コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「お、終わった……」
由樹は椅子に凭れて天井を仰いだ。
地盤調査の結果が早く出るように、すでに土地の資料や配置図の打ち込みをしておいた。
調査結果を提出して結果が出るまで約3日。その間に次のアポを取らなければ。
無人となった事務所のカレンダーを見上げる。
明後日で11月も終わりだ。
12月になれば雪が本格化し、師走の忙しさも相まって客足は展示場から遠のく。
篠崎の言う通り、この客を逃すと次はいつチャンスが来るかわからない。
客が展示場に初めてきてアプローチをしてから、成約に至るまでの平均が約40日。うかうかはしていられない。
「集中だ。集中……!」
由樹は息を肺に思い切り吸い込んだ。
客が購入済みだった土地は、市の北境にある関根山のふもとにある分譲地だった。
街中からは離れているが、スーパーや小学校が近くにあり利便性は悪くない。
市内では比較的新しい分譲地だ。
「あそこって結構、雪が多いんだよな……」
呟きながら窓を開ける。
またちらほらと空から雪が降り始めていた。
「あ。ミシェル、まだ電気ついてる……」
隣の展示場にはまだ電気がついていた。窓から客と談笑している牧村が見える。
「打ち合わせ……かなあ」
その笑顔を見る。
彼も昨日ほとんど寝ていないはずなのに。
「…………」
ため息が出る。
牧村のせいにする気はない。
全ては自分が、篠崎を失うのを怖がるあまり、彼を信用できなかったせいだ。
彼を信じていたら、
牧村に甘えたりせずに、一人で待っていたなら。
慌てて電話を掛けてきた篠崎に居場所を伝え、合流し、レストランでディナーはダメになったけど、近場の飲み屋にでも行って、それから、スイートルームで、2人で――――。
想像するだけ空しくなって、由樹は窓を閉めた。
気密性が良いため、空気が圧迫されて窓がきつい。
「くっ」
唇を嚙みしめながら閉めると、ふっと突然窓が軽くなった。
「あ」
誰かが一緒に窓を閉めてくれたのだ。
見上げると、そこには――――。
「新谷さん、まだ残ってたんですか?」
金子が立っていた。
「お疲れさまです」
金子はニコニコと笑ってこちらを見下ろしている。
「ゆ、雪下ろしお疲れ様。悪かったね、俺の現場まで」
言うと、彼はまだ微笑みながら首を振った。
「いーえ。新谷さんのところは、清藤さんのとこも、鈴木さんのとこも、大工さんが自主的にやってくれてました」
「…………」
「上手く手懐けてるって、篠崎さんも褒めてましたよ」
「……そ、そう」
笑いながら座ろうとしたのに、寝不足のせいか足が縺れた。
「あ、新谷さん!危ない!」
金子が支えようとしたが、そのまま由樹は床に尻餅をついた。
「わっ」
勢いあまって金子が覆い被さってくる。
「……痛っ」
自分よりも大柄な金子に、由樹はデスクの下にもぐるような形で押しつぶされた。
「ご、ごめんなさい!新谷さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
デスクに頭を強かに打ち付け、目の前に星が飛ぶ。
後頭部を抑えながら顔を歪める由樹に、金子が近づく。
「ちょ、新谷さん見せて?切ってませんよね?」
「大丈夫だよ」
「見せてください!」
抑えた手に血がついていないか、金子が確認する。
「ちょっと…」
バン。
事務所のドアが開いた。
「……あ、お疲れ様です……」
振り返った金子の顔が青ざめる。
そこにはめったに着ないダッフルコートを着た篠崎が立っていた。
「あ、えっと、これは、その、新谷さんが転びそうになって、俺が、その」
金子が慌てて立ち上がって手を広げる。
「……何も言ってねぇって」
篠崎は笑いながら、倉庫の鍵をキーボックスに入れた。
「あ、スコップ、片付けてもらってすみません!」
金子が頭を下げる。
「いいって。今日はゆっくり寝ろよ。ま、明日はお互い筋肉痛だろうけどなー」
笑いながらまたドアを開ける。
「じゃあ、お疲れー」
「お疲れ様です!」
ドアが閉まる。
「……怒られなくて済みました」
金子が苦笑いをしながらこちらを振り返る。
「あれ、新谷さん?一緒に帰らないんですか?」
金子が口を窄める。
「ああ、もう少しやっていきたいから」
由樹はやっとのことでデスクの下から這い出ると、自分の椅子に倒れ込むように座った。
「そうなんですか。じゃあ、お先します」
金子が鞄を持った。
「ああ、気を付けて」
新谷は立ち去る金子に手を振ってから、ため息をついた。
(………目も合わせてくれなかったな……)
アウディに乗り込んだ篠崎は、金子が出てきた後も電気の消えないセゾンエスペースの事務所と、煌々と照明がついたファミリーシェルターの展示場を見比べていた。
「二人ともほとんど寝てねぇだろうに、元気だな」
鼻で笑うと、彼はハンドルを殴るように掴みながら、キーを回し、エンジンを掛けた。