【Loneliness】
「もっと……もっといい曲を」
Mrs. GREEN APPLEが、いよいよ“国民的バンド”と呼ばれ始めた。
CMにドラマに映画に、コラボにテレビ番組――目まぐるしく映像が変わる中、その全ての音楽に、大森元貴の名前が刻まれていた。
「曲、もう上がってます?」
「すいません……あと一日、ください」
「ええっ、でも締切は……」
「大丈夫です。明日の朝には必ず」
笑って、頭を下げる。その繰り返しだった。
――曲を書かなきゃ。
――期待に応えなきゃ。
――大丈夫、大丈夫、大丈夫。
スタジオに籠もりきりになっても、睡眠は削られていった。
外に出れば、街頭モニターに自分たちが映っていた。知らない人たちが、元貴の名前を言っていた。賞賛とともに、冷ややかな憶測も耳に入るようになった。
「タイアップでしょ? 売れ線に寄せただけ」
「どうせ、見た目で売れてんだよ」
「中身、薄くなってない?」
顔が笑わないまま、日だけが過ぎていく。
⸻
ある日、某タイアップ先の会議室
「これが……最新の案……?」
元貴が提出した音源を聞き終えた中年の社長は、苦笑しながら肘をついた。
「うーん、ちょっと軽いかな。耳には残るけど、感情の奥底までは響かないというかねぇ……」
元貴はノートとペンを手に、黙って頷いた。
「すみません、修正します」
「修正っていうか……書き直した方が早いんじゃない? まぁ、君たちは顔で売れてる部分もあるしね。特に君なんて、アイドルと間違えられない?」
嫌味のような笑みを浮かべたまま、タイアップ先の社長は続ける。
「まぁ、作曲担当がこんな女の子みたいな見た目で大丈夫なのかねって、社内でも少し話題になってたよ」
元貴は、それでも顔色一つ変えなかった。
ただ、「申し訳ありません」とだけ言って、深く頭を下げた。
(自分が悪いんだ。響く曲が書けない自分が……)
(もっと頑張らなきゃ。もっと良い曲を、もっと、もっと……)
⸻
スタジオの隅、夜遅く
滉人がドアを開けたとき、元貴はまるで幽霊のように壁に寄りかかり、膝を抱えていた。
手元のノートは文字で埋まっているのに、何一つメロディが書かれていなかった。
「元貴……」
呼んでも、返事はなかった。
肩を震わせるその背中に、滉人は近づき、そっとしゃがみこむ。
元貴の口が、何かを呟いていた。
「……らなきゃ……もっと、いい曲を……響く、ちゃんと……しなきゃ……俺が……俺のせいで……」
滉人はその目の焦点が合っていないことに気づいた。
不規則に呼吸が荒くなり、胸が上下しすぎている。
「元貴、元貴……!」
過呼吸だった。
慌てて水を取ろうと立ち上がろうとするも、元貴の手が自分の袖をぎゅっと掴む。
「若井っ……ごめん……こんな、……」
「いいから、落ち着けって。ほら、俺の声、聞いて」
滉人はゆっくりと、一定のリズムで呼吸しながら、彼の背をさすった。
「吸って、吐いて。……俺の声だけ、聞いてて」
まるで眠りに誘うような低い声で、そっと耳元で話しかける。
「お前が曲を書けなくても、俺たちは終わらないよ」
「お前が、どんな曲を書いたって、俺は一番に信じる」
「見た目とか、顔とか、そんなもんじゃない。元貴の音が好きで、みんな聴いてんだよ」
「でも……でも俺、最近、音が響かない……心から曲が、出てこない……!」
「それでもいい。俺が横にいるから、また戻ってくるまで、ずっといるから」
元貴の肩が震え、ようやく涙が落ちた。
それは、悔しさでも、限界でも、どこにも吐き出せなかった孤独の涙だった。
⸻
その後
数日後、元貴が少しだけ元気を取り戻したある朝。
滉人はコーヒーを持ってスタジオに入ってきた。
「なにそれ、すっげぇ苦そう」
「お前に合わせてブラックにしてやったんだよ」
「気が利くなあ……」
元貴は、少しだけ笑った。
その笑顔を見て、滉人は思う。
(こいつの笑顔ひとつのために、何度でも横に座るよ)
彼の曲が戻ってくるまで、どれだけ時間がかかっても――。
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