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《巨大都市スコーピオル中央城》
「はぁぁっ!……のじゃ!?」
「ククク……どうした? 何もない空間に向かって剣を振るとは」
「ど、どういうことなのじゃ……こ、ここは!?」
ルカが立っていたのは、もうボロアパートではなかった。
最初に転移してきた、あの不気味な部屋——魔王アビの王室だった。
王専用の玉座に腰掛けた細身の魔王アビは、片眼鏡越しにルカを見下ろして笑っている。
「……他の奴らは、どこへ行ったのじゃ?」
周囲に人影はない。部屋にいるのはルカとアビ、ふたりだけ。
「少し貴様に聞きたいことがあってな。余計な雑音があると、会話に集中できんだろう? 紅茶はどうだ?」
ルカの横には、いつの間にか白い机とイス、そして湯気の立つ紅茶のカップが用意されていた。
「……魔眼、か」
「ご名答。ほう、察していたか。やはり貴様、人間ではないな?」
「どうじゃろうな」
「とぼけるな」
その言葉と同時に、アビは指先を弾き、小さなナイフをルカへと投げ放つ。
殺意を込めた鋭い軌道——しかしルカは、一歩も動かずにそれをかわした。
「この暗闇の中、魔法も使わずに今の攻撃を避けられる人間など存在しない。……いや、伝説の【勇者】ならば話は別か。まぁ、そんな存在が本当にこの世界にいるかどうか、怪しいところだがな」
「ほーう? 確かに……お互いに話すことはありそうなのじゃ」
ルカは臆することなく用意されたイスにドカッと腰を下ろし、目の前の紅茶を一気に飲み干す。
「ほれ、ワシにおかわりを注いでくれんかのじゃ?」
「よかろう」
アビはその場から姿をかき消すように一瞬でルカの傍へ現れ、優雅な所作でティーポットを持ち上げる。そして魔力を込めながら紅茶を注いだ。
「いちいち魔眼など使わずとも良いのではないかの?」
「俺は慎重なんでな。敵が目の前にいるのに、出し惜しみはしない主義だ」
「貴様の魔眼に対処できぬ限り、ワシに勝ち目はない……ということじゃな」
アビも静かにルカの正面へ腰を下ろし、自身のカップを持ち上げる。
「さて……俺の予想では、お互いに知らぬことが多すぎる。だがな、俺が拷問しても貴様は口を割らぬだろう。そこでだ、ひとつ提案がある」
アビはそう言うと、机の上に小さなガラス玉を「コトッ」と置いた。
「これはなんなのじゃ?」
「これは【フォーセルド】という魔道具だ。魔力を流しながら発言し、もしその内容が嘘ならば——この玉は赤く光る」
「なるほど、なのじゃ」
「お互い、この【フォーセルド】を用いて情報を交換しようではないか。損はないはずだ」
「ふむ……良いじゃろう。では、どちらから訊ねるのじゃ?」
ルカは再び紅茶を一気に飲み干すと、カップを机に「カタン」と置き、迷いなくガラス玉に手を添えた。顔色ひとつ変えず、堂々とした態度だ。
「俺から提案したのだ。何でも訊いてみるがいい」
アビもまた、ゆっくりと手を伸ばし、ガラス玉に触れる。
「では此方からの質問なのじゃ。なぜ貴様は『女神』を殺そうとするのじゃ?」
「知れたことを。『女神』はこの世界にとって絶対の悪……だから殺す。排除する」
ルカはチラリとガラス玉を見やる。玉は赤く光ることなく、静かに淡く光を灯していた。
「なるほど……聞き方が曖昧だと逃げ道を与えてしまうのじゃな」
ルカが小さく呟くと、アビは微笑を浮かべた。
「では次は俺の番だ。――貴様の“本当の姿”は何者だ?」
「人間なのじゃ」
ルカがそう答えると、ガラス玉がピクリと脈打ち、赤い光を放った。
「……嘘をついているな」
「お互いに確認をしてなかったのじゃ、この魔道具が本物なのかもかねて、なのじゃ」
アビは満足げに頷き、ふっと小さく笑った。
「フフ……安心しろ。【フォーセルド】は本物だ。ちゃんと俺にも反応する。見せてやろう」
そう言って、アビは堂々と告げる。
「俺は下級吸血鬼である」
次の瞬間、ガラス玉が同じように赤く光った。
「……」
ルカの視線がわずかに鋭くなる。
「確認は済んだようだな?では、次はこちらの番じゃ」
ルカは静かに告げる。
