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転移した場所は後方支援の人たちの緊急避難所だった。私と違って、後方支援の人たちは戦えない人が多い。
そんな人たちが戦場に出れば足手まといになるだけなので、緊急避難所に逃げるように言われていた。
緊急避難所は宿営地とは少し離れた場所にある。もう少し近い所に転移したかったが、安全な転移先はこの場所しか思い浮かばなかった。
転移した所に魔物がいたら終わりだからだ。突然現れた私たちに多くの人が驚いた。でも、すぐに状況を理解してくれて、現在の時点でわかっていることを教えてくれた。
魔物の数に押され、宿営地付近までは突破されてしまっていたが、宿営地にいた隊員たちが参戦したため、そこで何とか食い止めることができたらしい。
もっと早い時点で助けを呼べないほど、犠牲者が出ているのかと思うと恐ろしかった。
「ねえ、アイミー。私たちには用はないでしょう。帰りましょうよ」
「レイロ、あなたは今すぐに宿営地に向かって、エルたちと戦ってきて!」
「わかった!」
「ちょっと、レイロ! 駄目よ!」
走り出したレイロを追いかけようとする、お姉様の腕を掴む。
「お姉様、あなた一人で追いかけるのは危険ですよ」
「……わかったわよ! 一緒に行けばいいんでしょ!」
お姉様はヒステリックに叫ぶと、私の手を振り払って歩き出す。緊急避難所は宿営地から小高い丘を越えた所にある。
丘の頂上から宿営地方向を見ると、酷いことになっていた。色んな所から火の手が上がり、魔物と人が入り混じって戦っている。
まずは水の魔法を使って消火したあと、呆然としているお姉様に話しかける。
「あなたが逃げなければ、ここまで酷くなっていないでしょうね」
「そんなことはないわ! それよりも何をするつもりなの? あの中に入って戦うつもり!?」
「いいえ」
あの中に入って戦うこともできる。だけど、今はそんなことをしなくても、多くの魔物を排除できる。
魔物の体は光の魔法に少しでも触れれば、砂のような細かい粒子になって消えてなくなる。それならば、もっと早くに光の魔法を使えば良いという話なんだけど、光の魔法は普通の魔法に比べて、かなりの魔力を使うため、私でも辛かった。
「お姉様、私、魔力を奪う魔法を覚えたんです」
「……どういうこと?」
聞き返したお姉様は、すぐに驚愕の表情を浮かべて逃げ出そうとした。
「どこへ行くつもりですか、お姉様」
「どこへって、あなた、私の魔力を奪おうとしているんでしょう!? 駄目よ! 私はレイロと一緒にここから逃げるんだから!」
「逃げなくても良いようにして差し上げます」
にこりと微笑むと、お姉様は今にも泣き出しそうな顔になった。
彼女の魔力は私と変わらないか、もしくは少し少ないくらいだと、お姉様から教えてもらっていた。
でも、実際は違った。
ミレイの魔力はどうなるのだろうかと両親に聞いた時に、かなりのものになるだろうと言われた。その時に、お姉様の魔力の数値をお父様が教えてくれた。
私の魔力が一万だとすると、お姉様の魔力は五万以上もあった。
魔力の量が同じくらいだったのは小さい頃の話で、大人になってからはそれだけの差が付いていたのだ。お母様は、お姉様が長女だから魔力が多くなった可能性が高いと教えてくれた。
そんなにも魔力があるのなら、どうして他の人のために使おうと思わなかったんだろう。それとも、他の人のために魔法を使うのは悪いことなのだろうか。
狭い範囲で光の魔法を使う分なら、連発したとしても、私の魔力でも何とかなるが、広範囲は無理だ。だが、5倍以上あるお姉様の魔力を私のものにすることができれば、広範囲に光の魔法を放つことができる。
立っている丘の上は見渡しは良く、魔法を発動しようとしている私にとって好条件だった。
「アイミー、待って! 私は死にたくないの! 一か八かの賭けになんて出たくないの! 馬鹿な真似はやめて!」
「お姉様、申し訳ございませんが時間がないんです。大人しく、魔力を私にください」
今、この場だけでの話を聞いた人は、私を悪人だと思うのでしょうね。
……そうね、私は悪い人間だわ。
お姉様の幸せを何一つ考えず、仲間の命を助けることを優先しようとしているんだから。
「いや、嫌ぁっ! 私はレイロと生きるんだから!」
「死にはしませんから、ご心配なく」
丘を走って逃げていくお姉様に声を掛けたあと、遠慮なく魔力をいただくことにする。
まずは、転移魔法で使った分の魔力を吸い取ると、力がみなぎった気がした。すぐに光の魔法の呪文の詠唱に入る。
何度も舌を噛みそうになりながら詠唱を終えた時、私の手から無数の光の矢が飛び出した。
そして、その無数の光の矢は人間を避け、魔物だけを攻撃した。
******
一度の攻撃で目に見える半分以上の魔物を殲滅した。
光の矢に怯えて逃げていく魔物が多い中、逃げずに戦う魔物は、騎兵隊の隊員たちが相手をしてくれた。
そのため、私はお姉様の魔力を奪い、さっきと同じように光の魔法をかけた。
「……信じられないわ」
魔力を限界ギリギリまで奪われたお姉様は、恨めしそうな顔で私を見つめた。
「信じられないことをしたのは、お姉様たちでしょう。でも、お姉様のおかげで長かった戦争を終わらせることができそうです」
斜面に座り込んでいるお姉様に近づいていくと、お姉様は這うようにして逃げる。
「嫌よ、嫌。来ないで! 魔法が使えなくなったら困るのよ!」
「一晩寝れば、魔力は回復しますよ」
「嫌よ! 魔法が使えなければ捕まるじゃないの! 私たちは罰を受けなくちゃいけないんでしょう!?」
「転移魔法で逃げられても困りますし、魔力が空っぽになれば眠るだけですから、恐怖の時間は短く過ぎますよ」
「嫌よっ! 誰か、助けて!」
お姉様が泣き叫んだ時、レイロがこちらに向かって走ってくる姿が見えた。お姉様はレイロを見つめたあと、私に泣きながら訴えてくる。
「お願い、アイミー! もう見逃して! レイロのことがなかったら、あなたと仲の良い姉妹のままでいられたと思うわ! 本当にあなたのことは大事だったのよ!」
「過去の話を今持ち出されても、そうでしたかとしか言えませんが?」
近づいているだけで、お姉様をどうこうするつもりはなかった。
脱走の罪は重い。その罰はお姉様には辛いものになるはずだ。そして、その後にはお姉様にとって、もっと辛いことが待っている。
お姉様は涙を流して、私から逃げようとした。
息を切らして駆け寄ってきたレイロは、お姉様の様子など気にせずに笑顔で話しかけてくる。
「アイミー! さっきの光の魔法は君が放ったのか?」
「……ええ。お姉様の魔力を借りてね」
「そうか……。やっぱり、俺が愛しているのは君しかいない」
この人、お姉様と話していたことを私は聞いてないと思ってるのね。
レイロは吐き気がする嘘を吐いたあと、私に提案してくる。
「アイミー、君にとってエイミーは憎い姉だろう? 今までのお詫びに俺が排除しようか」
本当にこの人と別れて良かった――。
驚きよりも先に浮かんだのは、そんな思いだった。