テラーノベル
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王城の中庭にて。
カイルに殴り飛ばされたアラン・スミスは、仰向けに地面に横たわり、ボーとしていた。
――うまく洗脳できなかったなぁ。
――もとの世界じゃこんなことはなかったけど。
「……精神汚染がパラサイトの方に吸われるんだよねえ。ズルいよ、あれ。頭の中に脳みそ二つあるんだもん」
空中に黒い渦が生じ、その中から声がした。
「……もう終わりですか?」
黒い渦の中から、黒マスクをつけた背の高い女が現れる。
顔のパーツや髪型はリシェルによく似ている。ただし彼女を十年分成長させたような身体つきだ。
「やあ、ヴィヴィアン。お迎えご苦労様」
第五皇子ヴィヴィアン・カーヴァンクル。
八王国の一つ、ディアボロスを侵攻しに来た際の事件を経て、アラン・スミスにとって唯一の助手となっている。
「観測所に帰りますか?」
「うん、マーキングは済ませたからね。最低限は楽しめる」
「ああ、視座ですか」
視座。あらかじめマーキングした対象と視覚をリンクし、その視界を映像化できる魔術だ。
リシェルが各国の召喚の儀を映像化するために使ったそれと同じものを、彼はリシェルを対象にかけてある。
カイルがリシェルの傍を離れない限り、継続して彼の動向を追えるだろう。
「リシェル嬢が羨ましいね。この世界の変遷を特等席で見れるんだから」
「アラン様ほどの人が羨むほどの子でもないでしょう」
「ん、ん-? ああ、そうか僕は今アランを名乗ってるんだっけ?」
「……アラン・スミスは偽名ですか?」
「うん。僕が元いた世界じゃ、偽名として有名なんだ」
黒い渦が二人を包む。ヴィヴィアンが好んで使う瞬間移動の魔術だ。
闇に呑まれる直前、アランは名残惜しそうにカイルたちのいた王城の窓を眺めた。
「残念だなぁ。この世界は、彼の傍で撮ってこそ面白いのに」
観測所。
アラン・スミスの拠点。
雲母のように滑らかにきらめく黒い外壁の中、銀の球体が浮かんでいる。
まるで割れた鏡のように、球体に数多の鏡面が寄り集まっていた。
ひとつの鏡片には、銃声が鳴り止まない街が映る。
血と硝煙の中、ギャングたちが下品な笑みを浮かべている。
別の鏡片の中では、暗雲に切れ込みが入り、空が裂けている。
ブロンド髪の大男が死体の山の上で両手を広げ、静かに目を閉じ、雨に打たれている。
無数の鏡面一つ一つが、別々の視点から、崩壊する世界を映し出す。
数千の生物を対象に視座を施した、アラン・スミス自慢の監視モニターだ。
部屋の中に黒い渦が生じ、ヴィヴィアンとアラン・スミスが降り立った。
「ご機嫌いかがですか? 契約者の皆さま」
アランが言った。
球体を取り囲む黒い外壁、その黒の中から、ゆっくりと目が開く。
一つではない。十。二十。百。千、万。
人間の目。瞬きもしない、濡れた視線がアランたちを取り囲む。
「特異点の懐柔は失敗です。ご期待の映像を用意できず、申し訳ございません。ですがご安心ください。世界で二番目に面白い映像をお見せしましょう」
無数の目玉が、一斉に動く。
焦点は、中央の割れた鏡に向く。
アランが指を鳴らすと、千を超えていた様々な映像が、すべて同一になる。
そこに映っていたのは――。
「ヒャッッハァッ!」
ギャングたちが雄たけびを上げていた。
もとはエイリアンの艦隊だったであろう、円盤上の宇宙船が、瓦礫となって彼らの足元に広がっている。
「兄貴! このビーム打てるやつ持ち帰りましょう!」
銀河の超文明の結晶、光学位相収束砲である。
「兄貴! このキラキラ光るきれいな玉も持ち帰りましょう」
超文明の結晶、量子演算核である。
「兄貴! このなんか勝手に直る板も持ち帰りましょう」
