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「ありがとうございましたぁ〜!またお願いしまぁ〜す!」
お客様が引き戸をガラガラと開けて出て行った。
「ふぅ〜…珍しいね。見てみ?お客さんゼロやで?」
そう言われて周りを見渡す。
「ほんとだ」
「めろさんいっすよ。あの、そのテーブル拭き終わったら
後ろ行ってまかない食べてもらっても」
「わかりました。じゃ、行ってきます」
「うーす」
ここは居酒屋「天神鳥(てんじんちょう)の羽」。
店長である天鳥(あまどり) 神羽(じんう)が20歳(ハタチ)のときにオープンしたお店である。
お気づきの通り、店名は店長の名前のアナグラムである。
一目好(ひともす) 名論永(めろな)は厨房へ入る。
「お。めろさんどしたんすか?」
銀色の調理台に寄りかかり、スマホをいじりながら名論永(めろな)のことを見る女の子。
名論永(めろな)と同じバイトである梨入須(ないず) 雪姫(ゆき)。お店の調理担当である。
「いや、お客さん誰もいないからなんか食べていいよって」
「マジっすか?」
暖簾から顔を出し
「あ、ほんとだ」
「なに?どしたん」
「いや、めろさんに聞いて客席見に来ただけ。あ、店長ビール飲んでんじゃん」
「え?梨入須(ないず)も飲むか?」
「いいんすか?」
「いいよ。ビールでいいか?特別にオレが注いでやる」
「いや、最近梅酒サワーにハマってるんで」
「お。そうなん?じゃ、オレが作ったんねん」
「やったー!」
という会話が聞こえる。職場の人間関係は最高だ。名論永(めろな)は厨房でペペロンチーノを作っていた。
「めろさーん」
雪姫(ゆき)が名論永(めろな)に呼びかける。名論永(めろな)はフライパンを振りながら
「なにー?」
と返事をする。
「ビールいりますー?」
「いいのー?」
「いいらしいっすよー?」
「じゃ、貰うわー」
「うーす」
名論永(めろな)はペペロンチーノを作り終えお皿に乗せ、お箸を出す。
スタッフ用のお箸には箸のお尻の部分、天とも頭とも呼ぶ部分に
スタッフ毎にテープを巻いている。名論永(めろな)は水色である。
「めろさーん。はい。ビール」
「お、ありがとー」
「うおっ。相変わらず美味そう」
「あんま出ないもんね。ペペロンチーノ」
「っすね。あ、乾杯」
雪姫(ゆき)がビールのジョッキを名論永(めろな)に近づける。
「おぉ。乾杯」
コキン!ジョッキ同士のぶつかる良い音が響く。名論永(めろな)も雪姫(ゆき)もビールを飲む。
「っ…まぁ〜」
「はぁ〜…最高だな」
ピリ辛ペペロンチーノ、1人前550円。ハーフサイズ300円。まかないの場合、無料である。
フォークではなく箸で食べる。
「梨入須(ないず)さんは食べないの?」
「んん〜…まだいいっすかね」
その後も他愛もない話をしながら名論永(めろな)はペペロンチーノを食べ終えた。
「ご馳走様でした」
使った食器は即座に洗う。リュックから本を取り出してキッチンで読む。
「めろさん、マジで本好きっすよね」
「好きね」
「電子で読まないんすか?」
雪姫(ゆき)がスマホを持っている右手の人差し指でスマホの裏をトントンとする。
「まあ、コスパもいいから、その分いろんな本が読めるってのもあるだろうし
文庫じゃないから嵩張らないってのもあるからいいんだろうけどね」
「でも本派なんですね?」
「なんかね。ま、コレクションっていう面もあるけど
本を開いて、本の匂いがしてっていうのがオレは本を読んでるって感じがしてね」
「そんなもんなんですね。私はそもそも本読まないっすけど」
「マンガは?」
「スマホ派っす」
「たぶんオタクって呼ばれる類の人も単行本派が多いんじゃないかな?」
「なるほど?」
名論永(めろな)は今読んでいる本の最後のページを読み終え、本を閉じる。
