『』叶
「」葛葉
叶side
?「今日からお前の担当はこいつだ。十分に気をつけろ、いいな、叶」
『はい、お任せ下さい。』
?「フッ、、さすがだな。こいつを目の前にしても顔色一つ変えないとは。」
『・・私もこの任務が長くなって参りましたから。』
?「そうだな。頼りにしてるぞ、叶」
『はい』
コツコツ
上司が硬い靴音を鳴らして遠ざかっていく。僕は刑務所の看守をしている。気づけばこの仕事を始めて数年になる。最近は一般棟ではなく、独房棟の看守を任されるようになった。そして今日、この刑務所で1番危険視されている囚人の担当になった。
-囚人番号928番-
人のフリをして人間を襲う吸血鬼。
吸血のためだけでなく、
「退屈だから」
そんな理由で簡単に人を殺めるという。
これまで複数人の看守が928番の担当になった。だが何をされたのか精神的におかしくなったり、噛みつかれたりして何人も使いものにならなくなった。
そして満を持して僕に担当が回ってきたのだ。
僕は正直928番に会うのが楽しみだった。これまでの看守の業務は退屈で、独房にいる極悪犯でさえ僕の前ではただの囚人でしかなかった。どいつもこいつも冷めた目で拷問すれば何でも言う事を聞くようになってしまい、つまらない、、、
コツコツ
僕は何重にもなっている重いドアを開け、軽く息を吸い声をかける。
『928番、返事を』
ジャラ
重い鎖が床に擦れるような音が聞こえたかと思うと、コンクリートと鉄格子で厳重に囲まれた部屋から殺気立った気配を感じる。
暗い独房の中を凝視すると、赤い目で僕を睨む白髪の痩せ型の男がいた。
・・こいつが例の928番、、
尋常じゃない殺気に少し寒気を覚えながら僕はゆっくり鉄格子の前に近づく。
『・・928番、返事をしろと言ったはずだ』
ガシャン!!!!
僕の瞬きの合間に、彼は目の前の鉄格子まで移動し鋭く尖った爪で鉄格子を掴んでいた。
あまりに速い移動に僕は内心焦ったが、なんとか平静を保ち、また声をかける。
『928番、返事を』
「・・名乗れ」
『っ!』
これまで看守をしていて囚人側から名乗れと言われたことは当然無かった。
動悸がするが、一度瞬きをして僕は答える。
『・・叶だ。』
「・・・」
『名乗ったのだからお前も返事くらいしてもいいだろう』
「・・くずはだ」
『・・は?』
「俺の名前は928番じゃない、くずはだ」
『・・・』
「名を呼ばれない限り応えない」
『・・くずは、返事を』
「・・おう」
『今日から僕が担当だ。何かあったら言うように。』
「・・お前、拷問が得意らしいな」
『・・お前じゃない、叶だ』
「はっ、、」
928番は乾いた笑いを響かせたかと思うと、ニヤっと笑う。
「お前、、おもしれぇな」
『何度言ったらわかる、お前じゃない』
「叶、、これまでのザコよりは楽しめそうだな」
『あぁそうだろうな、これまでのザコと僕は違う』
「あっはははははは!!!!!!!!」
けたたましく狂った笑い声が冷たく暗い独房に響く。
「・・俺のことも拷問したいか?」
『いや、今のところその必要は無い』
「なぜだ、、俺は危ないぞ??」
『お前が危ないかどうかは僕が決める。少なくとも今のところ僕はお前に興味がない。』
「あっはははははははははは!!!!!!」
目の前の928番は鉄格子を長い爪で引っ掻きながらけたたましく耳障りな声で笑う。
「叶、、せいぜい俺を楽しませてくれよ?」
『・・お前こそな』
僕はそう言い放ち、何重ものドアを音を立てて閉め独房を出る。
独房を出た途端全身の震えが僕を襲う。
恐怖からではない。歓喜で口元が緩んでいる。
・・928番。これまでの囚人と全く違う、看守を何とも思っていないようなあの態度。どんな拷問にも平気な顔で耐えそうな、そんな余裕。
僕はこういう囚人をずっとずっと待っていた。これまでの骨無しのザコとは違う、、、
928番は、、928番は、、、
・・・最高だ。
ニヤついてしまう口元を押さえながら僕は自分の部屋に戻った。
928番をどう痛めつけてやろう、どんな拷問をしたら音を上げるだろうか、、僕は自室の拷問器具の手入れをしながら考える。
その時間はこれまで味わったことの無い光悦を僕に与えてくれた。その夜は興奮から一睡もできなかった。
