「……ただでさえご迷惑をかけているのに、……泣いたり、愚痴や弱音を吐くなんてできません」
言ったのは心からの本音で、それ以上の理由はなかった。
それを聞いた暁人さんは私の二の腕を掴み、ハッと顔を上げると、真剣な、それでいてどこか傷ついた表情をしていた。
「俺はそんなに頼り甲斐がないか? 年下だから?」
まるでムキになっているような問いかけをされ、私は冗談で誤魔化すより先に、ポロリと本音を零してしまった。
「……どうして、そこまで私に深入りしようとするんですか?」
深入りしてほしくないからそう言ったのではなく、彼の考えている事が分からないから尋ねた。
暁人さんと一緒にいると、沢山の事を受け取りすぎて怖いほどだ。
だから「何か裏があるんじゃ……?」と、失礼ながらも疑ってしまう。
彼は眉間に皺を寄せて傷ついた表情をすると、溜め息をついて私を解放し、切なく微笑んだ。
「俺の顔を見て」
「……はい」
言われなくても、さきからずっと直視するのも憚られるほど麗しい彼を見つめている。
「何か、感じない?」
(何か……と言われても……)
きりりとした眉の下には意志の強い双眸があり、通った鼻筋に潔癖そうな形のいい唇。
それを見ると、不意にキスをされた時の事を思い出し、赤面して俯いてしまった。
「……芳乃?」
「……い、いえ。……ごめんなさい」
まさかこんな真剣な場面で、「あなたの顔が良すぎて、直視するのがつらいです」なんて言えない。まるで限界オタクだ。
暁人さんは私が俯いたのを見て、自分が圧を与えていたと勘違いしたみたいだった。
彼は私から一歩離れ、「すまない」と謝る。
そのあと何とも言えない空気が流れて気まずくなったので、私は努めて笑顔で「お皿、片づけますね」と言ってケーキ皿を片付け始めた。
キッチンで洗い物をしながら、今使っていたケーキ皿は私がカタログを見て『可愛い』と言った物だと思い出す。
もともとこの家には主にブランド物や作家物の食器が沢山あったけれど、暁人さんは『芳乃の好みの物があったほうが、気分が上がると思うから』と言って、お箸やお茶碗、プレートなど、普段使う物を選ばせてくれた。
そんな事をしなくても、ある物でいいのに……と思っていたけれど、『選んで』と圧のある微笑みを向けられて、可愛いと思った物を選ばせてもらった。
(本当に恋人みたい。……借金を返すまでの関係なのに)
私は洗ったお皿を水切りに置き、そっと溜め息をつく。
暁人さんはソファに座り、タブレット端末に目を落としていた。
(一目惚れしたとは言っていたけれど、ここまで私にお金をかけるものなの? どうせこの関係が終わったら用なしになるんでしょう? それとも、お金持ちは気まぐれの相手でも全力でお金をかけるの?)
考えても、分からない。
暁人さんと一緒に暮らして何となく分かったけれど、彼は本当に多忙にしていて外に〝特別〟な相手がいるように思えない。
ときどき家族と電話をしているのは聞くけれど、プライベートで会うのは月に一回程度。
お父さんは神楽坂グループの社長なので、仕事では毎日のように顔を合わせている。
本社の役員であるお母さんも、暁人さんに用事がある時は本社で会う時についでに……という感じで済ませているらしい。
毎朝、マンションには彼の秘書が訪れて、その日のスケジュールを読み上げているけれど、どこにも女性と会う暇なんてなさそうだ。
だからこそ、〝ごっこ〟の恋人で気を紛らわそうとした……と言えば納得できるけれど、私に神楽坂グループの御曹司の相手になる素質があるのか? と言われると答えがたい。
こんなに良くしてもらっておきながら、いまだに「金持ちのお遊びでからかわれているんじゃ……」と思ってしまう時もあるけれど、暁人さんはそんな事をする人ではない。
そうやってグルグルと考え続け、最終的にこの「なぜ」はお蔵入りになってしまう。
(暁人さんが分からない。感謝はしているけれど、彼と私の関係が分からない)
私は誰よりも暁人さんの近くにいるはずなのに、彼からずっと遠くにいるように思えた。
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