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時は放課後。花子は用事があり不在だったため、簡単にトイレ掃除をして帰るところ……だったが、零について少し気になることがあり、寧々は現在、土籠と同じ理科準備室にいるであろう人物まで向かっていた。「零さ……立花先生!」
「あら、八尋さんじゃない!どうしたの?放課後に」
ニコニコと好意ある笑顔で寧々を見る。本来の彼女はこうであったのではないか。
「……零さん……もう放課後だし…よくない?」
ジト目で見つめる寧々を見て、それもそうねと納得し眼が十字架に変わる。
「───で?何の用なかしら。七番様は不在のようだけど……」
どうしたの?と追い打ちをかけられる。そんなに珍しかったのだろうか。
「零さんについてちょっと知りたく「やめておきなさい」
「え……?」
「……知らない方がいい。…なんてとこが世の中沢山あるわ。こんな風に……」
驚く寧々に、ずいと顔を近づけ目を開く。それは美しい海王星のような碧色だった。寧々はそれを見た瞬間、眠りに着いた。
「ごめんね。寧々」
───────まだ、時間じゃないの──────
***
「───…ん……あれ、私……」
「目覚めたようね。良かったわ」
見慣れた天井に、薬品の匂い…保健室だ。そこに三つの杖代と十字架の瞳をした零が顔を覗く。杖代がいる点からしてどうやらいつもの姿らしい。
「私はこの後やることがあるから、境界へ戻るわね。後のことは五番に言ってあるから尋ねて見てくださいね」
「あ、はい……」
そう言うやいなや姿を消した。
「お、起きたか。気分はどうだ?」
話し声に気付いたのか土籠が顔を覗く。
「あ、はい。……でも、なんでかさっきまでの記憶がないんですよね…なんて言うか、その、ぽっかり穴が空いたというか……」
寧々には零に会った後何をしたか全く記憶が無いのだ。それ以前に、何故零に会いに行ったかも覚えていない。
すると土籠が息を吐いた後「はめられたな」記憶を消されたんだよ。あいつにとって都合の悪い記憶をな。と言った。
「……正直、話す気にもなれねェが……」
そう言いながら一旦保健室を後にし数分経ったあと一冊の本が手元にあった。それは、“立花光神”と書かれた分厚い本だった。
人の過去から現在、未来までが記録されている本……それを寧々に渡した。
「───それは、立花光神が生きていた頃の本だ。本当は渡す気はなかったが、あいつの仕返しとしてだ。読みたけりゃ勝手に読めばいい」
「あ……ありがとうございます…」
思わずじっと見つめてしまう。 立花光神とは誰なのか。七不思議零番とどんな関係なのか。
「…恐らく、消された理由は“それ”だな」
目線で“それ”を制する。土籠の指した“それ”とは過去が記述された本の事だった。
「お前……零番のことを知ろうと思わなかったか?」
「え……?」
んー……と、あれやこれや思考を巡らせる。すると、今までの行動からして、土籠の言った通り零のことを知ろうと、彼女の元まで行ったのでは無いだろうか。
「…確かに、そうかもしれません……」
「だろうな。……零番は七不思議になってから過去の話を一切しなかった。表情や態度からするに、生前の記憶が鮮明に残ってるのだろう。それに、境界の場所だって、あそこじゃない」
「偽物……ってことですか?」
「…まあ、そうとも言えるな。なにしろあの場所には依代がない。七番サマから聞いたかも知んねぇが、依代ってのは自分にとって一番大切なものや印象があったものが依代となる。そして、境界ってのは自分の思いが反映されている場所だ。つまり、あの場所は第二の境界みたいなものだ。実際には境界じゃあないがね」
「その、本当の境界ってどこにあるんですか?」
「……さあね。俺ァそれくらいしか知らない。知りたけりゃ、自分の眼で確かめてみろ」
そう言い残して、保健室を後にした。
(そんなことあるはずないのに…)
そう。
寧々は思った。土籠は十六時の書庫の管理人。これが元であれど、そうだった事実は変えられない。それに、立花光神の本があれば尚更。過去から未来まで記録がありそれを土籠が読まないはずないのだ。…彼なりの優しさだったのだろうか。
「ヤシロ!!」
バンと軽快な音を立て、驚いたような、焦ったような表情が目に入る。
「は、花子くん?!」
「大丈夫?!“立花先輩”から倒れたって聞いたけど?!」
「え…?あ、う、うん!大丈夫よ!ほら、見ての通り元気じゃない!」
(立花、先輩…?)
