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#男子高校生
はるまき
83
#オッドアイ
月詠 朱猫
52
「はっ!?」
がばり、と。
長谷部歌は、はっとして顔を上げていた。ほっぺたが冷たい。どうやら自分はテーブルに突っ伏してうたた寝をしてしまっていたらしい。
「あ、あれ?私……」
キョロキョロと周囲を見回して、見覚えのある光景だと気付いた。真正面にあるハンバーガーショップの深緑色の看板。その隣にある、ピンク色のアイスクリームショップの看板。それから、ジューススタンドに、唐揚げのお店に、うどんのお店とズラズラ並ぶ。真ん中には丸いテーブルがいくつも並び、家族連れやカップルがちらほらしている。
比較的空いている、見慣れたフードコートの景色。そうだ、自宅の最寄り駅から四つばかり駅を挟んだ場所にある大きなショッピングモール。何度も買い物に来たことがあるから覚えている。その、三階にあるフードコートだ。
一人で遊びに来ることも珍しくない場所なのだが――どうにも直前の記憶が曖昧である。
――私、なんでここにいるんだっけ?何しに来たんだっけ?ていうか、今日って平日のような……。
アイスクリームショップは、毎週木曜日に値引きセールをしている。その看板が出ているということは今日は木曜日、平日のはず。時刻は午前十一時になったばかり。いつもなら当然、学校があるはずだが。
――えーっと……えっと。確か……あー、そうだ。休校になったんだった。だから、せっかくだし遊びに行こうと思ってこのショッピングモールに来た……だったよね?多分。
眼の前に置かれたクリームソーダを見る。これを買った記憶はなんとなくあるような気がする。もうアイスクリームは半分くらい溶けてしまっているし、ジュースもあまり残っていないが。
――その後のどが渇いてジュース買ったんだっけ?……うーん。
じーっと、半分しか残っていない、緑色のソーダを見つめる。妙な違和感があるとでもいえばいいだろうか。このソーダ、二つあった気がするのだ。しかし、いくら甘いものが好きな歌であっても、クリームソーダ二つを一気に買うなんてことはそうそうしない。
ということは、自分は誰かと話していたのだろうか?いや、そんな覚えはちっともないのだが。
「変な夢、見たせいかなぁ……」
ふわぁ、と思わず大欠伸をしてしまう。さっき居眠りをしていた時、ちょっと怖い夢を見ていた気がするのだ。
それは、人気のない街で、巨人に追いかけられる夢だった。自分は必死で逃げて、放置されていた車に乗り込むのである。車のほうが早く逃げられると踏んだためだ。しかし、免許を持っていない歌に、正しく車の動かし方などわかるはずもない。というか、そもそも免許が取れる年にまだなっていない。
その結果、アクセルを踏んでも動いてくれなくて、車ごとぺしゃんこになりそうになったところをギリギリ這い出して――そこから先は、どうなったのだろうか。
あまり、思い出したくないことがあった気がする。何より恐ろしかったのは、巨人に追いかけられて殺されそうになったことではない。
夢の中で自分は、誰かを憎み、ずっと呪っていた気がするのだ。しかも何故か、自分を殺そうとする巨人ではない別の人に呪詛を吐いていた気がしてしてならないのである。
自分は、一体誰を恨んでいたのだろう。
一体誰を憎んでいたのだろう。
誰のことを、殺してやりたい、地獄に落ちろと念じていたのだろう。
細かいことが何一つ思い出せない。確かなことは、そんなドス黒い感情を抱いた自分自身を一番恐ろしいと歌が思ったことだった。
――よく、わかんないけど。
ふう、の息をひとつ吐く。
――ほんと、夢で良かったなぁ。
世の中には、不幸な人がたくさんいる。そのうちの一人が、誰かを“心から憎まなければならなくなった”人だと思うのだ。
誰かに憎まれるのは、とても恐ろしいこと。しかし、同じだけ誰かを憎まなければならなくなった人生も、とてつもなく不幸なものではないだろうか。なんせ、その憎悪をいくら煮詰め続けたところで誰も幸せになれはしないのだから。それこそ、復讐を果たしたところで、苦しみや傷が癒える保証はどこにもないのだから。
誰かを本気で殺してやりたい、なんて。一生思わずに生きていけるのならきっと、それ以上の幸福はないのである。少なくとも、歌はそう思っている。
「ひゃっ」
ポロポロ、ピンピン!