ギィィ
『928番、返事を』
「・・・」
『・・くずは、返事を』
「・・覚えてくれてんじゃん」
『口の利き方に気をつけろ』
「・・ふはっ、、拷問するか?」
『・・まだしない。』
「ははは!!いいねぇその目」
928番はそう言い鉄格子まで近づいてくる。
首に太い金属製の首輪をつけ太い鎖が床に固定されている。
『欲しいものはないか、何か困っていることは?』
「・・は?」
『何か足りないものはないのかと聞いている』
「・・・血が欲しい」
『あぁわかった。僕を吸血するか?』
そう言い制服の襟を緩めて首元を露わにし、鉄格子に近づくと、928番は興ざめしたような顔で僕を見る。
「・・なんだお前、きもちわりぃ」
『口の利き方に気をつけろ、他には?』
「・・じゃあ暇だから話に付き合ってくれよ」
思いがけない提案に僕は多少動揺したが、そのまま床にドスッと腰を降ろす。
鉄格子を挟んで928番と向かい合った。
『いいだろう、話をしよう。』
「・・・お前ほんとにきめぇな」
928番は汚物を見るような目で僕を見たが、自分も独房の中で腰を降ろした。
『さて、何の話をする?』
「・・知らねぇ」
『はぁ。お前から言ったんだろう』
「・・ほんとに話すとは思わねぇだろうが」
『今までの奴は話さなかったのか?』
「あいつらは話すどころか近づいても来なかった」
『ふん、所詮ザコだな』
「・・俺が言うことじゃねぇけど、お前も口の利き方気をつけた方がいいんじゃねぇか」
『ふっ、、たしかにな』
思わず笑ってしまい慌てて顔をしかめて928番を見ると、大声で笑っている。
「叶、、お前おもしれぇなぁ!!」
『そうか?』
「・・拷問の話教えてくれよ」
『・・何が聞きたい』
「これまでにやった拷問とか」
『・・鉄串で貫くのはあまり良くなかった、すぐに死んでしまった』
「・・貫く系は手とか足とかにすればそんなすぐには死なない」
『・・なるほど』
「ちなみにどこを貫いたんだ?」
『顔』
「ははは!!そんなのすぐ死ぬに決まってんだろうが!!」
『そうか、、苦痛が大きいかと思ったんだがな、、』
大真面目に反省する僕を見て928番はずっと笑っている。
「お前、明日も話し相手になってくれよ」
『あぁ構わない。どうせお前の相手しか仕事がないからな』
(翌日)
「・・んだこれ」
『ん、知らないのか?チェスだ』
「いや知ってるけどよ」
『そうか、なら良かった』
「なんで持ってきた?」
『・・?1つしかないだろう、お前とやりたいからだ』
「・・・」
『ほらどうした?僕の駒はもう動かしたぞ』
「・・きしょくわりぃほんとに、、」
そう言いながらも駒を動かす928番。僕の予想通りこいつはかなり頭が切れる。これまでチェスで僕の右に出るものはいなかったが、正直今回は負けるかもしれないと本気で焦った。
「あぁー!!!くっそ!!!」
『ふっまだまだだな』
「・・たまたまだろ、運だな」
『・・正直な』
「・・は?」
『負けるかと思ったよ、お前強いな』
そう言って僕が笑うとぽかんと口を開けて僕を見る928番。
「・・もう寝る」
『あぁそうか、じゃあ僕は他の仕事をしてくる』
「・・なんの仕事だ?」
『他の奴の拷問だ、どうせすぐにくたばる』
「・・・俺には拷問しないのな」
『お前にはまだする必要がないからな』
ガチャン
?「叶、928番の調子はどうだ」
『はっ、今のところ変わった様子はありません』
?「そうか、気をつけてくれ。お前までダメになったらさすがに厳しい。」
『その心配には及びません』
?「ははは、頼もしいな。まぁお前の仕事もあと少しだから辛抱してくれ。」
『・・あと少しとは?』
?「実は928番の死刑が決まった」
『馬鹿な、、彼は終身刑のはず、、』
?「それが、吸血鬼で何年生きるか分からないからという理由で来週死刑となることが決定した。もう上層部から司令が出ている。」
『しかし、、終身刑の方が断罪になるのでは、、』
?「叶、上の決めたことだ。」
『・・失礼致しました。私としたことが、』
?「お前に限って大丈夫と思うが情は抱かぬようにな」
『その心配はございません』
コツコツ
他の囚人の拷問は部下に任せ、僕は自室に戻る。
・・928番が処刑される?来週?
