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「すみません」
と絆創膏も貼れず、どうしようもないので、氷で冷やしたハンカチを渚に渡した。
「結局、俺がお前に傷物にされたわけだな」
責任取れよ、と言ってくる。
と……取れませんよ。
「出血多量かな。
目眩がしてきた」
と渚はハンカチで口許を押さえて、目を閉じる。
えーと。
「数滴しか出てないですよね?」
と確認させるように言うと、渚は蓮の膝を手で叩いてきた。
「なんですか?」
「少し横になりたいんだが」
「……なればいいじゃないですか」
怪我をさせたやましさから、膝枕しろと言う渚の要求を飲む。
自業自得だろ、と言いたくもあったのだが。
膝に横になった渚は口にハンカチをやったまま、目を閉じていた。
なんか……照れるな。
膝に渚の頭の重さを感じながらも、蓮はそこから視線を逸らした。
しばらく、そのままじっとしていたが、やがて、気づく。
ん?
……寝息?
「えっ、ちょっと、今、何時ですかっ」
と慌てて壁の時計を見た。
小鳥が十一時半をお知らせしている。
「帰らないと、渚さんっ。
渚さんっ。
明日も仕事ですよっ」
と呼びかけてみたが起きない。
まあ、疲れてるのかな、と思い、三十分ほど寝かせることにした。
だが、どうやら、自身も疲れていたらしく、蓮もまた、爆睡していた。
目を覚ましたら、二時間経っていて。
しかも、何故、目が覚めたのかと思ったら、渚のスマホに着信していたからだった。
渚を膝に乗せたまま、テーブルの上で鳴りながら激しく揺れるスマホを身を乗り出して見ると、自宅、と表示されていた。
ぎゃーっ。
自宅っ。
手を伸ばして、なんとかそれを取ろうとするが、指先が当たって、弾かれ、ラグの上に落ちてしまう。
まあ、頭を持ち上げた方が起きるか、と渚の頭を下ろそうとした。
重いそれをなんとか持ち上げ、ソファに降ろしたはいいが、軽くなった足に一気にシビれが来て、スマホを取るどころの騒ぎではない。
蓮は、スマホに手を伸ばしたまま、ラグの上で悶絶する。
今、未来が来たら、面白がって、足を叩きまくるところだな、と思った。
『こうした方が早く治るんだよー』
と嘘かほんとかわからないことを言いながら。
しかも親切心から来る行為では絶対にない。
は、早く取らねば、徳田さんに、渚さんに連絡もさせない、だらしのない女だと思われる~っ。
四つん這いになり、動けないまま、何故だか、渚の両親ではなく、徳田のことを心配していた。
そのとき、後ろから声がした。
「なにやってるんだ? 蓮」
渚が起きたようだった。
「……その挑発的なポーズは、グラビアアイドルかなにかのつもりか?」
「なに呑……っ
……気なことっ。
死にそうっ、なんですっ!」
この苦しみ、涼しげな顔で立っている貴様にはわかるまい~っ、と思っていると、
「そうか。
救急車でも呼ぼうか」
と渚は阿呆なことを言ってくる。
渚は既に止まっていたスマホを取ると着信を確認し、かけ直していた。
「もしもし、徳田か。
蓮のところだ。
大丈夫だ。
今、此処で足がシビれて悶絶している蓮が正気に戻ったら帰る」
わかってるんじゃないですかーっ、と思ったが、ちょうど、切れかけたシビれがピークで声も出せない。
「ははは。
そうだな。
蓮には、お茶でも習わせよう」
と渚は勝手なことを言い、笑っていた。
貴方のところの流派では、正座した膝の上に漬物石を置く特訓でもあるんですかーっ。
第一、茶道なら、子供の頃からやってるしっ。
と心の中では反論していたのだが、声にはならず。
徳田との通話を切った渚が、足の先で、ちょん、と蓮のつま先を突いてきた。
「~~っ!」
声にならない声を上げる蓮に、渚は、しれっとした顔で言ってくる。
「こうすると、早く治るんだ」
こ……っ、
いい大人なのに、この人の頭の中、未来レベルですよーっ!
心の中で叫びながら、蓮はカーペットに爪を立て、シビれに耐えた。
まあ、そんなこんなで、今日も騒がしい夜だった――。
「おはようございます、社長。
あら、どうされたんですか?」
葉子の言葉に背後を見た蓮は、慌てて前に向き直る。
まだ渚の下唇は少し腫れていた。
「蓮に蹴られて、口を切ったんだ」
「まあ、蓮ちゃん」
と葉子が怒り出す。
「駄目じゃないの。
社長は顔も売りなんだからっ」
なんのですか。
誰にですか、と思ったが、まあ、言いたいところのことはわかる。
交渉の場などに、この顔で出るのは、ちょっと、ということだろう。
幸い、今日はそんな用事はないのだが。
「いえ、あのですね。
昨夜は私もひどい目に遭ったんですよ」
まあ、なんの証拠も残らぬことばかりだが。
「あら、どんな話?」
と葉子がわくわくして訊いてくるが。
いえ……浦島さんが期待してるような話じゃないですけどね、と思う。
「おはようございます、社長。
……どうかされましたか?」
用事で社内を回っていた脇田が戻ってきた途端に、渚の顔を見て、訊いてくる。
ああ、お願いです。
説明は、いっぺんに済まさせてください。
ひとりずつに、すみません、すみません、と言いながら、蓮は事情を説明した。
何故、私がこんな目に、と思いながら。