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世の中にはごまんと癖がある。
へきではなく、くせだ。
大抵一人につきひとつかふたつか、あるいはもっとたくさんの癖を持っている。
例に漏れず、私にもある癖がある。
【噛みグセ】だ。
その癖が始まったのは恐らく幼稚園くらいの頃、6つ上の兄の行動を真似るようになった頃。兄が爪を噛んでいたので、真似し始めてしまったことが事の発端だろう。
もちろん兄も私もいつもその事で汚いと親に注意されていた。
私の兄は優秀だった。頭も良くて、顔はまぁ普通だけど、優しくて、私も大好きな兄だ。
けれど私は兄ほど何か出来るわけではなかった。頭も兄のように秀でた何かがある訳ではなく、全部が全部平均で、普通。
けれど、兄よりもできることが一つだけあった。それはピアノだった。3歳から続けてきて、たくさん褒められるように練習した。
小学校6年生の時、初めてコンクールに出た。毎日毎日、冬休み遊びにも行かず、泣きながらでも練習した。
結果はただの参加賞だった。
その次の週、私は辛くなって、母に「ピアノ辞めたい」と言った。人生初めて口に出したそれに対して、母は激高した。母はその日体調が悪かったらしく、タイミングが悪かったこともあったが、娘が産まれたらピアノをやらせると言っていたらしい母はそれが受け入れられなかったらしい。
母はひとしきり私に文句を言ったあと、
「お母さんはお兄ちゃんさえいてくれればいいんだからね!」
と、恐ろしい形相で言ってきた。
小学生の私にそれはあまりにも酷い言葉だった。ずっとお母さんに褒めてもらいたくて続けてきたのに。どうしてピアノを辞めたいと言っただけでそこまで言われるのか。私の全てが否定された気がした。
私の噛みグセは悪化した。
高校生になっても噛みグセは治らなかった。
みんなは綺麗なネイルをしたりしているのに、私は深爪で、みんなと新作のフラッペを飲みに行ったら、私だけストローののみ口がぐにゃぐにゃになっていた。
友達に
「そんなんじゃ彼氏できないぞー笑
絶対やめた方がいいって笑笑」
とからかわれるのに
「うるさいなぁ癖なんだもん!」
と笑って返すのが日常だった。
本当は
(こちとら何年も辞めたいと思ってんだわ。)
と思っていたが、嫌われないためにその言葉は飲み込んだ。
そんな私にもカレシが出来た。
きっかけはあまり無かったが、告白されたので、なんとなくOKした。
とても楽しい人だった。
同じクラスだったので、たくさん話して、帰りにデート、休日にデート。
そしてついにその日がきた。
その日は長期休みというのもあったので、街中の安いホテルに2人でお泊まりしようということになった。
親には昔からよくお泊まりする幼なじみの家に泊まると言って、幼なじみと口裏も合わせた。
罪悪感もあってとてもドキドキして、当日は歯が浮くような気持ちだった。
その日は昼間街を2人で散歩したり、買い物したりした。夜ご飯は彼が私を呼び出して、告白してきた思い出の喫茶店で食べ、ホテルにチェックインした。
部屋に着いたらすぐに深いキスをした。
そして
「続きはお風呂入ってからにしよう?」
と言って、お互い公共の浴場に向かった。
(部屋で2人で入っても良かったけど…さすがにね?)
私は彼をまたせ過ぎないくらい少し長風呂に浸かった。考え事もあったが、スキンケアをしたり、何よりなんとなく火照っている方が色っぽいかなとかいう思いもあったからである。
数十分浸かって、脱衣所で浴衣風の館内着に着替えたあと、髪を乾かして、お気に入り匂いのミストをかけて部屋に戻った。
彼はお待ちかねの様子だった。私も私で、準備は万端だった。
ある程度前戯をして、お互いに見つめあって
「挿れても…いい?」
「いい…よ」
と短くお互いを確かめあって、
彼が中に入ってきた。
私は激痛のタイプだったらしい。あまりの痛さに声が出なくなってしまった。
それを気持ちいいと判断したのか、彼が動き出してしまった。耐えられない苦痛だった。
そして私は
彼を思いっきり噛んでしまった。
「っ……」
血が染み出てきた。
彼の胸の上の方から流れる血は私の体にポタポタと落ちてくる。
(やってしまった…。終わった…。)
そう思った。
「ごめんなさい…ごめん……ヒック」
自分のしてしまったことの愚かさに涙が溢れ出てきた。
この後彼はきっと私に失望して、そのまま気まずくなって、解散するんだろうな。
そう思った。
「どうしたどうした?痛かったか?」
私の思いとは対称的に彼は心配そうに言った。
「だって………噛んじゃったから………ごめんなさい……」
痛みと罪悪感で泣きじゃくる私に彼はさらに優しく言った。
「お前はあんまり自分の意思を見せないだろ?こうやって意思表示してくれた方が、俺は嬉しい。第1好きな人に噛まれて、まぁ、痛いは痛いが、嫌な奴はそう居ないんじゃないか?」
そう言って片手で私の涙を拭い、体に滴った血をなめ取り出した。
そうしているうちに安心してきて、私の痛みも落ち着いて、涙も引いてきた。
「噛んでも……いいの…?」
「いいよ。まぁけど、程々にな?笑」
その日はとても甘い夜だった。
私を認めてくれる人が、受け入れてくれる人がいた。その気持ちだけで私の胸はいっぱいだった。
その日から何年経っただろう。
食卓を囲んでいるのは彼と、8歳と5歳になる彼と私の間にできた娘と息子。
「こら!爪噛んじゃダメでしょ!」
息子を注意する私。
「そうだぞ。まぁけど、ママも人の事言えた義理じゃないんじゃ?」
「うるさいなぁ笑。昔のことでしょ?」
と、小競り合いをしていると、
「ママのネイルサンタさん!私にもやって!!」
と、娘が言う。
「わかったわ。あとでやってあげるね。」
綺麗な爪。中指にデザインされたサンタが微笑んだ。