「なるほどね」
「おもしろかったっすか?」
「うん。めっちゃおもしろかった。読む?」
「…いっす。現文もそんな得意じゃなかったし」
「懐かしいな。現代文」
「ま、現文に限らず、勉強自体が得意じゃなかったですけど」
そんな話をしていると表で
「いらっしゃいませ!」
と店長の神羽(じんう)の声がして本を置いたまま名論永(めろな)も表に行く。
「あ、今お客さんいないんで好きなところに」
お客さんはカウンター席に座った。
「最近よく来てくださいますよね?近くで飲まれてることが多いんですか?」
と3名様相手に話をしている神羽(じんう)。
「あのぉ〜そこ。しょく。命を頂き幸せになるって書いてしょくってお店でよく飲んで食べてて」
神羽(じんう)が話を聞きながら「あぁ〜」と言いながら頷く。
「自分、そこの店長と知り合いです」
「お!マジで?」
「マジっす。ここ開いたときに飲みに来てくれて」
「へぇ〜」
「あ、なににします?」
その後お客さんが数人来て、注文を聞いたり、料理を運んだり
お客さんと話したりして朝4時にお店を閉めた。閉店作業をして、着替えてお店を出た。
「じゃ、2人ともお疲れ〜」
「お疲れ様です」
「店長またねぇ〜」
家に戻る。アパートの1階。部屋には文庫本の並んだ本棚が天井まで。
リュックを置いて、リュックの中から本を取り出し、ブックカバーを脱がせて本棚に入れる。
ブックカバーをブックカバー入れに入れる。本屋さんで買ったときに巻いてくれるブックカバー。
そんなもの捨てればいいのだが、なぜか取っておいてしまっている。
着替える前にノートパソコンの電源を入れてから着替える。
型が古めのノートパソコンなので起動に時間がかかる。起動までに着替え
ベッドとベッド前のローテーブルの間の地べたに座り、パスワードを入力してホーム画面へ。
ノートパソコンのモーター音が静かな部屋に響く。テレビをつける。
「おはようございます」
朝の情報番組が始まっている時間。
「おはようございます」
と返す。ノートパソコンで小説を書くためのソフト…といっても
小説を書く専用のソフトとかではなく、ただ入力した文字数が表示されたり
原稿用紙想定で表示してくれたり、ルビ設定などができるソフトである。
恥ずかしながらブラインドタッチはできない名論永(めろな)。人差し指で打っていく。
8時にベッドに入り眠りにつく。14時に起きてテレビを見ながらお昼ご飯を食べる。
「今話題のこの本!」
ピクッっと反応し、テレビに注目する。
「生きる活力をもらえる。自分らしさを出せる。今まで小説を読まなかったような人も手に取るというこの本!
天使(あまつか) 幸(こう)さん著の「人生色のパレット」!
今回はこの「人生色のパレット」の熱烈なファンだというこちらの芸能人の方々に」
チャンネルを変える名論永(めろな)。
「「今人気」ってのにあやかっただけだろ」
ラーメンを啜る。食べ終え、すぐに食器を洗う。部屋着兼寝巻きから着替えて外に出る。
週に1回本屋さんへ向かう。月に1回、給料日の次の日にまとめて買う。
そのときのためにおもしろそうな本を探しに行っている。
ガラス製の自動ドアが開く。一気に空気が変わる。綺麗で落ち着く空気。そして入ってすぐに目に入った。
重版決定!!今話題!“自分の人生、自分らしさ”そんなものを考えさせられる作品
“オレはオレしかいないんだ。だからオレはオレとして生きる。好きな色の服を着て、好きな色の髪に染めて。
なにをしたいのかわからずいろんな色でぐちゃぐちゃになったパレットは一旦全部洗って
オレのパレット、オレの人生はオレの好きな色、オレ色に染めていく“
「アナタの好きな色はなんですか?」
天使(あまつか) 幸(こう)著 「人生色のパレット」
大好評発売中!!