木琴を叩くような可愛らしい音とともに、バッグの中でスマホが震えた。電話の着信だ。慌てて周囲を見回す歌。幸い、平日の午前中ということでフードコートはかなり空いているし、近くの席に座っている人もいない。
問題ないと判断して、その場で出ることにする。表示されていた名前は、“蓮見楓”。
『あ、もしもし、歌さんですか?』
電話の向こうで明るい声がした。クラスで一番の親友である楓の声は今日もとても可愛らしい。鈴を鳴らすような声、というのはまさに彼女のような人の声を言うのだろう。
『急に電話しちゃってすみません。今大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ楓ちゃん。あれ、外?なんか騒がしいけど」
楓の電話の向こうで、ガタンゴトンと電車が通過するような音がする。線路の近くにいるらしい。駅だろうか。
『ああ、煩くてごめんなさい!今、☓☓駅に……冬香さんと由衣さんと一緒にいて。これからご飯食べがてらカラオケしようかって話になったんですけど、歌さんも来ます?』
「え、ほんと?いいの、私も一緒に行っても?」
少しだけ驚いた。楓にはあと二人大事な友達がいることは知っていたが、冬香や由衣とはあまり話したことがなかったのだ。ふたりとも可愛らしいし、特に冬香は気が強そうだし、自分みたいな地味オンナとは話が合わないかなと思っていたのである。無論、楓の親友なのだから悪い人たちのはずがないが。
『もちろんいいですよ!というか、冬香さんたちが誘ってもいいって言ってくれたからこそ、お電話してるんです。二人とも、ずっと歌さんとお話ししたかったんですって』
それに、と楓がいたずらっ子のような声で続ける。
『冬香さんが、歌の特訓したいそうなんですよ。採点機能で七十点超えたことがないからなんとかしたい、と。歌さん、名前の通り歌もお上手でしょう?是非レクチャーしてあげてください!』
「わ、私、アニソンしか歌えないけどいいの?」
『大丈夫!アニソンは私も二人も大好きです!ボカロは?』
「ボカロも大好き!分かった、じゃあ今からそっち行くね。待ち合わせは……」
そういえば、どうして今日は学校が休校になったのだっけ。一瞬そんな疑問が頭を過ったが、すぐにスルーすることにした。
今はそんなことより、大好きな友達の前でどんな歌を歌うのかの方が大切だ。
――ミセスの曲歌いたいけど、無理かなぁ……キー高いしなぁ。アドちゃんの曲で歌えるのあるかなぁ。
つらつらと考えながらクリームソーダを飲み干して立ち上がる。
不思議なことはいろいろあるが、まあ良しとしよう。今日はとても楽しい休日になりそうなのだから。
***
「あが、が、げぼぉっ……!」
白い部屋の中。綾乃は仰向けに倒れたまま嘔吐していた。赤茶色の吐瀉物は外に逃がすこともできず、そのまま胸の上に溢れて服を汚していく。
いや、服が汚れることなど今更気にしてもどうしようもないのかもしれない。さっきから股間は湿って痒いし、お尻はヌルヌルしている。あまりの苦しみに失禁と脱糞を繰り返してしまったせいだ。
「ごぼ、ごぼぉっ……」
いくら吐いても、吐き気が収まらない。吐瀉物で鼻も塞がれ、息が苦しくなる。ひたすらこの白い“箱”の中でシェイクされ続けた結果だった。全身打撲と骨折に加えて、激しい乗り物酔いをしたのと同じ症状なのだろう。こんなにも苦しく、不快な思いをするとは考えていなかった。
――まだ、まだ続くって、いうわけ……!?