・・やっと最高に狂ってる奴と出会えたと思ったのに。
・・928番は死刑なんかじゃ勿体ない、それに誰が処刑するんだ?僕以外の誰かか?
違う、928番にはもっともっと綺麗で素敵な断罪があるだろう、、そうでないと、、、
・・・928番は僕が断罪するんだ。誰にも邪魔させない。
(翌日)
ギィィ
「・・随分と今日ははえーな」
『・・くずは、話がある』
僕がくずはと呼んだからか幾分怪訝な顔をして鉄格子に近づく928番。
『来週、お前の死刑が決まった』
「・・そうかよ」
『・・驚かないのか?』
「いずれは死ぬと思っていたさ」
『・・・』
「来週、か、、」
『・・・』
「・・話はそれだけか?」
『・・くずは』
「あ?」
『・・僕は今夜お前を逃がす』
「・・はぁあああああ?!?!」
『シッ!!声がでかい!!』
「・・お前自分が何言ってるか分かってんのか?!」
『・・勘違いするな、お前を助けるためじゃない』
「はぁ?」
『お前は、僕が断罪する。僕以外がお前を処刑するなんてありえない。』
「・・・お前狂ってるって」
『そうか?』
「お前はどうすんだよ、俺を逃がしたら大罪でお前が処刑されるだろ」
『その心配はない』
「はぁ?」
『僕もお前と逃げる』
「はぁああああ?!?!それじゃ俺を殺せないだろうが」
『違う、ほとぼりが冷めたらお前を断罪する。お前は僕が処刑すべき存在だ。』
「・・まじで何言ってっかわからねぇ」
『本当にわからないか?お前はもっと頭が切れると思ってたが』
「・・・」
『お前にとってはここから出られてメリットしかないんじゃないか?』
「・・・」
『今日の23時にもう一度来る。それまでに決めろ』
僕はそう言い放ちドアを閉めて他の任務に戻る。
(23時)
ギィィ
「・・ほんとに来んのかよ」
『当たり前だ、で、どうする』
「・・どうせ来週には死刑なんだろう?」
『そうだ』
「それならここを出るさ」
『よし、そうと決まれば行くぞ』
ガチャ
眠らせた上司のポケットから盗った928番の首輪の鍵をまわし外す。
「・・お前本気なのな」
『当たり前だ、これ着ろ』
「お前これ、、」
『今頃素っ裸のザコが司令室で寝てるさ』
「ははっ!最高だなぁ!」
看守の服を纏った928番を連れて平然と刑務所内を歩いて正面から外へ出る。もちろん司令室や守衛室など通る部屋の看守は全て首を絞めて眠らせておいた。
「・・お前俺より大罪人じゃん」
『・・そうか?』
「いや、、そうだろ、、俺という極悪犯を逃がしておまけに仲間を殺った」
『殺ってはない、多分』
「・・極悪人だよお前も」
『・・そうか、それならお前が僕を断罪してくれ』
「・・・何言ってんだ気持ちわりぃ」
『ふっ、とにかく今は早く行くぞ』
「あぁ」
タッタッタッ
翌日、極悪犯の吸血鬼が脱獄不可能なはずの独房から逃げたことが大々的に報道された。その担当であったはずの看守が消えており、恐らく吸血鬼に殺されたのであろうと世間は噂した。
-数年後-
「なぁ」
『うん?』
「お前、いつになったら俺を殺すんだよ」
『僕がお前との生活に満足したら、ちゃんと殺すから安心してよ』
「・・そう言い続けて何年経つんだよ」
『なにくずははもう殺されたいの?』
「いやそういうわけじゃねーけど、、」
『なら良いじゃん、もう少し付き合ってよ』
「・・・」
『それかお前が僕を先に断罪してもいいよ』
「・・それはきしょくわりぃからできねぇっつってんだろ」
『ふふ、じゃあもう少し僕のわがままに付き合って?』
「・・はぁ。しゃーねーな、、」
おしまい
コメント
3件
さいこうすぎる!
大変嬉しいコメントありがとうございます✨😭 どんな理由で脱獄してもらおうかとても悩んだのですが、そう言って頂けて本当に嬉しいです、、😭😭