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「いらっしゃいませ!」
そう言ったホールスタッフの少女の目は、どこか遠くを見ていた。
最近話題の高級飲食店「ビノミ」。
「美味しそうだなぁ、食べてみたいなぁ…」
私はテレビに映るアナウンサーの食レポを見ていた。
『本当に、食べたことないような味がします!』
「さぞ、美味しいんだろうなぁ、でも金がないよぅ…」
カップ麺が主食の私にとっては、叶わない願いだった。
チラリと時計を見る。
10時。今日の私のコンビニバイトのシフトは11時からだ。
「そろそろ出るかぁ」
「いらっしゃいませ!」
「どうだい、新人君?接客にも慣れてきたかい?」
「えぇ!先輩の教え方が上手なおかげで!」
「いやぁ、そう言われると照れるなぁ。」
そう言って先輩は裏へ戻っていった。
…………
正直、楽しくない。
クレーマーな客はいるし、先輩はセクハラをしてくるし、なんでこんなに苦労して、少ししかお金が貰えないの?
でも、きっと稼いでる人は私とは比べ物にならないくらい苦労してるんだろうなぁ…
「はぁ……」
「あ、あのぅ…」
「あ、はい!」
いけない、笑顔笑顔…
前に立っている客は、おそらく14〜15くらいの少女だ。白色ワンピースに、黒いさらさらな髪の毛。育ちが良さそうだ。
手にはコーラを持っている。
目を合わせる。
その瞬間、一気に心を奪われた。
吸い込まれるような、深紅の瞳。
100人中100人が彼女の目を見たら、固まるだろう。
「あ、あの、これ…」
「あっ、すみません!!」
私は慌て、彼女はおどおどしながらコーラを渡そうとする。
しかし…
「あっ!」
彼女はコーラを落としてしまった。
「す、すみません!!すぐに拾いま…って、ああ!?」
彼女はコーラを踏んでしまった。
体重をかけていたのか、ペットボトルのキャップが外れ、思いっきりコーラの仲間が溢れ出す。
「あ、あぁ…ほ、本当にすすすすみません!弁償いたします…」
「いや、大丈夫ですよ!仕方ないですし!」
私は精一杯の笑顔で掃除用の雑巾を取りに行った。
少し大変だが…クレーマーよりは10倍もいい。彼女も人柄が良さそうだったし…
「今、拭きますね!」
私はコーラのペットボトルを拾い、溢れた所を拭く。
彼女は固まっていた。
「あ、あぅ…」
今にも泣きそうな顔だ。
私はふと彼女のワンピースの裾が目に入った。
純白のワンピースがコーラで汚れてしまっている。
「あの、洋服が汚れてしまっています…」
「あ、ご、ごめんなさい…」
「1回落ち着くまで休みませんか?」
「…えぇ!?」
そう言って雑巾を持ち、反対の手で彼女の手をひいて裏に入った。
「先輩、一瞬だけ接客お願いしていいですか!?」
「ん?まぁ、可愛い後輩ちゃんのお願いだし聞いてあげようかぁ!」
うう、キモい…
「大丈夫ですか?」
「えぇ、なんとか少し落ち着いてきました…」
私は着替えを用意してあげ、ワンピースを洗濯しているところだ。
「本当に、色々ごめんなさい…」
「貴女は何にも悪くないですよ!」
「…」
彼女が少し照れたような仕草をする。
「よし!いい感じに汚れが取れてきましたよ!」
「…!!本当ですか!」
「えぇ!」
「じゃあそろそろおいとまさせていただきます…!」
「服、着て帰っていいですよ!」
「え!?そんな親切にしていただいて…」
「困ったときはお互い様です!」
「貴方って、本当に優しいんですね!」
私は彼女に洗ったばっかりのワンピースを返す。
「あの…お礼と言ってはなんですが…」
「はい?」
彼女は私の目の前へ歩いていき、見上げる。
「私、こんなに親切にされたの初めてです!貴方の優しさに溢れた接客にも感動しました!あの、これ、お礼なんですが…」
彼女の手には小さなチケットが握られていた。
私はチケットを受け取る。何のチケットだろう…?
チケットの文字を見る。
その瞬間、私は裏返りそうな声で叫んでしまった。
「えええええ!?これって…」
「はい、飲食店『ビノミ』の食べ放題無料券です!」
「なんで、こんなの持っているんです?」
「私、ここで働いてて…まぁ、働いているというよりはお手伝いですけどね!!」
「えっと…」
「有効期限は今日から1週間なので、気をつけてくださいね!本当にありがとう御座いました!」
「あっ、ちょっ!!」
彼女は気づいたらこの場からいなくなっていた。
「あの子、一体何者だったんだろう…」
でも…
たまには、人に優しくしてもいいかもしれないな。
「うう…ついに、ついに来てしまった!!」
翌日、午前10時。
目の前には大きな「ビノミ」の看板。
腐ったような木の看板が、雰囲気を出している。
ちょっと緊張する、でも…
私は扉を思いっきり開けた。
カランコロン。
「いらっしゃいませ!」
静かで、賑わった店内に可愛らしい声が響いた。
目の前にはメイド服を着た少女が立っていた。
「何名様ですか、って、あ!!」
少女が驚く。
「あ、貴方は、あの時の…!!」
少女が駆け寄ってくる。
可愛い声、上品な走り方、そして…深紅の瞳。
間違いない…
「あの、コンビニの件ではありがとう御座いました!来てくれたんですね!」
「ええ!」
少女はさっきの何倍もの笑顔で尋ねてきた。
「何名様でしょうか!!」
「1人です!」
「では、こちらの席へどうぞ!!」
それでは、ごゆっくり〜!
