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「そうでしたわ、私ってばすっかり忘れていましたわ」
アルメリアは一瞬ちらりと、先ほどから目立たぬように端に静かに座っているリカオンに視線を向けた。するとリカオンは、興味なさそうにお茶を飲んでいるだけだった。あんなに孤児院で劇をすることを嫌がっていたのに、嫌な顔一つしないのを意外に思った。
スパルタカスに視線を戻すと、不思議そうにアルメリアを見つめ説明を待っている様子になっていた。なのでアルメリアは慌てて説明を始めた。
「以前スパルタカスが孤児院で、子どもたちのためにお芝居をしたと話してらしたでしょう? 次のセントローズ感謝祭のときにも、お芝居をなさる予定がありましたら、|私《わたくし》も参加したいのです」
それに次いでリアムも言った。
「私も参加したいと思っています」
余程驚いたのか、スパルタカスは目を見開いてリアムとアルメリアを交互に見る。
「よろしいのですか?」
アルメリアは満面の笑みで頷くと、先ほど話した騎士団の編成の件を思い出す。
「でも今は、色々とお忙しいですわよね。無理なら、その次の祝祭の日でもかまいませんわ」
「いえ、セントローズ感謝祭は五ヶ月後ですから大丈夫でしょう。では打ち合わせにできる限りこちらに寄らせてもらいます」
すると、ルーファスが心配そうにアルメリアを見ながら言った。
「みなさんお忙しそうなのに、本当によろしいのですか? それにアルメリアはフィルブライト公爵令息の足の治療もサポートされているでしょう? 大丈夫なのですか?」
リアムが間髪入れずにアルメリアに訊く。
「ルーカスになにかあったのですか?」
「落馬されて足の骨を折ってしまわれたんですの。でも生命に問題はありませんから心配なさらないで」
そう聞いてリアムはほっとした顔をした。
「派閥は違いますが、彼とは懇意にしていますから驚きました。命に関わらないと言うなら安心ですね。会話は可能でしょうか? 時間のあるときに顔を見に行きたいのですが」
「今は、痛みもありますから、もう少ししてからのほうがよろしいかもしれませんわね。お見舞い申し上げたらよろしいですわ」
「そうですかわかりました……と、すみませんでした、話の途中でしたね」
そう言われ、アルメリアは首を振ると改めてルーファスに向き直り、話の続きをした。
「私は少しだけ治療についてのアドバイスをしているだけですから、そんなに時間はとりませんし問題ありませんわ」
「そう言っていただけるなら、よろしくお願い致します」
ルーファスは頭を下げた。アルメリアは次いで疑問に思ったことをリアムに質問した。
「それにしても、他の方は忙がしくしてらしたのに、フィルブライト公爵令息はなぜ城下にいらしたんですの?」
「すみません、その説明をしていませんでした。そのことなんですが、フィルブライト公爵は教会派なので今回の調査は行っていません。元々教会派の貴族は統括とは名ばかりで、ほとんど騎士団には関与していないのです。国王陛下自ら教会が騎士団に介入するのを反対していますから、そういう方針なのです。ですので、教会派の領地には騎士団から騎士を派遣しています。ですが、ルーカスも怪我をするぐらいなら、領地へ赴いていた方がよかったかもしれません」
そう言って苦笑した。それを聞いてアルメリアは、国王陛下がかなり教会に対して、慎重な姿勢を取っていることに驚かされた。
不意にリアムが眉寝に皺を寄せると、口を開いた。
「君が博識なのは知っています。ですから、怪我の治療法にも知識があるのは頷けます。それでも君が他の令息と接触するのは、気分の良いものではありませんね。そうでなくとも、君が王太子殿下の婚約者になるという話が上がっていて、随分ショックを受けたばかりなのに」
その言葉にルーファスがいち早く反応し、リアムの方へ身を乗り出して訊いた。
「ちょっとまって下さい。誰と誰が婚約されるのですか?!」
リアムは表情を曇らせたままルーファスの問いに答える。
「アルメリアと王太子殿下です」
ルーファスは青ざめた顔をして黙り込んだ。それを見て、アルメリアは慌てて否定する。
「リアム、それにルフスもそんなに驚く必要はありませんわ。まだ、具体的に決まったわけではありませんもの、他の方が婚約者になることだってこの先十分あり得ますわ。家柄からいえば公爵家である私が婚約者候補の筆頭になるかもしれませんけれど、そういうことならフィルブライト公爵令嬢も候補に上がっているはずですわ」
すると、リアムはスパルタカスと顔を見合わせてため息をついた。そしてアルメリアの方を見ると弱々しく微笑みかける。
「アルメリア、そんなに単純な話ではないのです。それこそ他の貴族の手前、正式には発表されていなかっただけで、殿下のお心は以前から決まっていたようなのです」
そんな設定はゲームの中でもなかったはずだ。アルメリアは困惑しながら、リアムを見つめその話の先を待つ。
「君も当然知らないことだったのでしょう。王太子殿下は大変頭の切れる方で、周囲がそれと悟る前に全てを周到に準備し、思う通りに事を運ぶような策士でもあられますから、殿下がなさること全てを額面通りには取らない方が良いでしょう」
現国王陛下がとても優れた賢王なので、当然その息子であるムスカリが、それを受け継いでいてもおかしくはない。
先日のお茶会でまんまとしてやられていたアルメリアは、それはもう十分理解しているつもりだった。だがそれ以前に疑問に思うことがあった。
「殿下は素晴らしい方です。それは承知していることですわ。でも、そのお心が以前から決まっていたとは、どういうことですの?」
今度はスパルタカスが答える。
「本日の会食で殿下から『クンシラン公爵令嬢とは幼少期より懇意にしている。それ相応の敬意をはらうように』とのお達しがあったのです」
そう言ったあと、一瞬躊躇したのち口を開く。
「先ほど閣下は、私の実力で王太子殿下の側付きになれたと褒めてくださいました。それに対し私が『閣下と知り合いなので抜擢されたのだと、そう思っております』と申し上げたのはこのことからなのです。実は先日、殿下に召し上げていただいたお礼を申し上げました。すると殿下は『お礼を言う相手を間違えている。君が今の地位にいられるのは、至高の花に群がる虫の一匹だったからだ』と仰ったのです。そのときは、なんのことかわからなかったのですが、本日の会食でその理由がはっきりしました」
悲しそうに微笑むスパルタカスを見つめながら、アルメリアが呆気にとられているとリアムが苦笑しながら言った。
「殿下もアルメリアと接触をし、君と親密になってから婚約の発表をするつもりだったのだと思います。ですがあまりにも君の周囲に人が集まり過ぎてしまったので、今回のお達しがでたのでしょう。私もこれで参謀の言っていた『お前はまるで見る目がない。殿下は彼女の聡明さにいち早く気づいていたというのに……』と言っていた意味がわかりました」
その説明で納得がいった。殿下は、こうやって他の令息を近づけないようにしたいだけなのだ。それもそうだろう、婚約者ともあろう人物が複数の令息と懇意にしているとの噂があっては、対面的にもよろしくない。そういうことならと、アルメリアは頷きみんなの顔を見回してから言った。
「わかりましたわ。そういうことならなおのことみなさんと仲良くして、 私が王太子殿下の婚約者としては不適格だということを証明して差し上げればよろしいのですわ」