昼に聞いたやつである。吸い寄せられるように平積みになっている一番上の本を手に取る。
帯を見てから裏のあらすじを読む。気づいたらレジに持っていっており、お会計を済ませ
店員さんがブックカバーを巻いてくれて紺色のレジ袋に入れてくれた。公園のベンチに座り、本を取り出す。
「買ってしまった…」
ブックカバーの折り目の部分にしっかりと表紙、裏表紙を差し込む。
公園で読むか否か迷った。夢中で読んでしまえばきっと日が暮れる。
家でバイトの時間にスマホのアラームを設定して
バイトの時間までゆっくりと家で読もうと決め、家に帰った。
まだ先月買った本が積み本としてある。しかしその日買った本のページを捲っている。
1ページ読む。ページを捲る。字を目で追いながら頭で想像する。またページを捲る。
夢中で読んでいた。ページを捲るのも無意識になるほど、物語の中に入り込んでいた。
スマホのアラームが鳴り、我に返る。のと同時に
せっかく物語の世界に浸っていたのに。と少し不機嫌にもなった。
バイトに行く準備をして、リュックに本を入れて家を出る。
「おはよーございまーす」
開店である19時、午後7時からシフトを入れている。そのためその30分前までには出勤する。
「おぉ!めろさん!おざっす。朝振り〜」
「朝振り〜」
更衣室兼バックヤードに荷物を置いてエプロンをつける。すると
「おはよーございまーす」
と声が聞こえる。
「おはー」
「着替えてきまーす」
「うい」
更衣室兼バックヤードに雪姫(ゆき)が入ってきた。
「おぉ。めろさん。おざーす」
「おはよ」
「ガッツリ夜におはようはウケますよね」
「月1ペースで言うそれなんなん?」
「いや、改めて考えるとね。それが月1くらいでリセットされる」
「なるほどね」
客席へ出る。前の夜…というか朝にテーブルは一通り拭いたが一応もう一度拭く。
冷蔵庫の食材のチェックは雪姫(ゆき)がする。店長はお酒のチェック。それくらいを確認したら準備完了。
あとはお店の中で店長や雪姫(ゆき)と駄弁りながら19時、午後7時まで待つ。
時間になったら外に出て暖簾をかけ、看板と提灯のライトをつける。
しかしすぐにお客さんは来ない。開店してから大体30分ほどはみんなで駄弁る。
ガラガラガラ。引き戸が開く。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ」
最初のお客さんが来てからどんどんお客さんが増えていく。ただ飲んで食事を楽しむお客様。
店長と会話をしながら飲むお客様、様々だ。うちは21時、午後9時頃が暇になる時間帯。
そのときに各自入れ替わりでまかないを食べる。
残っているお客さんは店長と話をしている常連さんのお客さんだけなので
店長はいつもその常連さんのお客さんの前でまかないを食べている。
次のお客さんが来るまでキッチンで本を読む名論永(めろな)。
「めろさんマジで本好きっすよねぇ〜。新しいやつ?」
「そうそう。昨日のもう読み終えたから。んで新しい本買ってもうた」
「へぇ〜。1冊どんくらいで読むんすか?」
「早くて2日3日かな。遅くて1週間。ま、大体5日くらいで読むかな」
「早っ。怖っ。マジっすか」
「早いかな?普通じゃない?」
「いやいやいや。変態でしょ。マジで」
「変態…なことは否定しないわ」
「あ、しないんすね」
「男は大抵変態」
「店長も?」
「じゃない?」
「へぇ〜」
という会話を雪姫(ゆき)としながら本を読んでいると
「いらっしゃいませ!」
という店長の声が聞こえ、本を置いて表に出る。水を注いでお水とおしぼりを出す。
そこから段々忙しくなっていく。終電前に忙しさは落ち着き
2軒目、3軒目で来る地元の顔見知りの常連さんが増えてくる。