「……ワシは【クリスタルドラゴン』なのじゃ」
「な……!?」
アビの瞳が見開かれる。急いで視線をガラス玉に移すが――光はない。
静かに、確実に、【真実】を告げている証拠だった。
「……なるほど。『女神』が傍に居たとするなら合点がいく。我らのことも把握し、あの人間離れした力……それも説明がつく。だが――なぜそんな姿に?」
「それは質問なのじゃ?次はこちらの番なのじゃ」
「……ちっ」
アビは不満げに舌打ちをして、次の問いを待つ。
「う〜む、では尋ねるのじゃ。お主の【魔眼】の能力とは、なんなのじゃ?」
アビは鼻で笑いながら答える。
「我が【魔眼スコーピオ】の能力は――【時を止める】。対象は“個”でも“全”でも構わん。この世界そのものをも凍らせる」
「……なるほど、嘘ではないようじゃな。良いのか?そんな大切な能力をワシに教えてしまって」
「フン。我が能力を知ったところで、攻略など不可能だ。せいぜい、冥土の土産にでもするがいい……太古のドラゴンよ」
「調子に乗るでない、膨らんだだけの風船が“人間ごっこ”をしおって……」
「それはお互い様だろう?その体で偉そうに……何様のつもりだ?」
ふたりの間に静かな火花が散る。
「では――そろそろ本題だ。『女神』の居場所を教えろ。どこに隠した?」
アビが問い詰めると、ルカは口元をつり上げ、挑発するように言った。
「知らない、なのじゃ」
「……!?」
ガラス玉は、まったく反応しなかった。
嘘ではない――つまり、真実。
ルカは“あの時”、アビに時間を止められていた。気づけばこの部屋に転移させられていたのだ。
つまり――【今、アオイがどこにいるかなど知らない】。
「ちっ……」
アビの表情が一瞬だけ歪む。
予想が外れた――【スコーピオ】で時間を止めた際、すひまるの部屋に『女神』が居なかった。
ならば、どこかに隠していると読んでいたのだ。だが、それはハズレだった。
「残念じゃったのぅ。では――次の質問じゃ。【勇者】は恐いか?なのじゃ」
突如として飛び出した質問に、アビは一瞬眉をひそめる。
なぜ今、その話を……?
しかし、問いには正直に答えるしかない。
「恐い」
ガラス玉は――反応しない。
嘘ではない。
「ほう、そうかそうか、恐いのか。なのじゃ♪」
ルカが笑みを浮かべる。
その姿に、アビの目が細くなる。
「何がおかしい?」
「別に。ただ、魔王が恐れるものとは……興味深いのじゃ」
「フン……古来より我ら魔王にとって【勇者】とは天敵。
その圧倒的力の前には、魔王とて部下を率いて、全身全霊、全力を尽くして挑むしかない。
だが、それすらも凌駕すると言われるのが――【勇者】という存在だ。
恐くないわけがない……だが、それは大昔の話だ」
アビは一息つき、冷たく言い放った。
「今の時代に【勇者】など……存在しない」
「本当に、そう思うのじゃ?」
「何を言って……?」
その時だった。
《巨大都市スコーピオル》――明かりのない、深い闇に包まれた都市。
その天蓋を突き破るように。
存在するはずのない【太陽】が、空に現れた。
「な、なんだこの光は!? こんなもの、どこから……!」
アビが立ち上がり、ルカの背後――壊された壁の向こうから差し込む光を睨みつける。
眩いばかりの輝きが、室内を白く染める。
「間に合ったみたいなのじゃ」
ルカは椅子から腰を上げず、淡々と告げた。
「貴様……何をした!」
アビの声には焦りがにじむ。
だが、ルカはゆっくりと手元のガラス玉を掲げて――
「゛ワシ゛は、何もしていないのじゃ」
ガラス玉は――光らない。
それが“真実”である証。
アビがそれを目で確認した瞬間、ルカはにやりと笑って――
そのガラス玉を、軽く壁に向かって投げつける。
――パリンッ!
高く澄んだ破砕音とともに、真実の器が砕け散った。
「さて……では、紅茶のおかわりを貰おうか、なのじゃ♪」
ルカはゆっくりと自らティーポットを持ち、紅茶を注ぐ。
一口。
そして、音もなくコップを置く。
「さぁ――【魔王】対【勇者】の開戦なのじゃ」
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