彼女は笑顔で去っていった。
店内には、まるで何かの宗教のような野太い男の人の声の音楽が流れていた。
私はワクワクしながらメニューを開く。
血管蕎麦、骨端線ゆで味噌炒め、肉眼串焼き涙漬け…
どれも名前が変わっている、というよりちょっとグロい…
しかも、どこにも材料が書いていない…
でもそんなことを気にしている暇はなかった。
だって、とんでもなくワクワクしていたから!
「食べ放題だし、どうせなら食べれるだけ食べちゃおう!!」
注文して最初に来たのは、血管蕎麦だった。
お腹がすいていたため大盛りにし、さらに「爪ちらし」というトッピングもつけてしまった。
「『血管蕎麦大盛り、爪ちらし』でございます!こちら、隠し味として6つの『膜』を使用しております為、どうぞ何の『膜』か予想しながら食べてみてください!それではごゆっくり〜」
蕎麦は少し赤く、上には白い粉チーズのようなものが降りかかっていた。ナポリタンみたいだ。
独特な匂いが漂ってくる。
「いただきまーす!」
私は大きな口を開け、最初の一口を精一杯堪能した。
ナポリタンや蕎麦とはまた違う、本当に食べたことのないような味がした。
粉チーズのようなものは少し硬く、でもその硬さが柔らかい麺とよく合わさっていた。
五臓全てにその旨味がよく広がった。
特に、肉のような「具」が美味しかった。
「あれっ!?」
気づいた時には、もうなくなっていた。
「結局『膜』が何なのか分からなかったなぁ…」
次に来たのは骨端線固ゆで味噌炒めだった。
「どうぞ、こちら『骨端線固ゆで味噌炒め』でございます!こちら、なんと贅沢に6種類もの骨を使っているんです!骨の味の違いを感じながら是非!」
味噌の贅沢な匂いが、喉を撫でる。
「いただきます!」
ポリポリと音を立てながら、味噌の風味が広がっていく。
その骨からも微かに味が出ている。
「骨って味、あるんだ。何の骨なんだろう…」
味噌の風味が胃の中までをも満たしていった。
最後に来たのは肉眼串焼き涙漬けだった。
「こちら、肉眼串焼き涙漬けでございます!」
珍しく、それ以上は何も言わなかった。
私は丸い形をした、珍しい肉を1つ口に入れる。
ほのかに、温かかった。
その瞬間、私はふと昔の景色がフラッシュバックした。
「今日は、貴方の好きな串焼きよ。」
そう言って、母は料理を出してくれた。
5歳の頃、父が死んでから、女手1つで私を育ててくれた。
「わぁい、やったぁ!お母さん、ありがとう!」
串焼き1つで喜んでいた、あの頃が懐かしかった。
中学になってから勉強についていけなくなっていった。
でも母は、私がテストで30点をとった日でも
「ほら、貴方の好きな串焼きよ。元気出して。」
と言ってくれた。
でも私は
「いらない。」
串焼きの乗った皿をひっくり返した。
「そ、そうよね、串焼き1本で喜ぶわけないよね…」
その時、母は少し悲しそうな目をしていた。
今考えれば、貧しかった私の家では、串焼きなんて超高級品なのだ。
私は高校生になって、すぐ家を出ていった。
母は最初はハガキを何回も送ってくれていたが、そのうち来なくなった。
当時、私はハガキがうざいと感じていたので、喜んだ。もう、私は大人だ…と。
結局一人暮らしはうまく行かず、今のようにコンビニバイトで精一杯の生活を送っていた。
そして、2週間前、母がいきなり行方不明になった。
夜、ポストに行く途中に行方不明になったのだとか。
近所の人によると、最寄りのポストに向かう道におそらく母のものであるであろう鞄が落ちていたらしい。
そしてその中にはハガキ1枚だけが入っていた。
「愛する娘へ。
元気にやっていますか。
こんなお母さんでごめんね。」
たった三行の手紙だった。
それが、母が最後に書いた文字だった。
その瞬間、ようやく私の過ちに気づいた。
私は、母の串焼きがたべたかった。
そして、今。その串焼きは “母の味” がした。
3つ食べたところでお腹いっぱいになった。
結局最後まで何の材料か分からなかったけれど、沢山喰らった。沢山感動した。
本当に「美の味」だった。
私はレジに向かった。
「あの!」
「はいはい!」
さっきの少女が出てきた。
「会計を…」
「はい、了解です!無料券、使いますか?」
「お願いします!」
無料券を渡すと、少女は器用にレジを使った。
「お会計、完了しました!」
「あの…」
「?どうしました?」
「また来ていい…ですか?」
「!!えぇ、もちろんです!”困ったときはお互い様”ですから!」
少女はとびきりの笑顔で答えた。
借金してでも来てやる。そう思った。
「ありがとう!」
「こちらこそ!!それでは…」
少女の目がどんどん濁っていった。でも、笑顔のままだった。
「ありがとうございます!!」