一体どれほど長い時間、攻められ続けたことだろう。
澪が指を鳴らした途端、綾乃がワープしたのはトイレの個室の中だった。そして、溢れてきた汚水に溺れ、排泄物まみれの水をお腹に捩じこまれて浣腸され、激しい下痢と嘔吐に苦しんだ。そして窒息と感染症で死んだと思ったら、次は森の中に下半身を埋められていたのである。
何が起きたのかなど説明するまでもない。土の中に潜んでいた蟲たちが綾乃の肛門、尿道、膣から体内に侵入。生きたまま内臓を食い荒らし始めた。あまりの激痛に泣き叫び、再び死んだと思ったら白い異空間の中、灰色の人形たちに取り囲まれていたという寸法だ。
殴る蹴る。からのレイプと子宮破壊。半死半生の状態で顔面と胴体を鍬で耕される激痛。
それさえやっと終わったかと思えば、今度は町の中で巨人から逃げ回っていたわけで。そして白い箱に突っ込まれて、たった今までシェイクされていたわけで。
――これは、全部……あたしが、あいつらにやったのと、同じ……!
ありえない。
どうして自分がこんな目に遭わなければいけない?悪いことなど何もしていない。自分はあの悪女どもから我が身を守っただけ。いじめっ子どもに正当な復讐をしただけ。それなのにどうして、奴らに与えた苦しみを綾乃自身で再体験しなければならないのだ?
こんなのはおかしい。こんなのはあまりにも理不尽。あまりにもあまりにもあまりにもあまりにも釣り合わないというのに!
――あたしは、悪くない。悪くないのにぃぃっ!
黒須澪。あのペテン師女。絶対許しはしない。
何が“カエシオニ”の力だ。何が対価だ。こんなものは絶対認めない。あの女にも同じ、いや、コレ以上の苦しみを与えてやらなければ不平等だろう!
――あと、あと少しで終わるはず!う、歌にやった拷問は、このあと天井に押し潰されれば終わるんだから。そうしたら、今度は、今度はあたしがあいつに拷問を……!
『ああ、言い忘れていました、綾乃さん』
「え」
唐突に声が降ってくる。あの忌々しい、黒須澪の声が。
『それが終わったら、また最初からやり直しですからね』
「は……」
『終わるわけないじゃないですか。貴女はもう世界のどこにもいない。誰からも必要とされない。永遠とこの空間で、魂が壊れるまで潰され続ける。もうソレ以外に、貴女の罪は清算しようがないのですから』
「な、な」
何それ、と綾乃は呆然と頭上を見上げた。ギシギシギシギシ、と音を立ててゆっくりと降りてくる天井を見上げながら。
――終わらない?あたしは誰からも必要とされない?あたしは、永遠に、このままだっていうの?そんな、そんなこと、うそ、う……。
瞬間。押し殺していた恐怖と絶望が、一気に。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!誰か、誰か誰か誰か誰か誰かぁぁぁ!!もういや、いや、痛いのいや、苦しいのいやあぁぁぁぁ!誰か、誰でもいいか、助けて、助けて助けて助けてよおおおおおおおおおおっ!ぎっ」
絶叫は。
落ちてきた天上と共に潰されて、挽き肉になったのだった。
コメント
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前半の歌ちゃんのふわっとした日常パート、めっちゃ好きだわ。アイス溶けてるクリームソーダ見ながら「なんか変な夢見た」ってぼんやりしてる感じ、すごくリアルで可愛い。でも後半で一気に綾乃の地獄ループが始まって、そのギャップがえぐすぎる…。「最初からやり直し」とかマジで聞いた瞬間ゾッとした。この“平安”ってタイトルの皮肉が効きすぎてて震えたわ。続き気になる。