そして朝4時前にお客さんには帰ってもらい、閉店作業をして帰る。
次の日も同じ。昼に起きて本屋さんへ行き、いろいろな本を手に取って帯
裏のあらすじを読んでおもしろそうだったらタイトルをスマホにメモする。
帰って小説を書いたり、読んだりしていると出勤時間。出勤し、開店準備をし、開店。
お客様へお水を出したり、おしぼりを出したり、料理やお酒を運んだり。
21時、午後9時頃にまかないを食べ、本を読む。
まだ夢は叶っていない。自分が自分らしさを出して夢が叶いました。なんて甘いことはなかった。
それでも自分の好きな色で染まっていない世界で夢を追っていたときより
自分の好きな色で染めた世界で夢を追っている今のほうが
心も体も自分らしくいられて、心も気持ちも軽やかな気がする。夢はまだ追っていく。
この先夢を諦めることがあるかもしれない。
けど私がどの選択を取ろうが今の自分の選択ならきっと後悔は少ない。
どの道を歩もうが、その道は自分の色に染まっていくはずなのだから。
パタン。本を閉じた。なにか変わったような、なにも変わっていないけど、なにか違う気がした。
「お、もう読み終わったんすか」
「うん…。良かったわ…」
「相当良かったんすね。なんてタイトルっすか」
「え?あぁ、人生色のパレット」
「あぁ!知ってる知ってる!」
「マジか。梨入須(ないず)さんが知ってるって相当だね」
「なんかポツッターで作者さん?の投稿がどえらいことになってました」
「あ、そうなんだ?炎上?」
「逆っす。オタクからえらい支持を得てて」
「へぇ〜」
「あ、これだ。ほら」
雪姫(ゆき)がスマホの画面を名論永(めろな)に見せる。
「…本作が“もし”コミカライズするのであれば、ドラマ化or映画化された後にお願いします。
私見てて思ったんですよ。やっぱマンガ原作のドラマとか映画ってクソだなって。
でもそれは原作がマンガだからなんですよ。そりゃ2次元と比べたらダメでしょ。
私の作品は幸運にもまだ2次元ではありません。皆様の想像上で織りなされている物語で
皆様の想像上で織りなされているキャラクターたちです。
まずはドラマor映画化して、それからコミカライズ、アニメ化をお願いします。
仮にコミカライズorアニメ化のお話が先に来た場合
一生、この作品はドラマ化映画化することはないと思ってください。か」
「ほら。コメントも」
「“わかってる。”“原作者様ガチヲタだな。”“この作品、巷で話題すぎて避けてたんだけど
こんなヲタクに理解ある人だと思わなかった。原作買って読みます。”
“マジで芸能人とかのマンガ好き信用してないし、実写ドラマとか実写映画になったときに
その芸能人がコメントしてたら「はいダウトー」って思うんだけど
マジで天使(あまつか)さんの言う通り。小説原作ならまだしもマジでマンガ原作やめてほしい。
あ、人生色のパレット最高でした!”すごいな。賞賛コメばっか」
「友達も読んだって言ってる子多いし、私もコミカしたら読みたいし」
「へぇ〜」
「いらっしゃいませ!お!お疲れ様です」
どうやら常連さんが来たらしい。名論永(めろな)も表に出る。
その後もいつも通り仕事をしていたが、どこかずっと頭の中に、先程読み終えた小説の世界が巡っていた。
「お疲れ様です!」
「店長もお疲れ様でーす」
「お疲れ様でした」
「2人とも今日もよろしくね!」
「うっす」
「はぁ〜い」
家に帰る。
自分の好きな色。自分の好きな色に自分の人生を染めていく。
頭の中に残る言葉の数々。自分の小説を書いているときも、ベッドに入ったときも
昼起きても歯を磨いてるときも、顔を洗っているときもお昼ご飯を食べるときも
あの小説の言葉たちが頭から離れなかった。
本屋さんへ行った帰りに長年行っていなかった行きつけの美容院へ足を踏み入れた。