「はー……そう。なら良かった」
溜息を吐いた後、さっきまで大きく見開かれていた月のような眼が三日月に歪められる。
(あれ……?この感じ、どこかで…)
それを見て、寧々には一つの疑問が浮かんだ。さっきまで零によって記憶が抜かれていたのではという土籠の言葉によりその記憶はほとんど取り戻せたが、肝心なことを忘れている気がする。…印象に残る、何かが。
「…ヤシロ?」
どーしたの…と声をかけられ我に返る。今の彼の前で考え事はあまり良くなさそうだ。また、心配をかけかねない。
「ヤシロ、今日は帰りなよ」
「でも、花子くん戻ってきたんだし…」
「ヤシロ。お願い」
「え…判った…」
ありがとう。と、聞こえるか聞こえないかの声で言われる。だが、寧々の耳にはしっかり届いたようで。仕方なく、荷物をまとめ生徒玄関まで花子と一緒に行く。
「そーいえば、たち…零番にもお礼言っとかないとねー…」
「なんか、あったの?」
「まあね。て言っても、大したことじゃないケド」
ふーん……と生返事をしながらさっきの事を思い返す。すると、寧々は思い出した。
「…そうよ!!!」
「え、ちょ、ヤシロ?!」
「海王星!!!」
「え、海王星?太陽系で最も外側を周回する巨大氷惑星で、表面温度がマイナス220度の極寒の…」
花子の海王星解説をラジオに、思い出した記憶を整理する。
(“知らない方がいい”って言われて顔を近づけられたのよね。それで…海王星のような双眸で見つめられて気を失った……)
「──五本のリングが確認されてる……」
「ねえ、花子くん」
「ん?」
「さっき、“立花先輩”って言ってたわよね?それに、零さんの瞳が海王星みたいだったのよ!何か知ってるんじゃない?」
突然の質問攻めで少々狼狽えるがそれでも冷静に寧々の質問に答えていくことにした。
「……っはは。やだなぁヤシロってば。何も知らないよ。…土籠辺りなら何か知ってるんじゃない」
────嘘だ。
完全にはぶらかされた。全ては、花子の思う通りに…
でも、もしかしたら土籠ならまだ何か知っているかもしれない。さっきは境界だけの話だったが瞳の話や零自身のことについて聞けるかもしれない。本を読むという手があるが……やっぱり聞こう。
しかし、今日は無理そうだ。完全下校時刻になるまで後五分。今日は諦め次の日にしようとし、花子に帰ると伝えた。
「ばいばい!」
「うん……じゃあね。ヤシロ」
どことなく寂しさを感じさせる。が、それを隠すために微笑んだ。そして、手を軽くふる。
「ごめんね」
─────この声は、寧々には聞こえずに……
***
────雪景色に哀しき櫟が一つ…
時過ぎれば結晶の建物が一つ。
進めば白き棺桶が一つ。
覗き込めば昔の学生の女子が一人。
それは、光神の姉、影神に似ている人物だった。
周りには一面の彼岸花。抱かれているは一つの椿。
そっと頬に触れる。それは、温度が無く冷たい。それでも、愛おしそうに見つめる。
背に貼られたものも忘れるほどに……
────彼女は一つの誤解をしてしまっていた。それも取り返しのつかぬほどの─────