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夜は、思ったよりも静かだった。
正確には――
静かな雨が、すべての音を包み込んでいた。
任務を終えた調査兵団の兵舎。
傷の手当てと報告を終え、灯りは落とされている。
雨粒が窓を叩く音だけが、一定の間隔で夜を刻んでいた。
そんな中、
レイ・ヴァイスは、自室の寝台に腰を下ろしながら、自分の手を見つめていた。
震えてはいない。
だが、昼間の光景が脳裏から離れない。
巨人のうなじ。
刃が入る感触。
倒れた時の、鈍い音。
(……生きている)
ギィ…
小さな音。
扉が、静かに開く。
「……まだ起きてやがるのか」
低い声。
レイは顔を上げた。
「……兵長」
立ち上がろうとするが、
リヴァイが手で制する。
「てめぇの部屋だけ、まだ少し明るかったから気になっただけだ。そのままでいい」
近づく足音。
距離が、近い。
「……初陣だったな」
「はい」
「初めてにしちゃあ、悪くねぇ動きだった。」
短い評価。
けれど、昼間より少しだけ柔らかい。
「……ありがとうございます」
しばらく沈黙が続く。
だが、なぜだかこの空気が居心地良かった。
雨音だけが、静かな部屋に響く。
「眠れねぇのか」
「……はい」
まだ、微かに昂っている心を落ち着けながら、レイは静かに答える。
リヴァイは、壁にもたれて腕を組む。
「初めては、そんなもんだ」
淡々とした言い方。
だが、どこか経験に裏打ちされた重みがあった。
レイは、少しだけ視線を落とす。
「……兵長は」
「俺は慣れてる」
即答。
「……だが」
「今日みてぇな夜は、”あの日”の事を思い出す」
レイは目を瞬いた。
リヴァイが、自身の話をするとは思っていなかったからだ。
窓の外で、雨が少しだけ強まる──
「……あの日も雨が降っていた」
「今日みてぇな穏やかな雨じゃなかったがな。」
そう語りながら、リヴァイは窓の外を見つめる。
その姿は、
いつもの完全無欠な”兵長”ではなかったように、レイは感じた。
「俺はあの日、選択を間違えた」
淡々とした口調。
だが、言い切りの奥に、消えない重さがあった。
「守れたはずの仲間の命を 2つ…」
「俺の誤った選択で、救えなかった」
レイは、息を呑んだ。
出会ってまもない、新兵の自分に向けられる言葉ではない。
そう思いつつも、レイはリヴァイの言葉に耳を傾けた──
「……雨の音を聞くと、嫌でも思い出しちまう。」
「血なまぐさいにおい、巨人共の呻き声と仲間の声、そして 刃の切れる音…」
雨音が、窓を叩く。
「……全部、思い出しちまうんだ。こういう夜は――」
そこで、言葉が途切れる。
リヴァイ自身、話し過ぎたことに気づいたようだった──
「……今のは、忘れろ」
レイは、首を横に振った。
「忘れません、絶対に」
リヴァイは、わずかに目を細める。
「……勝手な奴だ」
そう言いながらも、レイの行動を否定はしなかった。
「……私は、兵長が救えなかった2人の代わりにはなれませんし、兵長もそんな事は望んでないと思います。」
一呼吸おき、レイが口を開ける
「ただ、私は絶対に死にません。」
「 兵長がどんな選択をしても、私が間違いにはさせません。」
寝台から腰を上げ、レイはリヴァイの前に立つ。
そして
右の拳を、自身の心の臓に当てて言った
「生きる為に、貴方の隣に立つ為に、私はここまで来ました──」
リヴァイは、
レイの目を見ながら、小さく息を吐いた
「そうか……今日はもう寝ろ」
そのまま、リヴァイは扉へ向かう。
だが、出る直前
「……レイ・ヴァイス」
彼女の名を呼び、振り返る
「お前の言葉を信じてやる、
絶対に死ぬな。生き残れ。」
その言葉は、
命令でも、評価でもない。
ただ、切実に願っているかのような
そんな響きだった。
「……はい、兵長。必ず」
リヴァイは、それ以上何も言わず、
扉を閉めた。
残された静けさ。
部屋の微かな明かりが、彼女を照らし
レイは、そっと息を吐きながら
再度寝台に腰をかけた。
(……近づいた、のかな)
触れてもいなければ、言葉も少ない。
それでも確かに、2人の距離が変わった。
静かに雨音が響く夜は、
二人の関係に、確かな線を引いた。
“上官と部下”だけではいられない、
そんな予感の線を。