「いらっしゃ…おぉ!めろくん!おひさしぶりです!」
「榊田さん、おひさしぶりです」
「髪だいぶ伸びたね」
「そうなんですよ」
「今日はカット?ちょうど空いてるけど」
「あ、いえ。まあ、カットもお願いしたいんですけど」
その日は予約して家に帰った。
その日もいつも通り出勤し、いつも通り仕事をし、いつも通りの時間に帰った。
そして翌日もいつも通りの時間に出勤した。ガラガラガラ。引き戸が開く。
「お疲れ様ぁ〜…あぁ〜っと。まだ開店前なんですー…え?もしかしてめろさん?」
店長が戸惑う。
「うっす。お疲れ様です」
どこか少し緊張しているが、どことなく嬉しそうな名論永(めろな)。
「マジ!?めろさんどーしたんすか!ヤバッ!」
名論永(めろな)の綺麗に染まった水色の髪にテンションマックスの店長。
「いや。なんとなく」
「いや、なんとなくでこの色にします?ヤバッ。チョー綺麗」
「じゃ、着替えてきます」
「うーす」
やはりどこか少し緊張していて、どこか嬉しそうな名論永(めろな)。
「お疲れ様でーす」
雪姫(ゆき)の声が聞こえる。心臓のドキドキが加速していく名論永(めろな)。
「おぉ!梨入須(ないず)!ヤバいヤバい!」
「どーしたんすか店長」
「あ、いや。これはあれだな。サプライズかな」
「え!なになに?」
「更衣室行ってみ?」
「更衣室なんかしたんすか?」
「いいからいいから」
ドキドキが加速する。更衣室のドアが開く。
「え。誰」
背後から雪姫(ゆき)の声がする。心臓の鼓動は加速する。どう思われるか怖い。でもどこかワクワクしていた。
「梨入須(ないず)さん。お疲れ」
?という表情と同時にどこか警戒している表情の雪姫(ゆき)。
眉間に皺を寄せたまま、しばし名論永(めろな)を見る。ハッっと気づき表情を変え
「えっ」
と声を出したがそんなことないだろうとまた眉間に皺が寄る。
「え。いや。え?」
「どお?」
と店長がドアを開けて入ってくる。
「え?」
雪姫(ゆき)が店長を見ながら名論永(めろな)のことを指指し、え?まさか。え?というのを無言でやっている。
「そう」
なぜか店長がドヤ顔で言う。
「え!?めろさん!?」
めちゃくちゃ驚いてくれる雪姫(ゆき)。
「うっす。お疲れっす」
どこか照れ臭い名論永(めろな)。
「マジ!?どーしたんすか!ヤバッ!てかイケメンやん!」
「いや。オレはね。面接したときからイケメンだなって思ってたよ」
なぜかドヤ顔でマウントを取る店長。
「あ、そういえば髭剃ってるとこひさしく見てないわ」
「そっか。それか。めろさん最近無精髭でしたもんね」
「あぁ」
と言いながら顎を触る名論永(めろな)。ツルツルである。
「髭で随分印象変わるもんですね」
と店長が髭も生えていない自分の顎を触る。
「こっちのほうがいいですよ。マジイケメン」
照れる名論永(めろな)。
「え、美容院でやってもらったんすか?」
「あぁ」
と言って説明を始めた。
予約の時間に美容院へ訪れる。
「じゃ、早速ですけどブリーチしていきますので。めろくんはブリーチは初?」
「初ですね」
「じゃあ、まあ軽くパッチテストをして」
パッチテストを行い、無事合格したので、名論永(めろな)の綺麗な黒髪に白いブリーチ剤が塗られていく。
ラップで髪を巻かれ、変な頭を囲う温かくなる機械を髪にあてられ
「ではタイマーが鳴るまで放置なので…なんか飲む?」
「じゃ、アイスティーを。お願いします」
榊田さんがアイスティーを持ってきてくれて
タイマーが鳴るまでアイスティーを飲みながら持ってきていた小説を読んだ。
ピピピピッ。ピピピピッ。タイマーが鳴る。機械の電源を切り、頭から遠ざけ
ラップを取って、髪を分けて色の抜け具合を見る榊田さん。
