金髪でインナーをピンクに染めた派手な髪色の女が、興奮した様子でこちらに駆け寄ってくる。
「えっ、覚えてないかな?無理か。あたし、高校生の時同じライブハウスで二人と会ったこと何回かあるよ!二人のバンドはちょー人気で、あたしらのはほんとその辺の有象無象だったから記憶ないかもだけど……」
女が口にしたバンドの名前は確かに聞いたことがあったので、その話はどうやら本当らしかった。
「とびぬけてすごかったし、メジャーデビュー間近ってすんごい噂になってて、だから急に何の前触れもなくライブでなくなってめっちゃ衝撃的だったんだよね~そのあとの情報も何も入ってこなかったから伝説化してて!えっそれがなんでうちの大学のサークルに?」
早口でまくしたてられ、思わずたじろぐ。当時のことを思い出したせいか、妙に手足の先が冷えていくのが分かった。そのとき、こちらをかばうように俺の前に藤澤さんが右手をさしだす。
「ちょっとちょっと、そんなすごい勢いで詰められたら誰でもびっくりしちゃうでしょ。せっかく入ってくれた新入生逃げちゃうよ」
おどけた風に女の肩を軽く小突くと、彼女は我に返ったように慌てて距離をとって謝り始めた。
「ご、ごめんなさい!あたしめちゃくちゃ憧れてたから興奮しちゃって……伝説化してるのもホントのことだし」
俺も若井もそろって、いえいえと首を振る。若井も女のあまりの剣幕に少し怯えているらしい。何とか取り繕うように貼り付けた笑みは引きつっている。
バンドを解散した後、活動を知っていた親しい人間にはよく質問攻めにされたが、それも俺が不機嫌さを態度にあらわにして距離をとってきたために長くは続かなかった。音楽関係者とは全く連絡を取らなくなっていたし、人気があったといっても所詮はメジャーデビュー前のバンドで一般的な認知は高くない。地元が近い音楽関係者ぐらいしか俺らのことは知らないだろうと思っていたが、まさかここでそういう人間に遭遇するとは。
気まずい雰囲気になりかけたが、そんな流れを一蹴するかのように藤澤さんが、あっ、と声を上げる。
「そうだ、ミズノ、確定新歓っていつだっけ」
ミズノ、と呼びかけられた男が「ちょっと待って……」といってスマホを取り出した。
「5月の9日だな。GW明けの週末」
「9日ね、ありがとー。確定新歓は加入が決まった新入生を歓迎する会だから2人にも予定空けといてほしいんだけど大丈夫かな?」
わかりました、と返すと横で若井も頷く。
「え、てか涼ちゃん今年GW帰る?」
ミズノさんがパイプ椅子から立ち上がりながら、藤澤さんにたずねる。
「うん、帰るよ~。うちのワンちゃんたちにも会いたいし」
そうか、新生活に余裕なく過ごしてきたが、今日は4月24日。もうGWも近いのだ。
「そっか。そしたらこないだのグループワークのメモ、ドライブに投げといて。GW明けの授業で発表だもんな俺ら。スライド作っとくわ」
「マジで!うわ助かる~ありがと~。お土産買って来るから」
親しげにやり取りする二人。ふとこちらの視線に気づいたのか、ミズノさんが口を開いた。
「あ、俺、涼ちゃ……藤澤と同じ教育学部3年のミズノっていいます。普通に「水」に野原の「野」。学年違うとあんま関わる機会ないかもだけど、二人ともよろしくな」
そうか俺ら自己紹介してねぇじゃん、といって他の面々も口々に名乗っていく。今日ここにいるのは3年生ばかりらしい。大体は皆バンドを組むとそのメンバーでつるむようになるので、全体としてのかかわりは薄いという。それもそのはず、どの学年も30人前後が所属しているらしく全体では100人近くいるようなサークルなので、誰が所属しているのかを把握するのも難しいらしいのだ。
普段の活動の様子や学祭の話などを聞かせてもらいながら、こちらの話に移る前に退散しようと考えていると、先輩の1人が不思議そうに
「そういえば二人はなんで藤澤と仲いいの?」
と聞いてきた。ガイダンスの日の出来事をありのままに話すと、その先輩はおかしくてたまらないというように吹き出す。
「いや、さすが藤澤って感じ!」
「涼ちゃんはサークル1のおっちょこちょいだもんね~」
と口々に言われ、藤澤さんは首を傾げながら、そうかなぁ、そんなことないと思うんだけどなぁ、と唸っている。
「でもキーボード弾いてるときはマジ別人だよ!ふだんこんなふわふわしてるけど……去年の学祭の時の動画あるよ!みる?」
いつ帰ろうかと浮かしかけていた腰を戻し、みますみますと頷く。え、ちょっとまってよ恥ずかしい!とわめく藤澤さんは他の先輩に押さえつけられてしまった。
スマホで撮影した画質の荒い動画だが、画面左端に藤澤さんらしき人物が見える。今と変わりない金髪だが、この頃は少しだけ髪の短いマッシュヘアだ。画面中央の背の高い黒髪短髪の男が軽く手を挙げるときゃあと黄色い歓声が上がる。1曲目は有名なJロックのカバーだ。全体的に激しい曲で、間奏などは皆でヘドバンしながらノッている。ていうか藤澤さん弾きながらめちゃくちゃ動くなぁ、楽しそう。いけるかーっと藤澤さんが大きく叫び会場を盛り上げラスサビ。
「ね、すごいでしょ、ギャップ」
と動画を見せてくれている女の先輩が楽しそうに声を潜めて言った。2曲目はオリジナルだ。キーボードソロの入りで始まるメロウな曲調は、盛り上がるところはしっかり盛り上げつつしっかりと聴衆を聴き入らせている、かなり難易度の高い曲だ。それに何より、藤澤さんのキーボードの良さが存分に生かされている曲だ。それは彼が目立つという意味ではなくて、しっかりとこの曲の根幹にあって支えているような。まるで、彼のために書かれた曲というように。
「この曲いいよね~わたしこれ超好き」
と誰かが呟いた。一音一音の存在が気づかないうちに自分の中に染み入ってくるような。でもこれって……。ふと疑問に思ったことが口をついて出る。
「あれ?作曲、藤澤さんじゃないんだ」
「そう、作詞作曲はこのボーカルのクロダ君だよ」
目の前の先輩がそう説明してから、少し驚いた様子でぱっと顔を上げた。
「えっ、なんで涼ちゃんじゃないってわかったの」
しまった、と顔を上げると、周りも怪訝そうにこちらを見ていた。
※※※
たくさん人がでてきますが、名前ありの登場人物は今後も物語に関わってきます( ˙-˙ )✧
もう少しだけサー室でのシーンが続きます
コメント
3件
涼ちゃんへの愛が凄いです。尊い🫠
曲聴いただけで涼ちゃんじゃないって分かるもっくん最高ですჱ̒✧°́⌳ー́)੭ 尊いですねぇ