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「はぁ、はぁ、はぁ」 病棟詰所の横部屋に移されたこいつは、ベッドで目を閉じている。汗をかき、表情は歪み、速い呼吸を繰り返しながら。
脱力した体に繋がっているのは、心電図モニターや点滴の管、自発呼吸は出来るとのことで酸素マスクが当てられていた。
「おい。最終選考者が発表されたぞ? 聞きたくねぇのか?」
スマホを操作してこいつの顔面に差し出すが、その目が開くことも、「教えて!」と声を弾ませることもない。
生きる為に呼吸を繰り返す。その息遣いのみが、こいつが見せる唯一の意思表示だった。
「聞いてこねぇなら一方的に話してやるよ。残ってるよ、お前? 五作品の中に残ってるんだぞ!」
ガラにもなく真面目な声を出し、何度も何度も語りかける。
もしかしたら反応は出来ねーだけで、こっちの声は聞こえているかもしれねぇ。そんな僅かな期待に賭けて。
この小説バカがこの結果を聞いたら、体のことも考えずに飛び跳ねていただろう。
そして次は、頬を抑えて「どうしよう!」と叫び。同じく最終に残った作家の名前を見て、深く溜息を吐き。「みんな頑張ってるから、負けても仕方がないよね」と、無理に作った笑顔とVサインを向ける。
そこで俺は、「今さら叫んだって、結果は変わらねーだろ!」と悪態をついて、無理矢理ベッドに寝かせる。
そんな小説みたいな一幕が読めてしまう。
だからこそ、あまりにも静かな最終選考通過の報告に、より喉の奥が熱くなり、胸が締め付けてきやがる。
あれから十日が過ぎ、九月中旬を迎えていた。
こいつはまだ外が暑苦しいことも知らず、閉ざされた急患部屋でずっと眠っており、話せる状態ではなかった。
以前の急変時のように、病状が安定して目を覚ます可能性は充分にある。
……しかし、このまま意識が戻らない可能性もあるらしい。
明日こそは目を覚まして、笑いかけてくれる。
そんな希望はどんどんと萎んでいき、ただ明日を生きてくれることだけを願うようになっていった。
──覚悟して欲しい。
主治医よりそう宣告をされたと、こいつの母親に告げられたのは昨日のこと。
年を越すのは、無理かもしれない。
冬を迎えることは、出来ないかもしれない。
最終結果発表を知ることすら、叶わないかもしれない。
発表は十月上旬と予定されているが、こいつはその時を迎えられるのだろうか?
ずっと諦めてこなかった小説バカが、命を削って書き上げた最後の作品。どんな結果でも見届けてほしいんだよ。
落選だったとしても、その結果だけは。
しかしその願いも虚しく、力無く眠り続けている、こいつの姿。
仄かなアルコールの匂いで満たされた部屋はどんよりしており、心電図モニターは規則的に波を打ち、秒針のようなリズムで音を鳴らす。
こいつが生きている証はあまりにも弱く、いつ時を止めてしまうのか。もう、誰にも分からねぇ。
それほどに、こいつの体は病魔に蝕まれていた。
「じゃあ、明日な」
ピクリとも反応がないこいつに声をかけ、病室のドアを開けて出て行く。
いつもの廊下を歩き、階段を降り、正面玄関より外に出て、病院の敷地外より出れば、広がるのは当たり前の日常風景。
車道では、うるせぇ音を鳴らした車が通り抜け。歩道では、部活帰りと思われる体操服を着た五人グループが、手を叩いて大笑いをし。自転車に乗った奴なんか、スマホを持ったまま運転しており、何考えているんだと怒鳴り散らしたくなる。
そんな奴らから目を逸らし、遠くを見つめる。
空に広がる茜色の夕陽と、遠くに見える白浜の海。そしていつの間にか、蝉の鳴き声が一切聞こえなくなっていた。
……どこに行っちまったんだよ?
そんなこと分かりきっているのに、バカみてーな考えが脳内を駆け巡っていく。
そうだよ。分かってんよ。
頭を掻き毟り、足を止めて振り返る。今までいた敷地内の看板には、「がんセンター」とハッキリ明記されている。
あいつは癌で、治療はもう出来なくて、延命治療しか受けれなくて、いつ急変するかも分かんねぇ。そんな状態なんだよ。
クリスマスツリーの下。あいつに会いたい一心で走った時、覚悟したつもりだった。
あいつの冷たい手を握った時、共に闘うと決めた。
弱っていく姿を目の当たりにしても、側に居ることが当たり前だと思っていた。
……だけど、腹なんて全く括っていなかった。
胸の奥底より襲ってくる恐怖。その時を考えると身震いを起こして、息切れを起こして、夜も眠れなくて。置いて行かないでくれと、叫び散らかしたくなる。
「……どうして、あいつなんだよ。くだらねぇ人間なんて、いくらでも居るだろ……」
吐き捨てるように呟いた声は、周囲の雑談によって虚しく掻き消されていった。
視界の端より誰かに見られている気配を感じ取り、そっちに目を向ける。
こちらを睨み付けてくる人物は、眉間に皺を寄せ、目が鋭く、口角が下がり切っている、人相の悪い男。停車していた車のガラスに反射した、自分だった。
何十回、いや何百回と唱えた言葉だった。
しかし当然ながらその運命を代わってやることは出来ず、あいつは痩せ細り、俺は太々しくこの場に立っている。
空を見上げれば、茜色の夕日が建物の陰に吸い込まれていくように、小さくなっていく。
まるでその光りが、命の灯のようで。このままひっそりと消えてしまいそうで。
俺は、ただ歩き出していた。車が行き交う道路に。
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