テラーノベル
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その日の昼頃には、リリアンナとふたり、駅のホームへ立っていたランディリックである。従者も数名引き連れてはいるが、彼らは主従の距離を弁えて少し離れた位置に控えている。
筆頭従者のディアルトが積み込む荷物を確認しており、ほかの者たちは周囲の乗客の様子をさりげなく見張っている。護衛として王命を帯びた主君の警護に抜かりはない。
ランディリックとリリアンナが乗るのは、一等車両の中でも特別扱いの個室サロン付き客室で、リリアンナの着替えや体調を気遣えるよう、十分な空間が確保されている。
必要があれば従者の一人が隣室で控える手筈だが、今のところ、リリアンナが他人の視線を強く恐れていることを配慮して、極力ふたりきりになるよう配慮していた。
遠くで汽笛が鳴る。
リリアンナの手には小さな旅行鞄。服装は昨日のドレスとは違う淡い桜色のワンピースだ。ウィリアム邸の侍女たちが、痩せ体型のリリアンナのために、既製品を大急ぎで仕立て直してくれたものだった。
「ランディ。……ニンルシーラは、寒いところなのですよね?」
線路を前に立ち尽くしたまま、リリアンナがぽつりと呟いた。ランディリックが昔を思い出して彼女のことを敢えてリリーと呼び続けた甲斐あって、リリアンナも昔のようにランディリックのことを〝ランディ〟と呼んでくれた。
そのことがただただ嬉しくて、ランディリックはそんなリリアンナの隣に立ち、彼女の横顔を優しく見つめる。
「確かにここよりは寒いが……その分、景色は美しい。それに……実は六年前、キミに貰った林檎の種から育てたミチュポムの若木も数本あるんだ。おそらくリリーが無事一人前の淑女と認められて……社交界デビューを迎える頃には、実を結ぶと思うよ?」
ランディリックのその言葉に、リリアンナが驚いたように目を見開いた。
「……え? うそ。ミチュポムの木が……あるの?」
「ああ、ある。幼いキミが弱っていた僕に優しくしてくれたのを忘れたくなくてね、庭師に頼んで庭で育ててもらってるんだ」
ランディリックの瞳が、真っ直ぐにリリアンナを見つめる。
「私、もう……ミチュポムの木には会えないと思ってた……」
リリアンナの目に、ふっと涙が滲む。
ぽつりぽつりと語り始めた声は震えていた。
「……ランディと同じようにお母様と一緒に種を植えて育てたの。お日様が大好きな木だったのに……。あの木がなくなったとき、お母様と一緒にお世話をしたのも、夢だったのかなって思っちゃうくらい辛かった……」
そこでリリアンナは、堪え切れなくなったみたいにポロポロと涙をこぼす。
亡き母との大切な思い出の詰まった木を、エダに伐られてしまったのが悲しくてたまらなかったのだと肩を震わせて訴えるリリアンナを、ランディリックは無言で抱き寄せた。
どのくらいそうしていただろう?
汽車が大量の煙を吐きながら滑り込んできた。旅立ちの時が迫る。
「さあ、行こう、リリー。これからは僕のもとで失われた貴族としての誇りと尊厳を取り戻すんだ」
リリアンナはそっと頷き、ランディリックの差し出した手を取った。
新しい世界へと向かう、その小さな決意を胸に――。
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