テラーノベル
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鳴海と無陀野がビルへ向かっていた頃、屋上では淀川が窮地に追いやられていた。
暴走状態で五感が研ぎ澄まされているのか、自身の能力で姿を消している淀川への狙いが徐々に定まってくる一ノ瀬。
瓦礫だらけで足場が悪い中彼の相手をしていた淀川だったが、不意にバランスを崩し、その隙をついて右足を撃ち抜かれた。
逃げずに立ち回らなければいけない状況において、足を失うことはまさに致命傷である。
無数の銃を自分に向けている一ノ瀬を前に、淀川は静かに言葉を投げかけた。
「だからガキの子守りは嫌だったんだよ。」
「に…ゲ…て…」
「面目ねぇな、一ノ瀬ぇ。俺の死を背負うんじゃねーぞ?」
そう告げた淀川は、自分の死を受け入れたように穏やかな表情で目を閉じた。
次の瞬間、辺りはものすごい爆風と炎に包まれた。
襲ってくるであろう痛みや苦しみが全くないことに疑問を抱く淀川。
自分がまだ死んでいないことを自覚し目を開ければ、目の前には見知った顔があった。
「あぁ?」
「安らかな顔してどーした?あの世で隠居するには早過ぎるだろう。…待たせたな。」
「登場の仕方がむかつくんだよ。」
「…だそうだ。」
「?」
少し後ろに顔を向けながら、無陀野は誰かに話しかける。
淀川が何か言葉を発するのを待たず、彼の前にはもう1人…心底可愛がっている彼が現れた。
「真澄くん…!」
「! 鳴海…(わざとだな、クソ…)」
「ごめんね、遅くなって…」
「バーカ。お前の登場は満点だよ。」
「えっ?」
「…治してくれんだろ?俺の足。」
「もち!ちょっと触るね」
「状況説明は不要だ。大体見当がつく。鳴海、そっちは頼むぞ。」
「はーい!」
「ところでお前の”ソレ”はいつ撃つんだ?」
「急に現れて偉そうですね。…準備完了です。」
そう言った神門の横には、超大型の銃が生成されていた。
“死なないでくれ…”と大粒の涙を流して語りかけながら、その銃口を一ノ瀬へ向ける。
そして弾が直撃する寸前、一ノ瀬は自分を解放してくれる神門へ感謝の言葉を伝えた。
「あ…r…が…ウ”…」
「うん…」
爆発に巻き込まれないよう無陀野の背後に隠れていた鳴海は、目の前に広がっているであろう惨状を想像し目を開けられずにいた。
周りの空気が動く気配でようやく目を開けると、そこには全身が焼け爛れ、手足を失った一ノ瀬が横たわっていた。
元の姿が思い出せない程の状態に、鳴海は自分の涙が急速にこみ上げてくるのを感じる。
「おいおい、無陀野ぉ。流石に死んでるだろコレは…」
「ヒュー…ヒュー…」
「かすかに息がある。」
「えっ…!」
「マジか!この状態で生きてんのか!馬鹿はこうでなきゃな!」
「心音が遅い。治療が必要だ。…鳴海、しっかりしろ。出番だぞ。」
「うん…!」
無陀野に頭をポンと撫でられ、鳴海は気合いを入れ直すように両頬をパンッと叩いた。
と、同時に現れるもう1つの影…それは淀川の忠実で優秀な部下・並木度であった。
「遅くなりました。」
「馨か。いい所に来た。」
「隊長、足が…!」
「平気だ。鳴海の応急処置は受けてる。」
「良かった。それは…四季君…?」
「話は後だ。状況は?」
「下に野次馬が集まってます。報道も来るかと思います。」
「一ノ瀬を医療部隊の所まで運べ。」
「ハイ。」
「そうだ、一ノ瀬の名誉のために言っとくが、病院に火を点けたのも全部お前の…」
「わかってます。炎鬼の力を見た時にうっすら気づきました。もし四季君が犯人なら、あんな火事程度じゃ済まないって。」
「神門…」
「あっそ、じゃいいや。無陀野、鳴海。俺らは先行くぞ。」
「はいよー。…あー!真澄くん!大人しくしてて!すぐ行くから!」
鳴海の言葉に少し笑みを見せた淀川は、軽く手を上げて応える。
後に残った2人は、力を出し切り座り込んでいる神門を見つめていた。
「体力は0…僕はしばらく闘えない。簡単に殺せてラッキーだね。」
「別に殺さないが。」
「え…?殺さない…?何故…?」
止めを刺さない無陀野にそう問いかけた神門は、以前一ノ瀬も聞いた内容を告げられる。
鬼側が闘うのは、話し合いの席に桃を座らせるためなのだと…
自分達には全くなかった考えを知り、神門はハッとしたように目を見開く。
どちらかと言えば鬼側の考えに好意的な態度を示す神門だったが、そんな彼でもやはり鬼の暴走がある限り難しいのではと訴えた。
