で、軽音サークルのそれは実質溜まり部屋兼倉庫のようになっているという。サークル棟というところにまとめて集められているため、練習室のある棟からは少し離れており、キャンパス内でも外れた位置にあった。
「軽音」と明らかにマッキーで手書きしました、というようなドアプレートが踊る金属製の無機質な灰色のドアを藤澤さんが押し開ける。中は思ったよりも狭く、奥に長い10畳ほどの部屋で、6人くらいがパイプ椅子や床など思い思いに座って談笑している。
「あっ涼ちゃん、お疲れ様~。見ない顔だね入サー希望?」
「おつかれ!そう、なんともうこの2人は加入届けを提出済みです!拍手!」
わぁ!という歓声と共に拍手が沸き上がる。俺は圧倒されて、はぁ、どうも、とぎこちない笑みを浮かべていたが、若井は嬉しそうににこにこと笑って、ありがとうございます!よろしくお願いしまっす!馬鹿でかい声で返している。
「俺、若井っていいます!若井滉人!こっちは中学からの幼馴染で大森元貴っていいます!」
その時、部屋の奥のパイプ椅子に腰かけていた派手な髪色の女が
「えっ、『おおもりもとき』って、あの……?」
と驚いたように声を上げた。
コメント
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なんかもとぱが本音で会話している所が、良すぎて( ߹ㅁ߹) これからどうなるんだろ?
イッキ読みさせていただきました!めっちゃくちゃ文章書くのお上手で👏本物の小説読んでるんじゃないかってくらい楽しかったです!!続き楽しみにしてます!!☺️☺️
楽しみですねぇ☺️