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「鈴木吉良よ――――あの男、感じが悪いわ」
本人を前にして、まさか本人の愚痴を言っているとは微塵も思っていない切継。
「きらちゃんにも聞いて欲しいの。クラスメイトとノータッチを貫く私だけど、一人だけ気に入らない男がいるのよ」
「う、うん」
それが俺だと。
「わたしはあの男に何もしてないのに……敵意のこもった目を向けてくるの」
理由はわからないけれど目の敵にされているとぼやく切継に、俺は乾いた笑みを浮かべるしかできない。
「アンチ・ライブで何度も死線をくぐりぬけているから、自分に向けられる敵意には敏感になっちゃうのよね」
わずかな嫌悪の視線だろうと見逃さないと……。
「最初はきらちゃんからも、同じ類の視線が私に向けられているのを感じたわ。でもそれは当然で、私のせいできらちゃんは魔法女子になってしまったのだから……」
「あ、いや、別に……」
「無理しなくていいの……貴女は優しい子ね。本当に、本心から私はあなたのことが気に入って、大好きよ」
『肉まんの恩もあるからね』と横から茶々を入れてる場合か星咲よ。
ジト目でどうにかしてくれよ、と星咲を睨むと奴は口元をヒクヒクさせていた。
あれ絶対に笑いをこらえてる。
絶対にこの状況を楽しんでるよな!?
状況を整理すると切継はきらちゃんとしての俺には好き。けれど鈴木吉良としての好感度が低い。
さぁどう説明する?
「きらちゃんはとってもいい子。それに比べてクラスの隅で暗いオーラをとばしてくる鈴木吉良ときたら……」
いや、だって。魔法少女、嫌いだしさ?
切継にとっては陰湿かつ、身勝手な嫌悪感を飛ばしてたかもしれないけど……今はほら、そういう気持ちはないから。
だから勘弁してください。
「星咲さんはあの男と親しそうなのだから、私に用があるならはっきり言いなさいって伝えてくれないかしら?」
「うーん? ククップププッ、その必要はないかもよ?」
「どういうことかしら?」
何やら不穏なことを口走りそうな星咲を制するように、俺はとっさに口を出す。
「き、切継さん。き、気にしないのが一番だよ?」
「あら、きらちゃんがそう言うのなら。確かに、あんな男に私が煩わしい思いをしてまで絡む必要はないかもしれないわね」
◇
お腹が空いたよ……。
もう三日もろくなご飯を食べてないの。
頬が、足が、肩がじんじんと痛むよ。
どうして何度も何度もパンチなんてするの。
見える景色が揺れてるよ。
右目、つぶれちゃったのかなぁ。
ズキズキしてて、何も見えないよ。
それに気持ちも悪いの。
お腹の奥がぐるぐると、なんだかとっても重いの。
お母さんは『あんたが生まれたのは間違い』って言う。
じゃあどうして生んだの?
三人目のお父さんは『うるせえ、だるい、さっさと死ねよ』って言う。
だから殴るの?
怖くて、痛くて、辛くて、悲しくて。
いつも妹には大丈夫だと、お姉ちゃんがいつか何とかするって。この地獄から必ず一緒に抜け出そうって、強がって、安心させて――――
裏切った。
妹を――
唯を置いて、家を飛び出してしまった。
そうして私は、煌びやかなショーケースに入ったケーキをぼんやりと眺め、願った。あれが欲しいと。侵し、食べたい。
ガラスケースの中にあるケーキとの距離をゼロに、そうすれば食べれる。
そう強く願って――――
「……また、あの時の、夢ね……」
手元に置いた電子時計をみれば、時刻は深夜の2時。
隣には穏やかな寝息を立てる唯がいて、私はその可愛らしい寝顔を数秒眺める。そして頭を優しくなでる。
夢の内容が脳裏にちらつく。
「もうあれから5年も経ったのね……ちょうど私が魔法少女になったのも、きらちゃんと同じぐらいの年頃ね……」
私のせいで魔法少女になってしまったきらちゃん。今日は夕飯を一緒にし、とってもいい子だというのがわかったわ。
だからあんな過去の出来事を夢に見たのかしら。
彼女、きらちゃんと私は似ている。
鍋パーティーでの会話を思い出す。
あの子は、きらちゃんは言った。
『仮面か……わかるなぁ』
あんなに幼い子が、仮面を被って必死に頑張っている。自分も歩んできた道だからわかるけれど、辛いことの方が多い。
それでも私は、両親とは言えない怪物どもから妹と一緒に逃げ、政府の保護下に入ってアイドルとして邁進し続け、今の生活がある。
きっと彼女にも譲れない何かがあって魔法少女になる決意をしたのだわ。
きらちゃんのあの冷え切った目……きっと私なんかよりも凄惨で悲しみに溢れる生活の果てに、魔法少女になったのだと窺えるわ。
『まぁ……人って自分の内情を利用してひどい事をしてくる奴もいるしな……』
きらちゃんもきっと、私みたいな思いをしたのね。
私が魔法少女アイドルの才能に目覚めると、両親たちは手のひらを返すようにしてゴマをすってきた。愛に飢えていた私は、しばらくはそれが愛だと錯覚していたけれど……あの人達の私を見る目は、ハッキリと『金を生みだす道具』だと物語っていたもの。
『結局人は一部の家族や人間以外は信用できないし、する必要もない』
その通りなの。
私なら妹の唯と……きらちゃん、あなたね。
魔法少女アイドルの先輩として、一人の責任者として――お友達として、あの年下の少女を守っていかないと、そう思ったわ。
だから、私の原点となった夢を見てしまったのかも。
すやすやと眠る、私の可愛い唯の頭を再びなでる。そして、私の失態のせいで魔法少女になってしまった銀髪少女の顔を思い浮かべ――
目をつむった。