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「レイロ……、あなた、何を言ってるの」
私が反応するよりも先に、お姉様が震える声で言った。
「そのままの意味だよ。君が馬鹿なことを考えなければ、誰も悲しまずに済んだんだ。悪いのはエイミーだよ」
「ふざけないで。悪いのはあなたも同じよ。どちらかといえば、お姉様のほうがマシ」
お姉様を庇うつもりはない。
だけど、レイロのこの発言は最低すぎる。
レイロは困った顔をして尋ねてくる。
「アイミー、君は俺のことが好きなんだろう? どうして、エイミーを庇うんだ?」
「庇っているんじゃないわ! 最低のレベルで言えば、あなたのほうが酷いから言っただけよ」
「何を言ってるんだ! さっきも言ったけど、エイミーがかき回さなければ、こんなことになって」
レイロが話している途中だったけれど、黙って聞いていられなかった。
接近戦になった時に盾にしようと思って持ってきていたシルバートレイを、レイロの額に向けて投げた。
ガツンという音と共に「うわぁっ!」というレイロの情けない声が聞こえ、彼は額を押さえてしゃがみ込んだ。
「ア、アイミー、それ、どこから出してきたの?」
呆気にとられた顔をしたお姉様が聞いてくるので答える。
「マジックポーチって言って、道具を3つまで収納できるんです。値段の高いものを買えば、もっと収納できますけどね」
黒のウエストポーチを軽く叩くと、お姉様は納得したのか無言で頷いた。
落ちているシルバートレイを拾い上げ、レイロに尋ねる。
「レイロ、私があなたのことをまだ愛してると思っているの?」
「……違うのか? まさか、俺の弟を好きになったんじゃないだろうな!?」
「どうしてそうなるのよ。でも、エルのことは昔から好きよ。恋愛感情ではなかったけど、大事な人だということは確かだわ」
「エルファスは駄目だ! あいつにはもっと良い奴がいるんだよ!」
どうして、レイロはエルの恋愛相手にここまでこだわるのかしら。
「エルが選んだ人じゃないと、エルは幸せになれないわよ」
「そんなことはない! 例えば、隣国の姫は美しいし聡明だ。そういう人がエルファスにふさわしいんだよ!」
「美しくて聡明じゃなくて悪かったわね」
人を遠回しに悪く言ってくることも腹が立つ。
私が知っているレイロはこんな人じゃなかった。
でも、それは彼の思い通りに物事が進んでいたから、本性を上手く隠し通すことができていたんだわ。
お姉様が地面を這って移動しながら、レイロに近づく。
「レイロ、エルファスへのあなたの愛が深いのはわかっているわ。だからこそ、その愛を私に向けてほしいの」
お姉様はお姉様で、こんな男のことが好きなんだろうか。
それとも、殺されたくないから媚びているだけなのかはわからない。
「無理に決まっているだろ。大体、俺は君よりもアイミーのほうが好みだからね」
「……レイロ、あなた」
お姉様の目から大粒の涙がこぼれた。
泣いているお姉様を見ても、レイロは動揺している素振りを見せない。
彼が焦るといえば、エルのことしかないんでしょうね。
それなら、エルには悪いけど彼を使わせてもらう。
「レイロ、エルが私を選ぶなら、私はエルの気持ちに応えるわよ」
「……なんだって?」
「だってそうでしょう。あなたが馬鹿なことをしたせいで、エルは辺境伯家の跡継ぎになったんだから。そのおかげで女性に人気が出てるのよ」
「爵位を目当てに結婚するつもりか!?」
「そんなんじゃないわ。エルは今、貴族の未婚女性の間でとても人気があるし、再婚相手にするには魅力的よね。私はエルのことをよく知っている。あなたのせいで私は再婚なんて難しいんだから、弟であるエルに責任を取ってもらうのも良いかと思ったの」
「駄目だ! エルファスにはもっと良い人が」
レイロは一度言葉を止めると、笑顔で話しかけてくる。
