ぎこちない雰囲気になる事はあっても、基本的に暁人さんとの暮らしは楽しい。
それに彼が疲れて帰って来た時に「お帰りなさい」と言える存在であるのが誇らしかった。
彼が料理を気持ち良く平らげてくれるのも嬉しいし、時間がある時は一緒に映画を見たり、クラシックを聴きながらとりとめなく会話をする時間も心地いい。
二度目に暁人さんに求められた時は、「今夜、芳乃を抱きたいんだけど、いいか?」と照れながらも窺いを立てられた。
恥ずかしいながらもOKすると、彼は嬉しそうに笑い、それがくすぐったい。
そして身綺麗にしたあと、暁人さんは蕩けるような愛撫をし、私に抱かれる悦びを教えてくれた。
疲れていて応じられない時があっても不機嫌にならず、体調を気遣って「何かできる事はある?」と聞いてくれるほどだ。
最初、彼は私が自分に自信を持てるようになるため、手伝いをしたいと言っていた。
言葉の通り、暁人さんに大切にされて愛されるたび、『自分は無価値』と思っていた気持ちがどんどん軽くなっていくのを感じた。
かつての私は、『自分はすべての人にとって害悪で、疫病神のような存在』と思い込んでいた。
けれど今は毎日暁人さんに「君は最高の女性だ」と言われる事によって、冷たく硬くなっていた心が、温かく潤っていくのを感じていた。
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そのまま、優しい〝恋人ごっこ〟の生活が続くものと思っていた。
〝事件〟が起こったのは、八月のある日。
「今日は人と食事をするから、悪いけど一人で食事をしてもらっていいかな? 帰りが何時になるかは分からないから、俺の事は待たずに寝ていてほしい」
「分かりました」
朝に言われた時は、「仕事で会食でもあるんだろうな」としか思っていなかった。
私はその日、日勤Bのシフトで、昼過ぎに出勤して二十二時までの仕事だった。
仕事を終えてホテルを出た私は、休憩時間におにぎりを一つ食べたきりだったので、お腹を空かせていた。
(暁人さんとは別行動だし、たまにラーメンでも食べようかな)
そう思った私は、ホテルを出て線路を越えると、銀座にあるラーメン屋に向かった。
蕎麦屋の娘なだけあり、私は麺類が大好きだ。
お蕎麦も勿論好きだけれど、中でもラーメンとパスタが好物だ。
暁人さんからは『毎回手料理を作るのも大変だから』と言われ、外食デーを作っておすすめの店に連れて行ってもらう事もあった。
彼と改めてデートする時は、フレンチやイタリアン、鉄板料理のコースをいただく事もあるけれど、グルメな彼が紹介してくれたラーメンや町中華は、どれも絶品だった。
その中でも私が最近ハマっているのは、銀座にある鶏白湯ラーメンを売りにしたラーメン屋だ。
自転車はホテルに置かせてもらい、ウキウキして歩いていたけれど、スクランブル交差点を歩いている時に、暁人さんらしき男性を見た気がして足が止まった。
(……ん?)
私は雑踏の向こうで見え隠れしている、背の高い人物を凝視する。
その姿を追っている間にラーメン屋を通り過ぎていたけれど、私は気にせずフラフラと歩き続けた。
男性が着ているスーツは、暁人さんが着ていた物によく似ている。
スーツを纏ったシルエットも、モデルのようなスタイルの良さも同じだ。
――なら、隣を歩いている金髪の女性は誰?
自問したあと、私は無意識にとある名を呟いていた。
「……グレース……」
――どういう関係なの?
――どうして腕を組んで歩いているの?
私は呆然としたまま二人を追う。
好きな人を尾行するなんて、普段の私なら「品のない行為」と言うだろう。
(そもそも、私は単なる〝恋人役〟で、金髪の彼女が暁人さんの特別な相手だとしても、嫉妬する権利なんてない)
私が自分に言い聞かせるなか、二人は高級そうなバーの前で立ち止まり、中に入るか話し合っているようだった。
その時には、遠くからでも彼が暁人さんである事をしっかり確認できていた。
彼はスーツのポケットからスマホを出し、操作する。
(あ……っ)
その瞬間、私は見てしまった。
彼の左手の薬指には、指輪がある。
私は目を見開いたまま、金髪の女性の左手を凝視する。
暁人さんがスマホを弄っている間、彼女もバッグからスマホを出して誰かと電話し始めた。
その時、やはり彼女の左手の薬指にも指輪が嵌まっているのが見えた。
(そんな……)
呆然とした私は、ただ立ち尽くすしかできない。
コメント
2件
わーん😫暁人さん😭金髪女子何者⁉️ 指輪💍もどーして?気になり過ぎるーーー💦
連投ありがとうございます (^人^)\(^o^)/ でも続きが気になり過ぎる〜 私は暁人さんを信じていますよ〜