「言われなくてもわかってる。そこが”複雑”なんだ。」
「待ってください!四季君にゴメンと…謝っておいてください…」
「謝罪は自分の口から伝えないと意味はない。」
「けど、どんな顔して会えば…僕は彼にとんでもないことを。きっと会いたくないと思う。」
「あいつは単純で馬鹿だけど、人の気持ちはちゃんと汲みとれる奴だ。大事なのはお前がどう向き合うかだ。」
“俺は伝えない”
最後にそう言った無陀野は、去り際に鳴海へ目配せしてから姿を消した。
下の騒々しさとは裏腹に、残された鳴海と神門の周りはシンと静まり返っている。
最初に口火を切ったのは神門の方であった。
「…久しぶりです、鳴海さん」
「うん。お久、神門ちゃん」
「あなたが生きていたと聞いた時は驚きました」
「そんなに驚く?」
「まぁ。生け捕りにしろって言われてる鬼の名前であなたの実家からも探すよう言われてますから」
「やっぱそうだよね~。あのドブネズミ達まだ俺を捕まえようと……あ、捕まえる?多分褒賞?ってやつ出るでしょ」
「捕まえるわけない…!」
神門の言葉に、鳴海は笑顔を見せた。
勝手に勘違いして一ノ瀬に酷いことをしたのに、目の前の男は以前と変わらない態度で自分に接してくる。
そのことに神門は救われるような、苦しいような…何とも言えない感情が沸き上がる。
「鳴海さんは……怒ってないんですか?僕の勘違いで、四季君があんなことになって…」
「いや別に?」
「えっ…」
「ちょっとしたすれ違いでケンカしただけでしょ?そんなこの世の終わりみたいな顔してないで、シャキッとしな!」
「でも…あの状態じゃ…元に戻るか…」
「それを元に戻すのが俺達の仕事だよ。」
「!」
「大丈夫。必ずまた、神門ちゃんの前に四季ちゃんを連れてくる。次は俺が頑張る番!」
目線を合わせるように膝をつくと、鳴海は穏やかな表情でそう告げる。
その優しい表情と言葉は、神門の涙腺をいとも簡単に刺激した。
慌てて涙を拭う姿を笑顔で見つめていた鳴海は、続けて言葉を紡いだ。
「んじゃ、次ね。2番目に痛いとこはどこ?」
「え?」
「心は専門外だけどその以外なら治してあげられる。」
「…一番痛いとこが痛すぎて、他は…わからない。」
「そっか…じゃあ全体的に診て、特に酷そうなところだけ処置するね。」
有無を言わさず処置に入る鳴海を、神門は静かに見つめる。
何故この男は何の躊躇いもなく、敵であるはずの自分を助けているのか。
どうして怒りの感情を一切ぶつけず、こんなに穏やかに自分を受け入れてくれるのか。
鳴海の言動1つ1つに、神門は疑問が尽きなかった。
「……よしっ、一旦完了かな。骨は折れてないと思うけど、精密検査は必ず受けること。」
「……んで…」
「応急処置しかしてないから、救護班の人にすぐ診てもらってね?」
「なんで、僕まで…」
「?だって四季ちゃんが元気になった時に神門ちゃんがボロボロじゃ絵にならないじゃん。会いに来てくれるんでしょ?」
「!」
「さっき無人くんも言ってたけど、四季ちゃんは話せばちゃんと分かってくれる子だよ。だから神門ちゃんさえその気があるなら、また声をかけてあげて欲しい。俺さ、神門ちゃんと四季ちゃんなら絶対大丈夫だと思ってるんだ。あんなに趣味の話で盛り上がれる人、そうそう巡り会わないよ。大事にして損はないと思うけど!」
「……」
「それとこれは勝手に恩を返したいだけだからさ」
「恩を返す…?」
「前、俺の事庇ってくれたでしょ?だからそのお礼ってことで!」
そこまで一気に言うと、鳴海は”じゃあね!”と告げ、屋上を後にするのだった。
ビルの裏手に出てきた鳴海は、人目を避けてアジトへ戻ろうとする。
だが辺りを警戒してキョロキョロしていた矢先、死角から頭にコツンと拳が当てられた。
「きゃいん!」
「遅い。こんなに長い時間いていいとは言ってない。」
「無人くん…!ご、ごめんなさい。つい…」
「はぁ…」
「…待っててくれたの?」
「俺がいないと、まともに帰って来たことがないからな。」
「うっ…」
「ほら、早く掴まれ。帰るぞ。」
「はい!」
自分の方へ手を差し出す無陀野に、鳴海は明るい笑顔で返事をした。
アジトには、彼の治療を待っている重症患者が3人もいる。
そんな大仕事と少しの不安を抱えた鳴海の元に、意外な救世主が現れるのだが…
それはまた次のお話で。
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