超文明の結晶、自己再構築有機装甲である。
ギャングたちはニコニコで、戦利品を頭上に掲げている。
リーダー格の男が大笑いした。
「オーケーオーケー好きにしなぁッ! うちのドクターも大歓喜だぜ!」
その時、エイリアンの艦隊が空を埋め尽くした。
「兄貴! 奴らの援軍が来ました!」
兄貴分は黒い輪状の装置を地面に叩きつける。
途端、半径百メートルの重力が逆転した。
円盤が空へと吸い上げられていく。
「堕ちろ」
兄貴分が言うと、装置にわずかな光が灯った。
自由落下ではありえない速度で円盤が地面に吸い寄せられていく。
一機残らず地面に深く深くのめり込み、新たな瓦礫の山を作り上げた。
「良い拾いもんしたもんだぜ! エイリアンも全滅だぁ! 最高だぜこの玩具はよおお!」
「え? 面白くない? まあ、確かに、映像にあるギャングもエイリアンも、幾万の軍勢の一小隊に過ぎません。この一派が両方死んだところで、どちらの戦力も大局に影響ないでしょう。ぶっちゃけ、つまらない小競り合いです」
無数の目がかっと見開き、怒ったようにアランをにらみつける。
「ここからが大事な話です。僕がヒャッハァ兄貴君の拠点近くに置いた玩具、名を重界転輪というんです。何を隠そう、隕石世界の遺物でございます」
目がピクピクと動く。
アラン・スミスにだけは、契約者が何を言いたいかわかるらしい。
「使っても大丈夫? 良いわけないでしょ? だってあれ、隕石群の飛来を招いた重力異常の元凶ですもの。ヒャッハァ兄貴君がUFOを墜とすために乱用したせいで、月の軌道も曲がりました。二十四日のタイムリミットは早まっているのでございます」
幾千もの目が、期待に満ちた様子で輝く。
「早まるって、具体的には? そうですね、あー、今試算結果が出ました。月の衝突は今から二十四日後……あれ? 変わってない?」
アランは黒縁眼鏡を正して、手元にあるスマホを見直す。
「失礼。見間違いでした。月の衝突は、今から二十四時間後でございます!」
ヴィヴィアンが茫然とした顔をする。無数の目が一斉に笑う。
アランも満面の笑みを浮かべ、両手を広げた。
「ご契約者様! どうせ目しかない貴方がたには、是非とも刮目していただきたい! この僕が、必ずや終末世界を加速させ、最高のエンターテイメントをご覧にしてみせましょう!」
賞賛の色を称えた無数の眼を背に、アランは身を翻し、球体に向かい合う。
画面はギャングたちでなく、いつの間にかカイルを映している。
「特異点たる君の視点じゃ、災厄を招いた八王国のお偉い方はさぞかし馬鹿に見えたんだろう。でも、そんな君も、きっとすぐに思い知る」
アラン・スミスはうっすら笑う。
「君が思う以上に、人類は馬鹿なんだ」
同時刻、会議室にて。
リシェルがホワイトボードに字を書きなぐり、熱弁をふるっていた。
「つまりですね、”実は主人公を洗脳してた系黒幕キャラ”にはですね、口調と見た目、魔王の娘というステータスその他諸々含めて私の方が似合うんです! むしろ私があのポジションに収まりたかった! だってカッコイイじゃないですか!」
「……くだらねえ」
アラン・スミスが抜けた後、二人で進める作戦会議はあまりにもグダグダだった。
よほど退屈だったのか、ゾンビの腕の中でメリーさんは眠っている。
月が衝突するまで、あと二十三時間。
ホワイトボードに書かれている『ゾンビ十五万人総動員巨大怨霊創造大作戦』(リシェル命名)を実行するには、ゾンビ軍団を怨霊世界近辺まで運ぶ必要がある。
もうとっくに時間不足、実行不可能になっている。
リシェルとカイルはまだ、そのことを知らない。
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