テラーノベル
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目撃者はいふ
―その愛を、俺は見てしまった―
「……なぁ、ほんとにここに“あいつら”いるの?」
施設の裏手の坂道を登りながら、俺は深く溜息をついた。
元教師に聞いた噂。
“とある山奥の心療ケア施設に、昔の知り合いがいる”って話。
正直、信じてなかった。
でも……どうしても、確かめたかった。
りうらと、ないこ。
俺にとってはただの同級生。
でもあの二人は、あの事件の“中心”だった。
俺らがまだ中学生だった頃――
自分の世界を守るために、壊してしまったふたり。
当時は理解なんてできなかった。
怖かった。気味が悪かった。
でもそれでも、あいつらを“切り捨てた”のは、俺だ。
だから。
「見て、謝るぐらいしてもいいんじゃないかって、思ってさ……」
◆
施設の人に名前を告げたら、通されたのは中庭だった。
天気はよく、あたたかい風が吹いていた。
そして、そこにいた。
ベンチに並んで座る、ふたりの男。
りうらと、ないこ。
もう高校生じゃない。
大人になっていた。
目つきは少し優しくなって、服装は質素で、静かに笑っていた。
でも――“何か”が、違う。
ふたりの空気だけ、世界から切り離されてるみたいだった。
誰も踏み込めない、閉じた空間。
声は聞こえない。
でも、わかった。
目で、手で、指で、
すべてを伝えていた。
ないこが、りうらの手にキスをした。
小指の関節に、ゆっくりと口づける。
りうらが、ないこの首筋に額を寄せた。
何かを囁いて、ないこが笑った。
それは、あまりにも穏やかで、あまりにも狂っていた。
この世界に誰もいらない。
この空間に、他者はいらない。
ただふたりきりで、息をして、笑って、生きている。
俺は、ぞっとした。
そして――その次に、胸が痛くなった。
あのふたりは、
確かに“壊れてしまった”。
でも、
その“壊れた先”で、
こんなにも強く、こんなにも深く、愛し合っているなんて。
俺たちは、
あのとき手を差し伸べることも、
隣に並ぶことも、
見ようとすることさえしなかった。
「……ずるいな、お前ら」
誰にも理解されない場所で、
世界からはみ出したまま、
それでも、幸せそうで。
りうらが、ふとこちらに気づいた。
ゆっくりと目を合わせて、
少し首を傾げて、笑った。
「ああ、いふか」
声も出してないのに、なぜか名前を呼ばれた気がした。
ないこも、軽く手を振ってくる。
怒りも、恨みも、ない。
ただ、“気づいていたよ”っていう、あたたかい目。
俺は、涙が出そうになった。
「バカじゃねぇの……お前ら……」
言葉にならない思いを抱えたまま、俺はベンチを背にした。
呼ばなかった。
話しかけなかった。
でも――
あの愛は、見届けた。
壊れたふたりが、
壊れたまま、
それでも確かに“愛”を生きていたことを。
そして俺は、もう一度この世界で、
誰かを壊さずに愛せる自分になろうと、
強く思ったんだ。
コメント
2件
目撃者がいたとは…びっくりだぜ