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放課後、グラウンドの近くにある、
屋根のあるベンチで、僕は通学バッグを
抱えたまま座って彼をみていた。
グラウンドでは、
サッカー部の練習が続いている。
一際大きな声が響く中、ひたむきにボールを
追いかけているのは、もちろん若井だ。
昼間とはオーラが少し違う。
部活のユニフォーム姿で汗をかきながら、
鋭くパスを出し、ヘディングでボールを散らす
その姿は、とても“自分のよく知ってる若井”
だけじゃないような気さえする。
遠くで女子の歓声が上がった。
僕は思わず苦笑いをする。人気者って、
人事みたいに簡単に言える言葉じゃない。
近づいてくる足音。
涼架『元貴…こんなところで何してるの?』
ふと横を見ると、涼ちゃんが
半分息を切らしながらこちらに近づいてくる。
涼架『もう、また独りでぼーっとして…
若井、今日もサッカー部?』
元貴『うん、
なんか見てるだけで元気になるんだよね』
涼架『分かる〜!』
2人で並んで窓の外に目をやる。
若井がグラウンドの真ん中で、
仲間と笑い合っている。
それだけで、
不思議なくらい場の雰囲気が明るくなる――
そんな人。
…若井自身は、
どんな気持ちであそこに立ってるんだろう、
自分もその輪に入りたくて、
でもどこかで“違う場所”に感じてしまう。
若井を見ていると、
そんな不安が時々込み上げる。
しばらくして練習が終了し、
若井が体育着のまま駆け足で、
僕たちのところへ向かってきた。
額には汗が光っているのに、
表情は相変わらず明るい。
滉斗『2人とも!待っててくれたの?』
涼架『だって今日、
アイス食べに行く約束でしょ!笑』
涼ちゃんが笑う。
滉斗『ちゃんと覚えてた!さっすが涼ちゃん!』
涼架『え、覚えてなかったの?』
滉斗『ん?笑』
若井があっけらかんと笑うから、
こっちもつられてしまう。
僕は、その輪にちゃんと混ざろうと、
話をふくらませる。
元貴『何味にする?』
涼架『ソーダでしょ!』
滉斗『俺は…今日はイチゴにする!』
涼架『元貴は?』
元貴『じゃあ…チョコで』
そのやりとりすら、何気ない日常の1コマ。
アイスを食べながら帰り道を歩く。
途中、若井が自分の部活の話をしてくれた。
滉斗『サッカーって、チームじゃん?
全員でやるの好きなんだよね、
我儘な奴もいるし、
マジでムカつくときもあるけどさ、』
涼ちゃんと僕は、
うんうんと頷いて話を聞いた。
涼架『若井が主将になったら、
みんな絶対うまくまとまるよ!』
涼ちゃんがぽつりと言って、
若井は照れたように頭をかいた。
滉斗『俺、そんな器じゃないよ笑
でも、誰かが元気ないと助けたくなるし、
みんなと一緒にいないと、
落ち着かないんだよね』
きっと若井は、そうやってずっと
“みんなの中心”で優しくいようとしてる。
その分、知られない寂しさや、
本音もあるのかもしれない。
僕はただ“すごいよ、若井”とだけ呟いた。
真っ赤な空をバックに、
三人の影が並んで伸びていく。
この背中の距離を守りたいと、
心のどこかで切実に思った。
だけど、ふと若井の顔を見たとき――
彼が誰にも見せない“本当の顔”を、
いつかこの手で触れたくなるかもしれない、
と思った。
そして、それを望むことさえ胸が痛くて、
どうしようもなく怖かった。
日常という優しい殻の中で、
もうちょっとだけこの秘密を、
黙っていようと思いながら、
僕は2人の横顔を見つめるのだった。