「じゃ、ま、とりあえず流しますので」
イスが動き、立ってシャンプー台へ。丁寧にシャンプーしてくれ、席に戻る。
初めて色を抜いた自分の髪の毛を鏡越しにまじまじと見る名論永(めろな)。
「1回目で思ったよりも色が抜けたので、あと…そうだな。3回…くらいかな」
「3回も?」
「昨日言ってた感じってなると…うん。1回白に近い金まで抜かないと」
「なるほど」
「大丈夫?痛くない?」
「今んとこ大丈夫です」
「じゃ、1回乾かして、もう1回ブリーチしていきまーす」
「お願いします」
髪を乾かしてもらって、またブリーチ剤を塗ってもらい
ラップを巻かれ、変な機械であっためられ、それを繰り返した。
「だいぶ抜けましたね」
金髪の髪を触りながら言う榊田さん。
「…」
髪をかき分けながら考える榊田さん。
「もう…1回…いきます?」
「いったほうが綺麗に入ります?」
「うん。鮮やかに入ると思います」
「じゃ、もう1回」
「了解です。頭皮強いっすね。痛くないっすか?」
「ちょい痛だけど、全然」
「おぉ」
なんて会話をしてもう一度ブリーチをした。
「ちなみにどれがいいっすか」
予約するときにお金は払うのでと頼んでもらったカラー剤を見せてもらった。
「これがマジックパニックですか」
「ですね。一応3種類買ってみて、いろいろ試してみたんですよ」
と榊田さんは色見本のような髪の束を持ってきた。
「元の色が大体今のめろくんの髪色と同じくらい。
この髪色で、これで普通に染めると結構な青になっちゃって。
で、これで染めるとまあ、水色に近いんだけど鮮やかな感じではない。
なので白っぽいのを少し混ぜて薄めるとこんな感じでだいぶ水色になる感じですかね」
正直どれもイメージとは違った。しかし榊田さんも頑張ってくれたし
「じゃ、最後に提案してくれたやつで」
とお願いした。
「了解です。ちなみにこれより薄いほうがいい?濃いほうがいい?」
「んん〜…濃くすると青に近づく?」
「そ う だ ね?」
「逆に薄くすると」
「白っぽくなるかな?」
「じゃあ、ほんの少し薄めで」
「了解。じゃ、カラー剤作ってきますので少し待っててください」
榊田さんが裏へ行った。名論永(めろな)は変な緊張をした。
正直思った色じゃなかったし、変な色になったらどうしよ。
なんて思っているとカラーが始める。鮮やかな水色のカラー剤が髪に塗られる。
塗布が終わり、5分ほど放置。読む本の内容も頭に入らないくらい気になった。
シャンプー台へ移動し、髪を洗ってもらって髪を乾かしてもらった。
すると鏡に映ったのは自分のイメージ通りの水色。というか空色。綺麗で鮮やかで明るくて。
鏡に映っているのは自分なのに目を離せないほど釘付けになった。
「お。いい感じになったんじゃないでしょうか」
榊田さんもどこか安心しているような、どこかドヤ顔のような表情だった。
「最高です」
「良かったです。じゃ、カットしていきますね」
「お願いします」
カットが始まり、終わった。お会計をしているときに
「あ、ま。これはしてもしなくてもいいんですけど。
眉毛の形整えるときは、最初は細くしすぎちゃうことがあるので
気持ち太めくらいで止めといたほうがいいかもです」
と助言してくれた。
「あ、あと本当は10分15分くらい置かないといけないんだけど
あんま置きすぎると色入りすぎちゃうって思って5分くらいでやめたので
もしかしたら1回のシャンプーでだいぶ色落ちちゃうかもです」
と注意事項も教えてくれた。お会計を済ませ、外まで見送ってくれて
「いや、めっちゃ似合ってます!髭剃ったらもう、ね?」
「もう、ね?」
「バッチリです」
「この髪色最高です。色落ちたらまた来ますのでこの色でお願いしますね」
