『飴村くん』
『ん、?なーに?』
突然名前を呼ばれ振り返る。愛想をばら撒き微笑みを作り、完璧な姿勢で。
『好きです』
真っ直ぐな眼差しでそう言われ少し照れくさくなる。どうでもよかったはずの相手にこんなに心を揺さぶられるのも少し腹が立つが…それ以上にムズムズとした感情の方が大きかった。
頬をポリポリと人差し指でかき、目を泳がす。自分でも分かるくらい体温が高くなっている。
『僕も』
そういうといつものように上機嫌になるのが神宮寺寂雷だった。表にあまり見せないがなんとなく行動でわかる。
翌日
昨日は寂雷の機嫌を良くしてから仕事のためと事務所に帰ってきた。締切の終わりは全然間に合うが早めに終わらせてあの二人と遊びに行く約束をするんだ。と意気込みを入れていた。
『うぅ、寝れてない』
遊びに行くためだけに?なんて言うやつは最低だ。僕は1秒1秒を大切にしたい。
『は、なにこれ長…誰用の服だよ』
少し作業をしていると1枚の服を見つけた。
袖が長かったりするその服は完成間近と言わんばかりに仕上がっており少し手直しする場所などを探したりデザインを増やせば完成だろう。
無地の布に小さかったり大きかったりする特定の模様が目立たないようにデザインされていた。
少し腕を通して布の感触とかを見たかったが袖が長すぎる。ふと思い浮かぶがこの服に合う身長のやつなんて一人しかいない。
呼ぶか。
数分後
ピロロロロロロ
『開いてるよ〜』
『何の用ですか…?』
上がってくるなり要件を問われた。めんどくさくて少し適当な文章になってしまったからだろう。
『そこのトルソーに着せてある服着てきて、カーテン閉めとくから』
『はぁ、分かりました』
沈黙が続く中僕は必死になって作業を続ける。会話なんて望んでないから別にどうでもいい沈黙だった。
『着ましたよ』
『ふーん、で、感想は?』
『えっ?』
『着心地とかそーいうの』
ああ、なるほどと納得したように声を出した寂雷を前にして服作りに集中する。
着心地のよくてその人が好きだと思う服を作りたい。あいつがそうだったように。
『居心地はとてもいいですよ。動きやすいですし』
『分かった』
ペンをとって紙にメモをする。次に活かせるようにとモデルさんに着てもらった時などはたまにメモを取っている。
『こういうものに真剣な飴村くんのこと、好きですよ』
『はぁっ?!』
も〜!!と声を出す。何度言うのだろう、とモヤモヤしてたまらない。
『あぁっ!!もうっ!!好きって言い過ぎ!!やめてくんない?!何回言うの?!』
少し残念そうな声が寂雷が着替えていた部屋から聞こえた。胸がムズムズして変な感じがする。それが少し嫌だった。だから言われない方がいいと思ってそういってしまった。
1週間後。
『飴村くん?眠いのかい?』
『んーん』
あれからずっと好きと言われなくなった。心は揺さぶられなくなり少し落ち着いた関係となった。
そのせいか心はモヤモヤとしている。心の奥底で好きと言われたいと思っていることに気づくことはなかった。
そしてなんで好きと言われなくなったかすら忘れていた。胸がモヤモヤする。そんな中寂雷の肩に頭を落としソファに座っていた。
そりゃあ眠いかとも聞かれるだろう。少し元気が落ちたような声と元気でない顔。そこから眠そうにしていると勘違いされたのだろう。
『ね、ねぇ、寂雷』
そっと話しかける。
寂雷はこちらに顔を向けなんですか?と聞き返した。
『なんで好きって言ってくれないの?』
『僕嫌われるようなことでもした…?』
続けて1つずつ聞いていく、何をしたの?と聞くが返事はひとつ遅れて返ってきた。
『………………はぁ、飴村くん…』
『?』
呆れられたかのように言われハテナを浮かべる。僕が一体何をしたって言うのだろう。
『私は君に好きと言わないでと言われたから言わなかったのだよ?』
『へっ?そ、そーだっけ…?』
今の今まで忘れていた記憶を取り戻した。なんて馬鹿なことを…なんて少し恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になっていることは自分でも分かるくらいだった。
顔を隠すように自分の顔を手でおおった。
『嫌ってないですし、こちらは我慢してたというのに』
『うるさい、忘れてただけ』
恥ずかしいと言う気持ちが込み上げてきて手で顔をおおったまま返事をする。
『はぁ、』
『…………』
不意打ちをつかれそう言われる。僕は黙り込んでしまった。何度も何度も言われるその”好き”にはきっと我慢した1週間分の愛が込められている。
『うっさい』
嬉しいのかもしれない…
胸がポカポカして、そして同時にムズムズする。その愛を否定するような言葉を使ってしまうのは照れくささが大いに上回っているからだろう。
『…僕も好き』
小さな声でそう言い放った。
『何か言いましたか?』
『バカ!!』
好きと何度も言われると無くなった時に無性に寂しくなってしまう。だからこそ好きが多すぎて困ってる。だけど悪くは無い。
そしてまた好きと何度も言われる日常の再スタートだ。
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