「アイミー、俺に怒っていることはわかる。浮気したことは悪いことだと思ってるよ。だけどさ、しょうがないことだろう?」
「何がしょうがないの?」
「男は浮気する生き物だって仲間から聞いたことくらいあるだろ」
「浮気を正当化しようとしないでよ。それに、私はあなたが浮気したなんて今は思ってない」
「……俺を信じてくれるのか?」
「あなたを信じるんじゃなくて、浮気はしてないって言っただけ」
レイロに近づきながら話を続ける。
「だって、あなた、私のことを好きじゃなかったんでしょう? なら、私以外の誰と何をしようが浮気にはならないわよね」
「どうしてそんなことを言うんだよ! 俺は本当に君を愛してるんだ! 君が愛した俺を信じっ!」
話している途中だったけれど、魔法で出した勢いのある水を、開いていたレイロの口の中に入れて黙らせる。
「あなたとお姉様の会話は聞こえていたわよ。たとえ聞こえていなかったとしても、私はあなたの愛なんて信じないでしょうね。あなたの愛してるなんて嘘だし、エルへの兄弟愛だって勝手な気持ちの押し付けよ。愛だなんて言わない」
「……くそっ!」
レイロは濡れた口元を服で拭くと、私を睨みつけた。
そんなレイロにお姉様はしがみついて訴える。
「レイロ! もう、エルファスのことは諦めて! アイミーと結婚させたらいいじゃない!」
「駄目だ! エルファスにはもっと美しくて淑やかな女性が似合うんだ! アイミーでは駄目なんだよ!」
失礼なことを言われてる気がする。
レイロはお姉様の手を振り払って叫んだ。
でも、急に笑みを浮かべて、お姉様に話しかける。
「エイミー、君と結婚してやってもいい」
「……本当に?」
「ああ。だけど、条件がある。アイミーを殺すのを手伝ってくれ」
レイロは恐ろしい発言とは裏腹に、笑みは絶やさない。
脱走したということは、まだ上官にはバレていない。
私を殺せば脱走を誤魔化せるとでも思ってるのかしら。
……それだけじゃないか。
口封じをするというよりも、エルが私を諦めざるを得ないように、私を殺そうとしてるのね。
「馬鹿じゃないの」
私は吐き捨てるように言うと、躊躇うことなく、レイロの両足の甲を氷の矢で突き刺した
「ぐあぁっ!」
「レイロ!」
お姉様が悲鳴を上げてレイロを抱きしめる
「なんてことをするのよ! ああ、可哀想なレイロ!」
「可哀想なのはお姉様の思考だわ。そんな人のどこが良いんです?」
「あなただって好きだったくせに!」
「仮面を被ったレイロが好きだったんです。本性を知った今は愛情なんてありません」
「あなたは鬼だわ!」
お姉様には回復魔法をかける魔力はもう残っていない。
だから、鬼だと言ったんでしょうね。
「ねえ、レイロ、まだ私を殺せると思ってる?」
わざと大きな声で尋ねた。
「正々堂々と勝負しろ! 魔法は使うな!」
「何をワガママなことを言ってるのよ。まあ、いいわ。剣で勝負しましょう」
氷の魔法を解除し、レイロの足に遠隔で回復魔法をかけると、レイロは礼を言うこともなく斬りかかってくる。
「大人しく言うことを聞いていれば死なずに済んだのに!」
「悪いけど死なないわ」
シルバートレイでレイロの剣を受け止め、押しやって距離を取る。
ポーチから剣を取り出し、再度、斬りかかってきたレイロを躱し、柄で横腹を突いた。
横腹を押さえ、体を折り曲げた彼の後ろにまわり、尻に前蹴りを入れた。
急所が一番良かったんでしょうけど、残念ながら足を閉じていたので尻にした。
「くっ!」
横腹を押さえたまま、たたらを踏んだレイロは、私を睨みつけたけど、すぐに動きを止めた。
「……そんなっ」
彼が動きを止めた理由はエルが仲間たちと一緒にやって来ていたからだ。
「兄さん、あんたはもう終わりだよ」
私たち人間の血とは違い、魔物の血は青い。
魔物の返り血を浴びて、全身が真っ青になっているエルの目は、見つめるだけで相手を射殺せてしまいそうなほど鋭かった。