「了解です!研究しておきます」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
家に帰るまでめちゃくちゃ人に見られた。こんなことは人生で初めての体験だった。
家に帰り、髭を剃った。そしてHoogleで「眉毛 整え方 メンズ」と調べ
ホームセンターで眉毛を剃る機械を買い、家に帰って、榊田さんの
眉毛の形整えるときは、最初は細くしすぎちゃうことがあるので
気持ち太めくらいで止めといたほうがいいかもです
という助言を念頭に、眉毛を整えた。
「って感じです」
と説明を終えた。
「ヤバッ。なんすか。その行動力」
「ね。どうしたんすか」
「いや。まあ、かっこ悪い話、本に影響を受けてね」
「本って昨日のあれ?」
「そう。人生色のパレット」
「あぁ!知ってる!アニメ化とかポツッターで騒がれてるやつ!」
「店長、それはまだっす。するかもって話っす」
「あぁ」
「その本に影響受けて、好きな色にした」
「水色好きなんですね」
「空色が好きなんだよね」
「あぁ、空色ね」
「そういえばリュックは水、空色でしたもんね」
「そうなのよ」
そんな名論永(めろな)の驚くべきビフォーアフター話で盛り上がっていると
いつの間にか開店時間を過ぎていて、みんな焦って開店準備をした。お客さんがくると
「おぉ、随分派手な店員さんだ」
とか、よく来てくれるお客さんも
「あれ?新人さん?こんな店員さんいなかったよね?」
など注目を浴びるようになった。よく来てくれるお客さんや常連さんには店長が説明した。すると
「あぁ!あの黒髪のね!すごいね!思い切ったイメチェンだね!
でもこっちのほうがいいよ!明るくて」
「店長!これは女性のお客さん増えちゃうんじゃない?」
「おじさんだからわかんないけど、オレはこっちのほうがいいわ。顔覚えるし。よろしくね」
など好評だった。お店を閉め、レジ閉めやテーブルやカウンターを拭き
冷蔵庫の中のチェック、お酒のチェック
トイレットペーパーなどのチェックを行い、着替えて電気を消して店を出た。
「いやぁ〜、まさかめろさんとは」
「梨入須(ないず)さんすごい戸惑ってたもんね」
「戸惑うでしょ!店長知らん間に新人雇ったのか?って」
「サプライズって言ったからね」
「うわぁ〜スゲェ〜」
改めて名論永(めろな)を見る雪姫(ゆき)と店長。
「今日の夜来たら戻ってるとかないっすよね?夢でした。みたいな」
「ないない。今日からこれでよろしくお願いします」
お辞儀をする名論永(めろな)。
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
店長も雪姫(ゆき)もお辞儀をする。顔を上げたとき3人顔を見合わせて笑った。
「じゃ、お疲れっしたぁ〜」
「お疲れ様で〜す」
「お疲れ様でした」
帰路につく。しかしなぜか少し気になって後ろを向く。
すると店長も雪姫(ゆき)も振り返っていて、名論永(めろな)が振り返ったことに気づき
店長は普通に雪姫(ゆき)は元気に大きく手を振ってくれた。
なぜかめちゃくちゃ嬉しかった。名論永(めろな)も手を振り返す。
今度こそ帰路についた。家に帰り、着替える。
小説を書こうとした。しかしめちゃくちゃ疲れていて、大あくびが出て、眠気がどっっと襲ってきた。
その日は小説は書かず眠ることにしてベッドに転がった。
いろいろ考えた。髪を染める前の自分のこと。テキトーに惰性で伸びた黒髪に無精髭。
店長が言っていたようにこれは一時の夢なのかもしれない。
しかし今洗面台に行って確認する気もない。眠い。夢だったら…どうしよう。
夢だったらもう一回美容院に行って榊田さんにお願いしよう。なんて考えているうちに
スッっと眠りに落ちていた。